3.結界を探して

[3-1]まさかの再会


 モーク、モーク――そんなふうに聞こえる鳴き声が、遠くのほうで響いている。


 一気に押し寄せてきた安堵感からか腰が砕け、立ち木の根元に座り込んでしまったシャーリーアは、目を皿のようにまん丸にしたまま十数秒は放心していた。

 思考回路がショートするとはこういうことか。

 だって、なんと言うか……目の前に、いるはずのない奴がいる。


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、片手で大道芸よろしくナイフを放っては、器用にキャッチしている。

 記憶の中より日に焼けて精悍さを増したその顔は、どう都合良く曲解したって幼馴染みのステイ=リアそのものだ。


「君がなぜ!?」


 どうあっても否定できない現実は受け入れるしかない。

 急いで立ち上がり距離を取ろうとしたら背が樹の幹にぶつかって、そんなわけないのに追い詰められたような錯覚を覚えてしまう。シャーリーアの周囲に誤解を与えかねない行動に、ステイのような人物がグッと眉を寄せた。


「なんだよ。超久しぶりに会った親友だってのに、いきなり怯えることァねーだろ!?」

「怯えてなんかいませんよ! ただ君が余りに常識ハズレな所に非常識な現れ方をしたからっ、壮絶に驚愕しただけじゃないですか!」

「親友の危機にオレ様のこの命中率百パーセントダガーが超活躍したって事だろ、要約すると! すっげえウツクシイ友情劇じゃねえかよ、どこが非常識だっ!?」

「こんな樹海の真ン真ん中歩いてるのが非常識なんですっ!」

「だったらおまえだって非常識だろよッ!」


 突如そこに勃発ぼっぱつした舌戦……いや、むしろ掛け合いマンザイのような口喧嘩に、解放されたニーサスやリーバ、ケンカ中のモニカとクロノスさえもがその場に凍りついている。

 が、頭に血が上ったステイと動転したシャーリーアの目に、その様子は見えていない。


「君みたいな体力バカと一緒にされるのは心外ですね! 僕らは、かの偉大なる統括者より密命を受けて現地調査へと急いでいるところなんです。君と呑気に昔話を語り合っている暇など、ハチドリの涙ほどもありはしない…………?」


 息つく間もなく喋り倒していたシャーリーアの肩を、遠慮がちにリーバが叩いた。


「シャーリィ、彼は誰? 知り合い?」

「あ! オレは――」

「彼はステイ=リアという名の僕の旧友です、剣を振り回すばかりで多少かなり考え方が一直線ですが、気の良いヤツでさっきもあのブドウを撃退するのに手を貸してもらったんです、そうですよねステイ!」


 ステイが二人に向かって得意気に自己紹介を始めようとするのを遮り、シャーリーアは先制攻撃とばかりに早口でまくしたてた。この昔馴染みにあることないこと吹聴されてはかなわない。

 台詞を奪われたステイは当然、ムッとした表情でシャーリーアを睨みつける。


「後半誉めて誤魔化しただろ、おまえ。オレのことどんな紹介しやがったよ? もいっぺん言ってみろっ!」

「そのまんま、君の特技と人格を簡潔に要約したんじゃないですか!」


 反論など許さない、と言外に込めて言い返し、それからシャーリーアはリーバたちに向き直ってにっこりと微笑んだ。


「まあ、そんなところです。とりあえず彼は、僕らの旅とは何ら関係がありませんから、気にせずさっさと進むことにしましょう」

「おいおいッ!? つれねーヤツだなあ」


 周囲が茫然としているうちに強引に話をつけて、場を後にしようとしたシャーリーアの腕に、突然、するりと細くしなやかな腕が絡みついた。


「あらあ。そんな冷たいこと仰らないでくださいますぅ? ここで出逢えたのも何かの縁ですわ、この森抜けるまでご一緒いたしましょ? ねっ」

「えぇ? はい?」


 不意をうたれてシャーリーアは目を剥く。背中の真ん中まで伸びたふわふわのウェーヴヘアをリボンとビーズのヘアリングでゆるく結んだ見知らぬ女性が、シャーリーアの腕を捕らえてニコニコと微笑んでいた。

 慌てて背後を振り返る。視界一杯にステイが広がっていたせいで気がつかなかったが、もう一人、華奢な青年が突っ立っている。

 雪の輝きに似た青みの白髪はくはつの間から覗く豹の耳には、金色のさざなみに似た模様。つった細い目は青銀の光を照り返していて、今は困ったように半眼伏せられている。


 どうやら、先ほどから目の前で繰り広げられていた不可解な出来事に困惑しているようだ。

 青年の表情を見てようやく、シャーリーアは自分の意識が現実に返る感覚を覚えた。


「貴方がたは、もしかしてステイの?」

「そうですわ」


 彼女がにっこりと答える。

 細くふわふわ波打つ髪は、晴れた海に輝く波のような澄んだ青碧シーグリーン。先の尖った魔族ジェマの耳がほとんど、その豊かな髪に埋もれている。大きめの目は深い澪を思わせる透きとおった瑠璃の輝き。目尻が少し下がっていて、優しげな印象を与える。

