+ Scenario5 帝星祭編 +

1.戦いのあとで

[1-1]劫火の街とこれからのこと


 天を朱色に染め地上をきつくす、金羽きらめく不死鳥フェニックスの舞い。ごう火のようでありながら禍々まがまがしさはなく、儀式めいた厳粛げんしゅくさがそこには満ちている。

 食い入るようにそれを見つめるリーバの目には、シャーリーアと同じく、地上から遊離し不死鳥フェニックスの翼に抱かれてゆく多くの魂が見えているだろう。


「ひとまず、目的は達成されましたね」

「……そうだね」


 シャーリーアの声がけに、応じる答えは短い。

 そもそもの始まりは、狂王の操心に捕らえられたレシーラの呪いを解いてもらうため、貴石の塔を調査せよ、という統括者の依頼を果たすことだったのだ。

 その先で雪崩れ込むように事態が動き、今に至る。


 狂王が死亡した今、おそらくレシーラも正気に返っていることだろう。

 統括者ウラヌスは、自らの力を振るわずとも望みが叶うよう采配してくれたのだろうとわかった。


「彼女の……レシーラの呪いは解けているはずです、リーバ。あとは、クロノス様を通して統括者ウラヌス様にこの件を報告し……、って聞いてますか? リーバ」


 微動だにせず炎の舞いを見ていたリーバの黒い両眼から、つうっと涙が伝って落ちた。

 意味がわからずシャーリーアは内心慌てたが、当人は気づいてもいないのだろう――炎の音にかき消されそうな細い声で、答える。


「シャーリィ。ニーサスは、どうなるのかな」


 不意打ちの問いに答えるべき言葉を思いつけず、シャーリーアは言葉を失って黙り込んだ。リーバは一瞬だけ視線を向け、それからうつむいて自嘲じちょう気味に笑った。


「奇跡なんて、そう何度も望めるものではない……か」


 炎の王と統括者のやり取りに、彼は自分の育て親を重ねたのだろうか。

 自分自身も奇跡によって一命を取り留めたシャーリーアは、リーバに何と言ってやればよいかがわからない。それでも。


「奇跡が望めないとして」


 希望と奇跡の間にはどれだけの隔たりがあるのだろうか。


「望みが……奇跡ほど大それたことだなんて、誰が決めるんですか」


 こんな返答、ただ自分の願望を口にしているだけに過ぎない。子供のように我がままで、理の通らない考え方だと自覚している。

 そうわかっていても、言わずにはいられなかった。


 リーバはうつむいたまま、小さく笑ったようだった。

 泣きだす直前に似た、痛々しい笑顔だった。




 ***




「終わった、んだな……」

「ああ、そうだな」


 ギアとカミィ、短く言葉を交わす。すべてが完遂とはまだ言えないが、過去の悲劇により呪われていた地とその王は呪いから解放され、魂は来世のために集められた。

 それを見届けた今、ギアにはやっておきたいことがある。


「オヤジさん」


 意を決して呼び掛ければ、ルウィーニが振り返った。負傷した部分は魔法で治癒したようだが、表情には疲労が色濃くにじんでいる。

 それでも、彼はギアを見て柔らかく微笑んだ。


「なんだい、ギア」

「オヤジさんはライヴァンに戻ったら、ロッシェの母親に会いに行くんだろ? 俺も一緒したらいけねえかい」

「ああ。……そうだね、そのほうがいいかもしれないな」


 互いに幾分か苦さが混じるやり取りだ。隣に立っていたゼオが虎の耳をひくつかせ、金の瞳を巡らせてギアを見る。


「ロッシェ、だぁ?」

「ああ、知ってんのかい?」


 人型の灼虎しゃっこが長い尾をパタリと打ち振った。燃える先端から火の粉が散り、風に運ばれてゆるやかに溶けてゆく。

 ゼオはきんいろの目を瞬かせ、ギアを睨むように見据えて言った。


「知ってァいるが、オレから話すことは何もねえさ。アイツはまれに見る頑固者だ。関わるなら相応の覚悟が必要だぜ?」

「――解ってたつもりでは、あるんだけどな」


 ため息混じりに答え、ギアは目を上げて彼方を見やる。

 ロッシェという人物については、短い付き合いながらも理解できていると思っていたのだ。つかみどころのない気質ではあるが、自分に対してだけは本音で語ることもあると、心のどこかで思っていた。

