2.燃え落ちた館の記憶

[2-1]朝の会議


 王城の朝は早い。とはいえ、客人というていで滞在しているラディンたちはそういうわけでもない。

 久しぶりの大浴場とゆったり広い個室、そしてふかふかのベッド。ずっと興奮状態だったため自覚はなかったが、身体は正直だ。ここまでで相当疲れが溜まっていたのだろう――、夢も見ず泥のように眠り、ふっと目覚めた時にはすでに遅い朝だった。


「あぁっ!? 寝坊した!」

「おっはよー、ラディン! もうみんな食堂に集まってるぜッ」


 焦って身支度しているところにフォクナーがひょっこり現れて、それだけ言って去っていった。ラディンたちは城の使用人が使う食堂を利用していいことになっているので、皆そこに集まっているのかもしれない。

 急いで顔を洗い、着替え、食堂へ向かおうと早足で廊下を歩いていくと、ちょうど通路の曲がり角から出てきた人物にぶつかりそうになる。


「あ、す、すみません!」

「……ああ、こちらこそ注意不足だったようだ。すまない」


 すらりと背の高い、きっちりした印象の男性だった。年の頃は、叔父ラスリードと同じくらいだろうか。蜂蜜はちみつ色の髪を後ろで一つに括り黒基調の貴族服を着た姿は、色印象はまったく違うもののロッシェを連想してしまう。

 ついまじまじと見つめてしまったためだろう、彼はわずかに眉をひそめ、いぶかるように首を傾げた。


「俺の顔に、何か?」

「あ、いえ! お忙しいところ、足を止めさせてしまって」


 なぜ気になったのか、自分でもわからない。そんな形のない違和感を言葉にして相手を探れるほど、ラディンは器用でもなかった。

 失礼しました、と謝罪を重ねてからその場を後にする。

 まだ頭が寝ぼけているのかもしれない。シャッキリしなくちゃ、と自分に喝を入れる。気持ちを切り替えて、今日からは国王陛下暗殺の陰謀を阻止するために動くのだ。



 城で働く使用人たちは多忙な時間も休憩も皆バラバラなので、使用人用の食堂はあらかじめ置いてある料理を好きに取って食べるバイキング形式だ。それほど品数があるわけではないが、好きなものを好きなだけ食べられるのは嬉しい。

 テーブルの一角を陣取って、ギアとアルティメット、エリオーネとルイン、モニカとフォクナーが集まっていた。

 適当な料理を皿にとってから、ラディンも急いでその輪に合流する。


「お、ラディンおはよう。オヤジさんと一緒じゃないのか?」

「父さんは今日は朝から国王陛下と話し合いだって言ってたよ。国民証とか名前とかいろいろ更新しなきゃいけないみたいで」


 相変わらず目敏いギアに、昨夜父から聞いた話を伝えれば、彼は納得したようにほぅと息をついた。


「そういや、公爵の扱いのまま流刑にされたんだっけか。……雑だな、ライヴァン」

「よくわかんないけど、もともと公爵位の肩書きそのものが実体なくって、名前だけ……だったみたい」

「なんだそりゃ」


 ラディンは王政国家の爵位や身分というものをよく知らない。ギアが首を捻っているのを見て、そんなものかと思う程度だ。

 父の話によれば、以前の身分や家名は全部無効になっているので今後はフェールザン姓を名乗り、職業を学院の教師にして国民証を作り直すことになるだろうとかなんとか。


「そっか……。じゃ、ルウィーニさんにこっちに加わってもらうのは無理そうだね」

「そうねぇ。弟サマの手綱取ってもらおうと思ってたのに」


 コソコソと囁き合っているのはルインとエリオーネ。つまり、ここからは叔父が加わる流れなのだろうか。


「そういえば、シャーリィは?」

「あー、あいつは……ニーサスの件がいろいろ納得できないからって、朝早くから出かけてるな」

「そっか。一人で?」


 ギアの答えを聞いて、薄まりかけていた心残りが再び胸に苦く広がってゆく。

 正直、ラディンはリーバもニーサスもあまりよく知らない。それでも、シャーリーアが死神の凶刃に掛かって死にかけたとき、リーバが来ていなかったら最悪の事態になっていたかもしれないとは思う。

