[1-3]ライヴァン城への帰還
重い気分を引きずったまま『
最初の頃に歓迎パーティーを行ったホールに暖色の照明が灯され、食卓にはたくさんの料理が並べられている。
貴族や令嬢といった身分の高い者たちは招かれていないようで、音楽や飾りつけは控えめだったが、そこに込められた感謝と労いの気持ちは十分に伝わってきた。感動のあまり泣いてしまいそうだ。
「お疲れ様でした。本当に……よくやってくださいました。あなたがたは国王陛下の恩人であり、ライヴァン帝国にとっても救国の英雄です」
女官たちの長らしい年配の女性がそう言って深く頭を下げると、私服の騎士たちと他の使用人たちも彼女に合わせて感謝の言葉を唱和する。
英雄、と呼ばれて悪い気はしないけれど、ただひたすらに恥ずかしくて、隣に立つ父の後ろへ隠れてしまいたいと思うラディンだ。
モニカはすでにシャーリーアを盾に隠れてしまっていたが。
「いやぁ、まさか、こんなことになってるなんてね」
「もちろん私どもが勝手にしたわけではありません。皆さまへ感謝を、というのは、国王陛下のご意向でもあるのです」
懐かしそうに目を細めホールを見回すルウィーニに、女官長は微笑みながらそう言って、会場のほうへと手を差し伸べる。
「改めて、サイドゥラの地と狂王の件の完全解決に助力いただき、感謝いたします。どうぞ、心ゆくまで楽しまれてくださいませ」
それからあとの展開は、最初のパーティーとそれほど変わりない。とはいえ、身分の高い者が呼ばれていないということは、衣装やマナーにそれほど気を使わなくていいということだ。根っからの庶民気質なラディンにとってはありがたい話だった。
国王とドレーヌ、インディアが挨拶のため顔を出したくらいで、それもわずかの時間だった。事後処理に慰霊祭の計画と段取り、数週間後に控えた帝星祭と、すべきことが山積みになっているらしい。
おそらく父や自分たちも明日からは、それを手伝うことになるだろう。だからこそ今日だけでもゆっくりして欲しい、というフェトゥース国王の誠意なのかもしれない。
簡易なドレスを着付けてもらったモニカは、久しぶりに会ったエリオーネと仲良くスイーツ巡りをしている。
フォクナーは相変わらず会場を賑やかしては、シャーリーアに追いかけられていた。
ギアとアルティメットは若い騎士たちに取り囲まれて、この度の話をせがまれているらしい。
いまだ心に重くわだかまる別れの寂しさと心残りを、温かな宴の雰囲気が優しく
「おまえも楽しんできたらいいんじゃないか、ラディン」
若干のからかいを滲ませて、父が言う。昔は公爵とか呼ばれる身分だっただけに、気遅れを感じることもないのだろう。
その息子とはいえ、幼少時からこの手の場に無縁だったラディンには、心のハードルが高すぎる。
「おれは……うん、適当に好きなもの食べるから、父さんこそ楽しんできてよ」
「またおまえは、大人ぶったことを言って」
そんなつもりではないのに、楽しげに笑って頭をグイグイ撫でてくる父は、息子の年齢を錯覚しているのかもしれなかった。大人ぶるも何も、十六歳といえばもう十分に一人前だ、と思うのだけれど。
嬉しい気持ちだけでなく、十年という時間の長さを改めて思い知り、思わず涙ぐみそうになったところに――声が掛けられた。
「ラディン、おかえり! お疲れさまっ!」
「あ、ルイン! ただいま!」
満面の笑みで駆けてきた
城を離れて貴石の塔へ向かったのはそれほど前ではないのに、彼ともずいぶん久しぶりに会ったような気がする。
「ふふっ、ルイン……こちらはおれの父さん。ルウィーニ、っていうんだよ」
「は、はじめましてっ。ボクはルイン、と言いまして、ラディンの友人の……ってルウィーニさんってラスさんの!?」
自己紹介の途中で、何かに気づいたらしい。あーっ、と声をあげてルインは両手をわたわたさせはじめ、ラディンは意味がわからなくてつい父を見た。
ルウィーニは目を丸くしてルインを見ていたが、やがて原因に思い至ったのか、にやりと口角をあげる。
「なるほど、……きみがラスを助けてくれた、グラスリードの王子様だね。ありがとう、弟を助けてくれて」
「あ、いえ、あの、助けたのは、エリオーネでっ」
「私がどうした?」
ギャアと叫んでルインが飛び退く。いつの間にか彼の後ろに立っていたのは、黒髪を短く切りそろえ簡略の貴族服を着た、背の高い男性だった。
不敵に笑う紫色の双眸を見た途端に、ラディンの記憶の中でおぼろげだった印象が、一気に蘇って像を結ぶ。
「叔父さん!?」
「ラディンか、大きくなったな。何より、五体無事で健やかに育ったようで安心したぞ。ルゥイも、無事に狂王との対決から生還したようだな」
ルインがそーっと足音を忍ばせて移動し、ラディンの背後に回った。確かに昔から怖い印象のある叔父だったが、いったい何をやらかしてルインをこんなに怯えさせたのだろう、と疑問が湧き上がる。
ルウィーニが苦笑した。
「おまえも、あれ以上の問題を起こさずにいてくれて良かったよ。……ルイン君、弟がこの通りできみには苦労を掛けたみたいだね。心から謝罪するよ」
「い、いえいええっ、苦労なんてまったく何も大丈夫ですからっ!」
力いっぱいの否定が、当人の思惑と反してルウィーニの言を証明づけているように思えた。ラディンたちが貴石の塔へ行っている間に、城のほうでは一悶着も二悶着もあったのかもしれない、と考える。
ルインの反応に不服だったのか、ラスリードが眉を寄せて腕を組み、そこでラディンは彼の右手首が失われていることに気がついた。
あれ、と思ったが、今はなんとなく聞ける雰囲気でもないように思う。
「さ、ラディンもルイン君と積もる話があるだろう? 子供は子供同士で楽しんでくるといいよ。俺はラスといろいろ話したいこともあるからね」
「あ、うん」
父の口添えはルインの様子を見てとってのことだろう、と察することができたので、ラディンは素直に頷きルインの手を取った。
「じゃ、おれたちもなんか食べてこようよ」
「そうだね、……じゃ、あっちのテーブルとか」
笑顔でひらひらと手を振る父に手を挙げて返し、ラディンはルインと一緒に料理が並ぶ食卓へと向かう。
城で待機していたルインには、話して伝えたいこともたくさんあった。
パティロには、ルインとエリオーネを連れてまた遊びに行くと言ったのだ。それを実現するためにも、国王を狙う陰謀を暴き出し、首謀者を捕らえなければならない。
エリオーネやルインが集めた情報を共有し、それぞれができること、すべきことを話し合い、役割を決めて――、……。
美味しい食事を楽しみながらルインとそういう話をしているうちに、宴の時間はあっという間に過ぎていくのだった。
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