[2-2]レジオーラ家の屋敷へ
ルウィーニが食堂に姿を現したのは、ラディンたちが打ち合わせを終えて解散する頃合いだった。父の服装はすっかり教師っぽくなっており、立ち居振る舞いも堂々としていて、とても数日前まで監獄島で流刑状態だったとは思えない。
やはり根が王族なのか、それとも性格によるものなのか。息子ながら凄いなぁと感心してしまうラディンだ。
「おお、みな食べ終わったのか。俺のほうも無事に手続きを終えられたよ。今日からは、ラディンと同じくフェールザン性を名乗ることになるね」
「うん。おれはいいけど、
「ははは、確かに! エティアを迎えたら改めて挨拶に行くよ」
フェールザンの姓は、ラディンの後見人を引き受けてくれた人物のものだ。父の旧知だし事情もある程度把握しているだろうとはいえ、改名についてきちんと連絡が行っているのか心配になる。フェトゥース国王はマメな印象があるので、大丈夫だとは思うが――……。
「オヤジさん、今日はこれから予定があるのかい?」
「うん? 特にこれをしろ、って言われた件はないかな。エティアの迎えと、レジオーラ家への挨拶、学院への挨拶、どれから始めようかと思っていたところだよ」
「そっか。……もし差し支えなければ、なんだが」
言いにくそうに眉を寄せ、ギアはさっきまで話していた内容をルウィーニに伝える。監獄島へ行った日からもう四日ほど過ぎていた。狂王との決着がルベルやロッシェ母の耳に伝わっているかはわからないが、父が帰らないことを不審に思っているには違いない。
ギアとしては一刻も早くこの件に関して方向性を決めたいだろう、と思う。
話を聞いたルウィーニは頷き、優しい目でラディンを見た。
「じゃあ、今日はこれからレジオーラの屋敷に向かおうか。ラディンは、大丈夫なのかい?」
「うん、大丈夫。父さんが何かするんなら、おれも手伝えることあるかもしれないし」
素直な気持ちを率直に伝えたのに、なぜかブフッと笑われた。
「ああ、もう、本当おまえは健気な子だな! 父は嬉しくて笑いが止まらないよ!」
「なんでっ」
子供扱いされているのかからかわれているのかわからない。笑われるような言動を取っているつもりはないのだが。
「それだけ俺にとっておまえの反応が新鮮だということさ。……さて、向かおうか」
「ラディンは健気だもんなァ。ところでオヤジさん、屋敷の場所は知ってんのかい?」
ギアにまで追い討ちをかけられてしまい、二の句が継げなくなって、ラディンは無言のままため息をつく。大人二人して仲がいいことだ。こんなことで喜ぶほど、傭兵とか王族とか学院は殺伐とした世界なのだろうか。
朝から上機嫌のルウィーニは、ギアの問いにも笑顔で頷き答える。
「知っているよ。少し遠いが……馬車を借りれば昼前には到着するだろう」
***
城から出て辻馬車の停留所まで歩き、馬車に乗って郊外へと向かう。道中ルウィーニが説明してくれたところによると、レジオーラ家は貴族といっても領地や特別な権限などない、地域の名家といった程度の身分らしい。
炎帝ルードウェルの治世では軍事政策に寄った実力主義的な面が強まっていたため、彼の死後に王座を継承したフェトゥースもその方針を引き継いだ。だから、ライヴァン王宮に貴族の出入りは少なく、騎士たちの勢力が強いのだという。
「それでも、ロッシェがあれだけ内政に関わる立場に食い込めたのは、ジェスレイの後ろ盾が大きかったんだと思うよ」
「なるほどな……。ライヴァンは体制が
「たぶんね。大体さ、俺たちの頃から内政に関わって状況を把握しているのが、ジェスレイしかいないわけだから――」
何やら難しい話をしている二人の会話をラディンはぼんやりと聞き流す。どうやらライヴァン帝国の中枢は、一般国民には想像もつかないほどガタガタになっていたらしい。道理で海賊対策にまで手が回らないわけだ。
そうしているうちにも馬車は進み、やがて停留所に止まった。半刻にも満たない乗車時間だったが、立って降りようとしたら足がふらついたので、幾らか車酔いしたのだろう。
ギアも大きな身体を小さな馬車に詰めているのが苦痛だったのか、よろよろと降りてあくびみたいな声を漏らしながら両手を伸ばしている。
最後にルウィーニが降りると、辻馬車はゆっくり動きだし去っていった。
「いよいよだな」
「うん、いよいよだね」
通りの少し先に見える、質素ながらも
ポンポン、とルウィーニが立ち尽くすギアとラディンの背中を叩く。
「そんなに緊張することないさ。もう、あれから四日になるんだ。ある程度の事情は、ユエラ――ロッシェの母親の口から娘へと伝えられているはずだよ」
「ああ、……わかってんだけどな」
フゥと深呼吸のように息を吐きだし、ギアは長身をまっすぐ伸ばして姿勢を正した。気合を入れ直すように、両の拳を握って軽く打ち合わせる。
「さ、いくか」
細い金属柵を編んだ門扉の向こう側に見えるレジオーラ家の屋敷は、貴族というにはあまりに質素でシンプルだった。三角屋根の形状が美しい上品なデザインだったが、建築したばかりのような真新しさを感じる。
ルウィーニが門番に身分証を提示すると、話は通っていたらしく中へ招き入れられた。
丁寧に手入れされた庭を通り抜け、三人は磨きあげられた玄関に立って、ルウィーニが呼び鈴を鳴らす。心地よい金属音のあとに扉の向こうから返事があり、ややあって中から女性の声が
「どちらさまでしょう?」
「こんにちは、ユエラ。俺はルウィーニ。無事ライヴァンへ帰還できたので、挨拶と……少し話をしたいと思ってね」
すぐに扉が開き、中から現れたのは執事やメイドではなく、ほっそりとした背の高い婦人だった。病を
彼女は柔らかく微笑み、ルウィーニを見て懐かしそうに目を細めた。
「いらっしゃい、公爵さま。生きているうちに
「ありがとう、ユエラ。きみも、伏せっていたとジェスレイに聞いたが、元気そうで良かったよ。俺も五体満足、心身ともに元気で帰還できたから、安心して欲しい」
「ええ、安心したわ。本当に……。どうぞ、お入りください」
ルウィーニの言葉に、ユエラと呼ばれた婦人は目を細めたまま扉を大きく開けて三人を招き入れる。屋敷のエントランスホールは狭く、最低限の調度品しか置かれていなかったが、階段下に掛けられた大きな絵画がラディンの視線をとらえた。
四人の人物が描かれた、肖像画のようだ。初老のほっそりとした婦人、目の細い若い男性、柔らかく微笑む若い女性、その腕に抱かれたオレンジ髪の幼い少女。
ロッシェ、ルベル、今ここで話しているユエラ、そしてルベルの母親――……?
「ああ、その絵はね」
ラディンの視線に気づいたのだろう。話を切りだしかけ、しかしユエラは思い止まったようだ。ゆっくりとした足取りで応接室の扉を開けると、振り向いて言葉を続ける。
「皆さま、ロッシェのことでいらっしゃったのでしょう? どうぞ。お茶を出しますから、ゆっくり腰を落ち着けて話しましょうか」
「うん、そうだね。それがいい」
ルウィーニの同意を聞いて、ユエラは
その様子を見ていたラディンは、彼女自身も人には言えない何かを抱え込んでいたのかもしれないと……なんとなく予感したのだった。
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