 恩人として、また友人として、彼は何もせず現状を見送ることはできなかったのだろう。


「なんか……一人のほうがいいんだってさ。帝都で済む用事だっつーんで、大丈夫だとは思うが。気持ちも、わかるしなぁ」

「ん、そうだね」


 ちらりと目をやれば、モニカもどことなく元気がない。

 先行して樹海に向かった組はニーサスやリーバと一緒に行動する時間も長かったわけで、自分よりも別れが堪えているのだろう。何かできることがあればとも思ったが、彼らの事情を詳しくない以上いい案を考えつくものでもなかった。

 ぼうっと考え事をしながらオムレツをつついていたら、目の前にコーヒーが置かれて、思わず顔をあげる。黒翼の翼族ザナリール女性――アルティメットが人数分のコーヒー、フォクナーとモニカにはオレンジジュース、を運んできてくれたらしい。


「ありがとう、アルティメットさん」

「どういたしまして。……いろいろと、気になることもあるでしょうけど、今はできることをしていきましょう?」

「……そう、ですね」


 彼女とギアの間にあった事情と経緯も、ラディンはよく知らない。けれど、ギアがどうやら彼女を五年の間捜し続けていたらしいということは、少し聞いた。

 いろいろな事情を越えての、再会だったのだろう。

 言葉少なな彼女だが、気にかけてくれているのが伝わってきて、それを嬉しく思う。アルティメットの言う通り、それぞれがそれぞれの場所でできることを精一杯やっていくしかないのだ。


「――さて、本日、というかこれからの予定だが」


 コーヒーを一口飲んで、ギアが切り出した。デザートに夢中になっているフォクナー以外の全員が、ギアを注視する。

 エリオーネだけは挑むような目つきで睨み据えていて、それに居心地悪く感じたのだろうか、ギアは咳払いを一つしてから、言葉を続けた。


「国王陛下が資料を渡したいって言うんで、ルインと姉御はモニカとフォクナーを連れて、食後に執務室へ向かってくれ。アルティメットは城への滞在許可を出すために記入してほしい書類があるってんで、事務室のほうへ。書務官のオールスがインディア嬢と一緒にいるから、二人の指示に従ってくれるか」


 安堵したふうなエリオーネを見るに、彼女はまたギアの采配を警戒していたようだ。

 それはそれとして、自分の名前が呼ばれていないことに気づき、ラディンは目を瞬かせてギアを見る。


「アニキもだけど、おれは?」


 そして、ギアがなんとも言えない表情をしていることに気づく。眉を下げて眉間にしわを刻み、どこか悲愴ひそうさを感じさせるほど鬱々うつうつとした顔で、彼は言いにくそうに口を開いた。


「……で、さ。ラディンは同行するもしないも選んでくれていいんだが……俺はオヤジさんに声かけて、可能ならレジオーラ家に行こうと思ってるんだ。一応、陛下から許可は得てるから、オヤジさん次第っつーか……」

「あ、監獄島の話を……」

「そうなんだ。結局、俺が説明するより他にないからなぁ」


 ポツポツと応じた声は、大柄なギアの体格からは考えられないくらい小さい。ギアがレジオーラ家に出向くというのは、そこに住むロッシェの家族……娘のルベルとロッシェの母親に事情を説明しに行くということだ。それは、憂鬱ゆううつにもなるだろう。

 自分はどうしようか、とラディンは少し逡巡しゅんじゅんする。

 監獄島で起きたことに立ち会っていないラディンは、どういう経緯で彼が居残ることになったのかを知らない。けれど、狂王と戦う前夜にフェトゥースから聞いたロッシェとルベルの関係性を思い出せば、見届けたいという気持ちが頭をもたげるのだ。


「まぁ、おまえにとっては嫌な思いさせられた相手なわけだし、執務室で国王陛下の話聞くのでもいいんだぜ」


 考え込んでしまったラディンを気遣ってだろう、ギアが言葉を加えてくれた。それが、ラディンの決意を後押しする。


「ううん、行くよ。おれはあの人にすごく、嫌われてたけど、……もしかしたらその理由も、わかるかもしれないし」

「そうか? 無理はするなよ?」

「大丈夫だって。父さんもいるんだしさ」


 ラディンが父と引き離されたのは十年前……まだ五、六歳の頃で、今のルベルとそれほど違わないだろう。自分の場合は、父の意思ではなく王命により奪われてしまったわけだが、ロッシェは自ら監獄島へ残ったのだという。

 この件に関しても自分は事情をよく知らないし、何かできるわけでもない。できることがあったとして、ロッシェはそれを望まないかもしれない。

 それでもやはり、自分と似た境遇に置かれているであろう幼子ルベルのことを思えば、何かできることはないだろうか、――そう考えてしまうラディンなのだった。





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