[1-2]森での別れ


 全員でクロノスが開いたゲートを通りカミィの自宅へ到着したのは、午後に差し掛かろうという頃だった。

 大怪我を負ったカミィとルウィーニだけでなく皆へとへとに疲れていたが、待っていたルイズがまたも、テーブル一杯にパンや料理や飲み物を用意してくれていたので、ようやく空腹だったことを自覚する。


 子供たちを優先に交代で風呂場を使わせてもらい、着替えた者から食事をとり、怪我人は医療の知識がある者で手当てをし、残りの時間を歓談しながら過ごす。

 白月の森にはライヴァン王城へ通じる転移魔法陣テレポーターがあるし、パティロの村もすぐ近くなので即解散でもよかったのだが、なんだか名残惜しかったのだ。


 狂王による脅威は払われ、白月はくげつの森は安全が戻り、おそらくレシーラの呪いも解けた。それがある者たちにとっては別れを意味すると、それぞれが感じていたからだろう。




 ***




 次の日の朝早く、ギアとラディン、フォクナーとモニカ、シャーリーアとステイとリーバで、パティロを村へと送り届けることになった。おそらく村に滞在しているだろうニーサスとアルティメット、リティウスとエアフィーラの迎えも兼ねて、である。

 村の境界を越える前から村人たちは一行に気づき、パティロの家族が迎えに出てきてくれた。ニーサスたちも一緒だ。

 ゆっくりしていって欲しいと引き留めるパティロ父をやんわり押しとどめつつ、それぞれがパティロと別れの挨拶を交わす。

 

「頑張ったな、パティ。元気で過ごせよ、俺とアルトも近くにきたら遊びにくるからな?」

「村の場所はしっかり記憶したから、大丈夫よ」

「うん。本当にありがとう……ギア、アルティメットさん」


 大柄なギアは身を屈めてパティロの白い頭を何度も撫で、その隣でアルティメットはふんわり微笑んでいる。少年のきんいろの目には涙がいっぱいに溜まっていたが、頷いて返す瞳の強さはもう幼いものではなかった。

 獣人族ナーウェアは種族特性として幼年期の成長が早い。パティロの外見はフォクナーより上に見えるが、実際はまだ十年も生きていない。森の奥地の村で両親と姉に守られながら穏やかに成長していた子供には、短いとはいえ過酷な旅だっただろう。

 不平も不満もこぼさず大人たちと一緒に戦い抜いてきた彼は、村にいたときより一回りも二回りも成長したに違いなかった。


「いやァ……、俺あまり何もしてやれなかったよな!」

「そんなことないよぅ」

「本当に、息子がお世話になりました」


 湿っぽくなりそうな空気を、ギアの明るい声音が歯止めを掛ける。否定の意味で首を振った弾みでパティロの目から涙がこぼれ、そばにいた父がタオルでそれを拭ってやった。

 名残惜しそうな表情で挨拶を述べるパティロ父に、ギアはニッと笑顔を向けて言う。


「俺たちこそパティには助けられたし、教わったこともあるし、感謝しないとな。ありがとうパティロ、ありがとうな親父さん。どうかこれからも自慢の息子を大切にしてくれ」

「はい、もちろんです!」


 勢いこんで飛びつきそうなパティロ父と、さりげなくそれをかわすギアの隣で、ラディンもパティロに近づき、小柄な身体をぎゅっと抱きしめた。


「元気でね、パティ。いろいろ一段落したら、ルインと姉御を連れて遊びにくるよ!」

「うんっ。ラディンも元気でね……?」


 ラディンが短い抱擁ほうようを終えると、モニカが側に来てパティロに抱きつき、涙声で言った。


「ふえぇ、寂しいよー! これから何をするのかあんまりよくわかんないけどっ、また一緒に今度は楽しいことしようねぇ」

「うん、ぼくも遊びにいくねー? モニカもそんなに泣かないで……」

「そうですよ。何も永劫えいごうの別れではないんですし、また会えますよ。とにかくパティロは身体に気をつけて、元気に過ごすんですよ?」

「うん、また会えるよね……。シャーリィもケガに気をつけて、元気でね?」


 困ったようにモニカの頭を撫でて慰めるパティロと、淡々と語りつつもどこか早口なシャーリーアになだめられ、モニカはパティロからようやく離れて、手渡されたタオルで顔を拭く。