 それが思い込みだったのか、事実だったのか。今のギアに知るすべはない。


「ゼオ。俺は彼から、娘さんのことをよろしくされたよ。そんな俺にも……話してはくれないのかい?」


 ルウィーニも、ゼオの表情を見て途中からあきらめ半分の声音に変わる。

 名づけの契約関係にあるとはいえ、魔術師と精霊は主従ではない。無理やり口を割らせるようなことを、ルウィーニは良しとしないだろう。

 ゼオはルウィーニから目をそらして、目を伏せた。


「奴が何も言わず任せたんだろ? なら、知れる範囲の情報以上をオレが話す意味はねーさ。精霊は情報屋とは違ェよ」

「……それなら仕方ないね。戻ったらまずは状況の整理をしないといけないなぁ」


 ゼオの意志は固いようだ。ルウィーニは苦笑とともに話を終わらせ、ラディンのほうを振り返った。


「さて、帝都に戻ろうかラディン。母さんエティアを迎えに行かなきゃいけないし、フェトゥース国王とも、今までのこととこれからのことを腰を据えて話し合わないとね」

「うん。でも父さん、帰るって……歩いて?」


 ラディンは何の気なしに発言したのだろうが、非日常のただ中から現実に戻ってくるには最高の一言だった。

 ギアは思わずルウィーニと顔を見合わせ、それからカミィを見る。黒い死神はそっぽを向いて肩を震わせていた……笑いを堪えているようだ。


「あっははは、確かに! 俺たちは王軍を率いてきたわけではないからなぁ!」

「ちょっと、父さん! なんで笑うのさ!?」


 堪えきれなかったのか声をあげて笑いだした父に、ラディンが顔を赤くして抗議している。カミィがとり澄ました表情で――といっても口角が上がったままで、言った。


「クロノス様の魔法は、送り届けるためのみ……か。とはいえ、歩いて帰れる距離でもないだろう。せめて一晩どこかで休めれば、魔力も回復するのだが」


 とはいっても、テレポートが使える魔族ジェマあるいは無属の者はカミィとリーバしかいない。近くに泊まれる宿などないし、夜営の装備を持っている者もこの場にはいなかった。

 よくよく考えれば笑いごとではないと気づいたのだろう、ルウィーニが腕組みをしてうーんと考え込む。


「どうも俺たちは非日常に慣れすぎて、遠征に必要な準備というものを考えていなかったな。どうする? フェトゥース国王」

「僕たちは歩いて帰るのもありだとして……、公やカミィ殿は怪我をしていますし、無理はできませんね」

「いや、きみが歩くのは駄目だろう」

「陛下、それはないです」


 斜め上の答えを返す国王にルウィーニとドレーヌが仲良く突っ込み、ゼオが失笑して言った。


「言っとくがオレァ転移できねーし、炎の王も魔法はからきしだから、アテにしねエ方がいいぜ。じゃ、帰るゎ」

「ああ、ありがとうゼオ。気をつけて」


 ルウィーニににこりと笑みを向けられて、口の悪い炎精霊は嬉しそうに口角をあげる。


「オレが何に気をつけるってェんだよ、マスター。じゃあな!」


 ゆらりと陽炎のような余韻を残し消えた、その原理が転移魔法とどう違うのか疑問は残るが、問い質したところで答えてはもらえないだろう。

 何にしても休むつもりなら、ここから一番近い宿場まで歩かなくてはいけない。

 しかし、ルウィーニはさっきから杖を支えに立っている状態だし、仮にもギアが担いで運ぶには目的地が遠すぎる。


「父さん、大丈夫?」

「平気さ。気が抜けた途端に、どっと疲れが出てきたんだよ。父さん、あまり若くないんだぞ」

「どの口が」


 冗談めかした親父ジョークにラディンが答えるより早く突っ込んだのはカミィだ。ギアもつい、言ってしまう。


「オヤジさん、まだまだじゃんか」

「ははは、……丈夫な身体でよかったよ」

「――あのぅ」


 和やかながらも深刻な話し合いにそろそろと割り込んできたのは、クロノスだった。幼い声がおずおずと、輪になっている大人たちへ告げる。


「元の場所……カミィの家とここを、空間でつなげたよ。ウラヌスも、これくらいはダメって言わないと思うから」

「おぉ!? 助かるぜ。でも、カミィは大丈夫なのか?」


 白月はくげつの森まで戻れば、貴石の塔の門も獣人族ナーウェアたちの村もすぐそばだ。ただ、迎え入れるほうは負担になるかもしれないが。

 そういう心配も込めてギアが尋ねれば、カミィは穏やかに笑んで頷いた。


「家にはルイズもアルティメットもいるからな、大丈夫だ。最低限のもてなししかできないが、それでも良ければ休んでいくといい」





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