[2-3]叛乱の火種は
「なぁルイン、姉さんって凄ェ格好いいよな!」
医師から安静養生を言い渡されている身だというのに、ケルフは元気だ。塔調査班へ伝えることがあると言ってエリオーネが部屋を出てしまったので、ルインはケルフの見張りのためここで待機している。
小柄な後ろ姿が扉の外へ消えた途端、ケルフは目を輝かせてこんな調子だ。ついつい、ため息が口から漏れてしまう。
「ケルフは、えーと、エリオーネさんが好きなの……?」
「はァ!? お相手が町娘とかならともかく、姉さん相手に惚れたとか口が裂けても言えるかよっ」
「…………」
そんなものなのだろうか。
ケルフが言いたいことを理解できず、かといって聞き返す気にもなれず、ルインは
国王暗殺の企みが水面下で動いているのは間違いない。ただケルフは本来なら諜報のために潜入してきたわけで、言うなればフライングだ。探るべきは、誰が、どのタイミングで、この恐ろしい企みを実行しようとしているか……だろう。
エリオーネは調査のために頼れる
身軽に飛び回っている彼女の助けになりたいけれど、ルインには手伝えそうな人脈も
「……そういやさ、ルイン。おまえ『帝星祭』って知ってるか?」
ルインが黙ってしまったので寂しくなったのか、ケルフが不意に全然違う話題を振ってきた。興味を惹かれて思わず顔をあげ、ルインはベッドの上で胡座をかいている
「テイセイサイ?」
「なんだよ、知らないのかよ。ライヴァン帝国の有名なお祭りじゃん。『帝国十二巡りの星祭り』、通称『帝星祭』。いろんな国から有名人やら観光客やらが押しかけて、帝都の人口が倍以上に膨れあがるっていう! あと一ヶ月くらいじゃね」
「ふぅん……」
各国の有名人。たとえば、普段は国交がない国の著名人が訪れたりもするのだろうか。もう一年以上会っていない父の姿を、遠くからでも見る機会になるだろうか。国を出てから連絡も取っていないけれど、元気にしてるだろうか。
上の空なルインに気づかず、ケルフは楽しげに話を続けている。
「でさ。実際ヒトが多いからその日は警備が追っ付かねえんだ。だから、オレたちみたいな職業にとって祭りってのは穴場さ。おい、ルイン聞ーてんのか?」
「ん? あ、うん、聞いてるけど」
聞いてはいるものの、彼が何を言いたいかはよくわからなかった。生返事なのがバレたのか、ケルフはムッとした表情で「あのなー」と唸る。
「だからさ、帝星祭までに星を挙げねぇとマズいだろ、って話だよ」
「星? 星のお祭り?」
「は、キラキラお星様話じゃねーぜ!? 首謀者だよっ。いつもは城に引きこもってる国王が、パレードとかで市井に出てくる絶好のチャンスなんだから。……ルインおまえ、駄目なやつだなー」
言いたいことは良くわかったが、ひとこと余計だ。深く傷ついたルインは、潤目で口を尖らせる。
「ダメなアサシンに言われたくないっ」
「だ、駄目なアサシン……!」
否定できない切り返しはケルフの胸にクリティカルヒットしたようで、彼は黒い目を見開き言葉を失った。一瞬見つめ合うも、お互い気まずくなって視線を逸らしうつむいて黙り込んでしまう。
居心地悪い沈黙の中で、謝るべきかどうしようかとルインが悶々としていたら、助け舟のようなタイミングで扉が開いた。
「さすが情報屋『
今はすっかり普段の仕事着に戻ったエリオーネが、入ってくるなり二人の様子を見て半眼になる。
「べ、別に何でもないっス! 姉さん、今日も格好イイデス!」
「は? 意味わかんないわ、ケルフ。……ま、いいけど。それより、ディニオード公爵の行方がわかったのよ」
そろそろと顔を上げて見れば、エリオーネは部屋の飾り椅子に座って足を組んでいた。彼女の普段着はタイトなミニスカートなので、少年二人にとっては非常に心臓に悪い姿勢なのだが、本人はつゆほども気にしていないらしい。
銀のリングが光る細い指先が丁寧につまんで広げたのは、古ぼけた地図のようだった。
「ルイン、これ見てちょうだい」
「え、あ、うん」
名指しに心がどきりと跳ねる。急いで立ってそばに行くと、傍らのテーブルに彼女はそれを広げたまま置いた。覗き込んだルインは思わず、あっと声をあげる。
「ここって」
世界には二つの大陸があり、
彼女が持ってきた地図には、そのバイファル島の簡略図が描かれていた。
「エリオーネさん、こんな物どうやって手に入れたの?」
「いろいろ伝手はあるって言ったでしょ。むしろ、世界一の情報屋をしてこの程度の地図しか手に入らない閉鎖性の方が、あたしには驚きだわ」
「え、どういうことっすか?」
ベッドから降りて見に来たケルフに空いている椅子を勧めてから、ルインはエリオーネの顔色をうかがう。地図を入手したということは――現地へ行くつもりなのだろうか。
航路と船着場、そして『
「どうやらディニオード公爵は監獄島へ送られたらしいの。物証はないけど、『
「逃げ出したって可能性はないんすか?」
「ここは、脱出不可能な監獄って言われてるんだよね」
ケルフの疑問に対しルインが口を開き、補足する。
「監獄島についての情報は、王家にのみ伝えられると言われてるんだ。特級犯罪者が送られる流刑地で、周囲は断崖絶壁、移動魔法でも越えられない結界が張ってあって、島へ出入りするためには魔獣が番をする入り口を通らなければいけないんだって」
長い間そうやって使われていくうちに、流刑にされた犯罪者たちはそこに、無法が法令となる体制を作り上げていった。
力のみが優劣を決める基準となる、無法地帯。人を食う
実際のところ、行って戻ってきた者が少なすぎて島の現状はわからない。
しかし少なくとも、そんな場所から逐一指示を与えるなんてことは不可能なのだ。
「なるほど」
「何にしても推測だけで、物証がないのよね。……もう少し、調べてはみるけど」
誰かが公爵の名を騙って国王を暗殺しようとしているのだろう。焦点は、誰が何のために、というところだが……それ以上の想像はルインにとって難易度が高すぎる。
エリオーネは重いため息をつきながら、地図を凝視していた。
真剣なその瞳に常とは違う覚悟のようなものが現れている気がして、ルインの胸に不安がわき起こる。彼女はどこまでつかんでいて、何を黙っているのだろう。
その隠し事は、自分では手助けもできないようなことなのだろうか。
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