 フォクナーがシャーリーアを避けるように回り込んでパティロの側まで来ると、こそっと耳打ちした。


「いずれこのボクが大魔法キワめて、テレポートで連れてきてやるゼっ!」

「うん、フォクも魔法がんばってー! でも……テレポートはムリだと思うよぉ……」

「天才魔法使いのボクにできないことなんて、あるわけないんだからダイジョブさ!」


 精霊に愛されているフォクナーの脳内辞書には、属性概念などないのかもしれない。しかし、彼がやると言ったら本当にやり遂げてしまいそうな気がするのはなぜだろうか。

 いつもなら辛辣しんらつに突っ込むシャーリーアも、この度は雰囲気を読んで黙っているようだった。

 そうやって一人一人と別れの挨拶を交わし、最後に氷狼ひょうろうの振りを継続したままのニーサスが、その場にいた全員へと厳かに言葉を告げる。


「精霊の加護と幸運が、この村と若き冒険者たちの上にあらんことを」


 祝福の宣告に、それぞれが立ち上がって姿勢を正す。村へ帰る者と旅を続ける者、あるべき居場所へ戻る者とが、互いに向かい合い、どちらからともなく深々と頭を下げた。

 この森で起きた一つの大きな事件が終息した瞬間だった。




 ***




 フェトゥース国王、ドレーヌ、インディアは、カミィのテレポートに送られて一足先にライヴァン王城へと帰還している。

 聖獣クレストルも今は湖に帰って消耗を癒していることだろう。回復に少し時間はかかるが、いずれはゼオのようにルウィーニの求めに応じて姿を現せるようになるとか。

 また会えることが楽しみでならない。


 ステイは、エアフィーラとリティウスとともに樹海へ旅立っていった。てっきりシャーリーアも一緒に行くものだと思っていたラディンは驚いたが、二人は清々しい表情でこんなことを言っていた。


「オレは、シャリーこいつとだけは一緒に旅しないって決めてるんだ」

「僕も、村の外でまでステイかれの世話係なんかやりたくないですし」


 それでもラディンは、狂王との戦いの最中にステイが「約束を果たす」と口にしたのを聞いている。二人の間には二人だけの決めごとがあって、そのために別々の旅をしているのかもしれない、と思った。

 そういうわけで、今、塔の『ゲート』の前にいるのは、ギアとアルティメット、ルウィーニとラディン、シャーリーアとリーバ、モニカとフォクナー、そしてクロノスとニーサスだ。

 ギアとしてはアルティメットをカミィの家で待機させたかったようだが、彼女は頑として頷かなかったらしい。


「私は城に向かう理由もないので、ここで失礼させてもらうよ。リーバは、どうする?」


 ニーサスに問われ、リーバは一瞬シャーリーアを見たものの、すぐに頷いて答えた。


「私もニーサスと一緒に行くよ」

「それなら、僕もお二人と一緒に……」


 すかさず申し出たシャーリーアをニーサスが手を挙げて制する。不思議そうに目を瞬かせた彼に対し、ニーサスは穏やかに、だがはっきりと告げた。


「君はライヴァン王宮へ行って、国王の依頼を果たすといいよ。こちらのことはもう、心配ない。にするから」

「そういうわけには! 統括者から依頼を受けたのは僕ですし、最後まで見届けさせてください!」


 漠然ばくぜんと渦巻く不穏は、シャーリーアの感じている不安なのか、それともニーサスの言葉に含められている微妙ななのか。

 彼らの間で交わされた約束事の一部始終を知らないラディンでは、口出ししようにもできない。それはギアやルウィーニだって同じだろう。

 モニカはぼう然としているし、リーバはどことなく悲しげだ。

 ニーサスがサファイアの両眼をすっと細め、優しげな微笑みを浮かべた。


「君たちには……、特にシャーリィ、君には本当に助けてもらったよ。感謝してる。だからもう、これ以上は」


 その先に、言葉は続かなかった。

 申し訳ない、でもなく、迷惑だ、でもなく。理由を言葉にしてくれたのなら、きっとシャーリーアは食い下がることもできただろう。

 ニーサスの表明した穏やかな拒絶に、誰もが言葉を見失って黙り込む。


「では、クロノス様。お願いします。私とリーバを、統括者ウラヌス様の館へ」

「……うん、わかった。でも、ホントにいいの?」

「はい」


 意味がわからないまま聞いていたのだろうモニカが、そのやり取りに「えぇっ」と大声を上げた。


「クロちゃんも帰っちゃうの!?」

「うん、……ごめんねモニカ。一応これでも精霊王だから、今回のイロイロでやらなきゃないお仕事があるの……」

「ううぅ、じゃあ、ぜんぶ終わったらまた会いにきてぇ……約束してっ」

「うん、約束するから泣かないで……? 落ち着いたらまた、モニカの鏡にお邪魔するよ」


 えぐえぐと号泣するモニカをアルティメットが優しく撫でている。ギアが苦笑し、それから表情を取り直してニーサスを見た。


「また会おうぜ、ニーサス」


 半精霊の青年は、その言葉に微笑んだ。答えとなる言葉は何も、返さずに。


「ありがとう。人間族フェルヴァーの中にも君たちのような者がいると知れて、私は幸運だったよ。モニカ、……一緒に連れていけず、ごめんね。どうか幸せに、元気で過ごせますように」

「ニーサス!? ちょっと待ってください! 話はまだッ!」


 何かが示唆しさ的であったわけではない。それでも、直感的に何かを感じたのはシャーリーアだけではなかった。

 しかし――、

 咄嗟とっさに彼が伸ばした手は、届かず。


 数枚の青い羽根を残し姿を消した三人のいた場所に、シャーリーアの切迫した声がむなしく響く。

 それに答えが返ることはなかった。




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