3.騎士と傭兵

[3-1]《闇竜》の暗躍と傭兵少年


 ユエラに昼食を誘われたが、ルウィーニは丁寧に辞退し、三人はレジオーラの屋敷を後にした。適当な大衆食堂を見つけて食事を済ませ、辻馬車の停留所に向かう。

 狭苦しい箱で半刻ほど揺られ、帝都に戻ってきた頃には、日差しが午後へと傾いていた。


「俺は今から帝都学院へ顔を出してくるよ。せっかくだしラディンも一緒にどうだい?」


 馬車から降り、ギアと一緒に強張こわばった身体を伸ばしていたら、父に誘われた。なぜか悪い予感がしたので、即答する。


「おれはいいよ。ギアと一緒にお城へ戻って、国王陛下に報告しなきゃ」

「報告なら、後から父さんが書類にまとめて陛下に提出するよ。おそらく学院の学生寮には空きがあるだろうし、ついでに入学手続きを……」

「だから入学はしないって。さ、アニキ、早く帰ろうよ」


 父には残念そうに見つめられたが、この歳になって初等科から始めるのは嫌だし、中等科以上では勉強についていく自信がない。

 帰還の挨拶と息子の紹介から入学手続きの流れになるのを幻視したので、ラディンはギアのマントを引っ張って促した。


「お、おう。……じゃ、オヤジさん、また夜にな」

「残念だが仕方ないなぁ。ギア、ラディン、気をつけて帰るんだよ」

「うん、父さんも気をつけて!」


 ここから城までは徒歩でもそれほど遠くない。むしろ、城門を抜けてから王宮までのほうが長いかもしれない。

 申し訳なさそうに父を振り返るギアを引っ張って歩きだしたラディンは、視線を向けた先の大通りに喧騒けんそうを感じ、つい目を凝らした。怯えたようにすすり泣く女性の声と、男性のものらしき怒号どごう

 ただの喧嘩以上に危機的な雰囲気を感じ、ギアの表情に険しさが浮かぶ。


「ならず者か、海賊……ってことはないか。とにかく、行くぜラディン」

「うん!」


 路地裏で海賊男に苦戦した時からまだ一ヶ月も経っていないが、ラディンも躊躇ためらわなかった。遠巻きに群がる野次馬をギアと一緒にかき分け、騒ぎの中心までいく。

 強面こわおもての男が二人、その前に座り込んで頭を下げている女性が一人。

 野次馬のひそひそ声から借金取りという言葉が聞こえてきた。うずくまって地べたに頭がつきそうなほどうつむく女性が、泣きながら「許してください」と繰り返している。


「オイ、何が起きてんだよ?」

「あぁん? よくわかんねぇけど関わらないほうがいいぜ、おおかた闇金ヤミガネに手を出しちまったんだろ」


 ギアが野次馬の男に小声で聞けば、うんざりした様子で彼は手を振った。闇金って何、と尋ねる間もなく、借金取りらしい男たちの片方が女性の前にしゃがみ込む。


「そりゃあ、何度も聞いたぜ、お嬢さん。だがなぁ、口先だけじゃ駄目なんだよぉ!」

「ですが……もうこれ以上、払えるお金がないんです! 本当なんです!」

「だったらな、身売りって方法もあるぜ?」


 動きを止めてやり取りを聞いていたギアの顔が紅潮した。愛用の長柄剣バスタードソードを鞘ごとつかんで踏みだした、と同時。

 野次馬の中から勢いよく飛びだした小柄な人物が、しゃがんだ姿勢でいる借金取りの背中に蹴りを入れたのを、ラディンは見た。


「ぐぉあ!?」

「このぉ、人でなしめ! やっつけてやる!」


 勇しく宣言して男たちと女性の間に回り込み剣を抜き放ったのは、ラディンと変わらない年頃の少年だった。

 陽光にきらりと輝く諸刃もろはの長剣は間違いなく本物。オレンジ色のバンダナでまとめてもツンツン跳ねている金髪、雀斑そばかすの浮いた顔とつったエメラルドの目が記憶の奥をかすめる。

 茫然ぼうぜんとしていたギアが我に返ったのと、呆気あっけに取られていた男たちが逆上したのは、ほぼ一緒だったようだ。


「このガキ、毎度のごとく邪魔しやがって!?」

「おっとそこまでにしな、あんたら。真昼間から小悪党の真似事なんて、天下の《闇竜》様がそんなに資金不足なのかい?」


 口調は軽妙ながら腹の底から力を込めたギアの台詞は、男たちに正しく響いたようだ。

 驚いた様子で振り返った二人は、ギアの顔を見て悔しそうに後退りしながらも、地面にうずくまったままの女性に向けて言い捨てる。


「また来るからな!」

「二度と来んなっ」


 応酬おうしゅうしたのはバンダナの少年だったが、ギアが愛剣をちらつかせて威嚇いかくすると二人とも慌てたように走り去っていった。少年は逃げた奴には興味ないとばかりに、剣をさやに収め、立ちあがる女性へ手を貸している。

 そこまで見届けたところで、ラディンはようやく記憶を探り当てることに成功した。


「もしかして、ユーリャ?」

「――え、うん? え、マジ?」


 知り合いか、とでも問いたげな顔でギアがラディンを見る。バンダナ少年――彼の名前はユーリャだったはずだ――は女性の無事を確かめるように一瞥いちべつしたあと、身軽な足取りで駆けてきて、ラディンの手を取った。


「わー、わあぁー! ラディンじゃん! マジで会えるとか、信じらんないけど信じてて良かった!」

「やっぱり、ユーリャだよな? うわ、いつぶりだろう!」


 キラキラ輝くエメラルドの目、収穫済みの小麦を束ねたみたいな金髪、日焼けと雀斑そばかすが野性味をかもすものの、相変わらず人懐っこい童顔。

 会わなかった数年の間にだいぶ背は伸びたのだろうが、自分も同じくらい伸びたのか視線の位置は昔と変わりなかった。

 

「……おーい、ラディン。ユーリャっていうのか? 先に説明してくんね?」


 困惑したようなギアの隣で、やはり所在なさげに立つ女性。ユーリャとの再会は嬉しいが、確かに説明が先だ。


「ごめん、アニキ。ユーリャはお父さんが傭兵で、五年くらい前シルヴァン……おれの家の近くに滞在してたんだ。それで、仲良くなって……」

「今ではオレも傭兵なんだぜっ! オレたち、帝星祭の警備のために雇われてんだよ」

「そうなの? じゃ、しばらくここにいるんだ?」

「そうそ。で、彼女がオーナーしてる宿に泊まってたんだけど、あいつら……《闇竜》だっけ? 言い掛かりつけて金巻き上げてさ……酷いんだ」


 きりりと眉をつりあげて、ユーリャはフンと鼻から息を抜く。

 どういう関係なのかと思えば、旅宿のオーナーとは。しかし、《闇竜》に目をつけられたとは、穏やかじゃない話だ。

 ギアも同じことを思ったのだろう、真剣な表情で女性のほうを見る。


「なんでまた、《闇竜》なんかに……」

「父が、お金を借りたまま夜逃げをしてしまって。何とか支払いながらも宿を切り盛りしてたんですが、元々が赤字経営ですし、もうどうにもならなくなってしまったんです」

「おぅ……娘に借金押しつけて夜逃げかよ」


 事情も背景も違うけど似た状況に覚えが、とは、口に出さないもののギアも思ったに違いない。父親側にどんな事情があったにせよ、自分が作ったのでもない借金のせいで身売りを強いられるとは理不尽な。

 ちらとユーリャを見たら、彼は目を瞬かせギアを見上げて言った。


「なんか覚えあると思ったら、兄さん『斜め傷の大剣士』じゃん。もしかして帝星祭で王族の警護につくの?」

「ん? んん? 何だそのあだ名、覚えがねぇぜ。使ってんの大剣じゃねーし」

「大剣のほうが格好いいからじゃね? 国王様と一緒に狂王討伐したって、傭兵ギルドで有名になってたんだぜ。そっかー、ラディンも頑張ってたんだな!」

「おれは、ギアみたいに強くないし、別にそんな」


 狂王との決戦が終わったあと、ライヴァン城に帰還してねぎらいと歓待を受けたときは嬉しかった。しかし、討伐戦の話はいったいどこまで広がっているのだろうか。

 ギアも気持ちは同じなのだろう、心なしか笑顔が引きつっている。

 黙って成り行きを見守っていた女性が、遠慮がちにそっと口を挟んだ。


「私も聞きました。昨日から街では、英雄王の爆誕ばくたんだっていう噂でもちきりですよ。今年の帝星祭はパレードで陛下の顔を拝むんだって、みんな楽しみにしてて」

「まじか。話が広まるの早くないか」

「そりゃさー、呪われた地サイドゥラを浄化するため帝都学院魔法科の教授センセーたちが出かけてるから、学院は三日ほど臨時休校だもん。地元紙もあることないこと書き立ててるし、でも大丈夫。『斜め傷の大剣士』と『監獄島から生還した稀代きだいの魔術師』以外は今んところ、個人情報伏せられてたから!」

「うぇぇ……」


 思ったより大事になっている。

 これは、全員の顔と名前が割れるのだって時間の問題かもしれない。

 父の誘いに乗って学院へ出向かなかったのは英断だった。今の話だと、学院には今回の討伐隊についての個人情報が既に渡っているだろう。

 考えてみれば、素顔のフェトゥースを知ったために忘れかけていたが、現国王は国民……特に女性たちの間で人気が高いんだった。そこに武勇譚が加われば、帝星祭を前にして浮ついた気分の街人たちがさらに盛りあがるのは当然だ。


「ラディンたち仕事中? もうすぐ父ちゃんも帰ってくるだろーし、ウチ……っても宿だけど、寄ってかない?」

「あー……、どうしよう、ギア。ユーリャは帝星祭までここに泊まるの?」

「うん。だから、今日が忙しいんならどっかで時間とって会おうぜ」


 誘いに気持ちはかれたが、ラディンは即答できる立場でもない。ギアも困ったような顔で考え込んでいたが、やがてオーナーの女性に目を向けて尋ねた。


「借金取りは毎日来るのかい? 何なら、城に話を通しておくが」

「いえ、毎日ではないです。それに、ガイドウさん……ユウ君のお父さんが、騎士団のかたに相談してくれてるので、大丈夫です」

「帝星祭の警備で傭兵たちを取りまとめる役目の人なんだけど、街の警備にも尽力じんりょくしてくれてんだって。最近なにやら《闇竜》が調子づいてるらしく、オーナー以外にも迷惑行為受けてる人が多いってんで、治安を見直してくれるらしいよ」

「そうか、それなら良かった」


 ギアは頷き、ラディンを振り向いた。


「今日は城に帰って国王に報告しようぜ。別に俺ら、休日貰って出かけてるわけじゃないしな……それでいいか、ラディン」

「うん、わかった。ユーリャ、また改めて連絡するよ」

「オッケー! ラディンも仕事頑張れよっ」


 ユーリャとは同い歳なのだが、この人懐っこさが昔から彼を歳下に錯覚させるのだ。

 にこにこ笑う友人につられて手を振っていたら、ギアが「あ」と呟いて、今ちょうど思いついたとでも言いたげな素振りで尋ねた。


「ユーリャ、おまえさんの上司してる騎士って誰だ? 城で会うかもしれないし、会ったらよろしく言っておくよ」

「うん? リオネルさん? リオネル=シャルルル……ごめん、家名は覚えてないや! よろしく言うような仲でもないけど、真面目でいかにも騎士って感じの人だよー」

「おう、なら、流れでそういう雰囲気になったら言っとくぜ。じゃ、帰るかァ、ラディン」


 いつものにかっとした笑顔でギアは答え、手をひらひらさせてから踵を返す。ラディンもユーリャに手を振って別れの挨拶を交わすと、急いでギアを追いかけた。

 まっすぐ、ずんずんと歩く後ろ姿に、口に出して尋ねるのを躊躇ためらってしまう。

 真実を見抜く右の瞳が違和感を告げていた。

 、なぜギアはユーリャから騎士の名前を聞き出したのだろう――と。






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