 魔族ジェマであるとか少し幼顔であるとかを別にしても、お世辞抜きに可愛らしい、魅力的な笑顔だった。

 そうこう観察しているうちにステイが側にやって来て、彼女を指差し言った。


「こいつは、エフィ……エアフィーラっての。で、向こうにぼーっと突っ立ってるのは、リトっていうリティウス。エフィ、リト。こいつはオレの幼馴染みで、シャリーってゆう本の虫さ」

「シャー、リー、ア、です」


 一言一言発音までしっかりと名乗り直してから、シャーリーアも後ろの仲間たちを示して紹介した。


「彼が、リーバ。モニカに、クロ……クロちゃん。そしてニーサスです」


 ぺこりとニーサスが頭を下げ、リーバが慌ててそれに倣う。

 ミニ竜ヴァージョンのクロノスは、モニカの頭に乗っかってモニカごと頭を下げる。

 次いでニーサスが、ステイの方に近づいて言った。


「君が私たちを助けてくれたんだね? ありがとう」


 差し出された手を取りつつ、ステイは不思議そうに首を傾げる。


「あんた、獣人族ナウエアかい?」

「いいや、そうじゃないよ。いろいろと訳ありでね、今はこんな姿になっているんだ」

「ふーん」


 ステイはそれ以上をニーサスに聞くことはせず、なぜか視線をこちらに向けてシャーリーアの顔をまじまじと見つめた。


「――まさかと思うがシャリー? 一般のツミの無い方々に、変なケンキュー施したりしてねえだろなぁ」

「そんなわけないでしょう?」


 やっぱり彼に口を開かせてはいけない。そう内心で決意していたところに、エアフィーラが目を輝かせて詰め寄ってきた。


「シャーリーアさんって、賢者さまなんですかぁ? なんか、インテレクチュアルですわ」

知性的インテレクチュアル……?」


 斜め上のお世辞が来た。彼女のふわふわした雰囲気に毒気を抜かれて返答にきゅうしていると、ステイが大げさに両手を挙げてため息をつく。


「まーた始まった……。おいリトっ、見てねえで止めろ」

「…………知るか」


 ずっと黙っていた獣人族ナーウェアの青年がひと言、疲れたような声で呟いた。無愛想なのかと思ったが、どうやら困惑継続中だったらしい。おそらく口下手か、無口な性格なのだろう。ステイと彼と足して半分にすれば、きっとちょうどいいのに。

 ふわふわ女性は周りの口出しにも頓着せず、グイグイとシャーリーアに迫ってくる。


「ねぇ、折角ですもの、私たちもご一緒させてくださいません? 一人より二人、三人よりは七人ですわ」

「……エフィ、……あまりわがままを言うんじゃない」


 シャーリーアが返事するより先に、リティウスが怒ったように表情を強ばらせて彼女をたしなめた。エアフィーラは有罪を宣告されたかのように悲愴な声で「えぇ〜〜」と不満を口にする。


「リトのイジワルぅ! それじゃあせめて、お昼ご飯だけでもご一緒させていただきましょっ?」

「…………それは、俺が決めることじゃない」


 エアフィーラは潤んだ瞳をステイに、次いでシャーリーアに向け、可愛らしく小首を傾げた。


「よろしいでしょ?」

「オレァ、構わねーけど」


 ステイがあっさり了承したので、決定権はシャーリーアに委ねられた。何だこれ、と思いながらも、上手く断る理由づけがすぐには思いつかない。

 しかしシャーリーアが考えている間に、エアフィーラとも変わらないくらいに脳天気な声が、辺りに響き渡った。


「それ、グッドアイディアねぇ! ちょうどお腹も空いたもの。ステイさんいたらコワいの出てきてもヘーキそうだし、そうしよ!」

「ですがモニカ、こんな所で食事なんて……」

「いや」


 シャーリーアを遮り口を挟んだのは、ニーサスだ。


「モニカの言う通りだと思うよ。人である君たちはいずれ食事を取らなくてはいけないのだし、彼らがいてくれた方が心強いよ」

「おう、任せておけっ。まさかここで飯ってわけにもいかねーケドさ、もう少し行くと開けてる場所があったから、そこに行こうぜ?」


 ステイがそう言って得意気に親指を立てるのを見て、シャーリーアは考えてみる。

 ここで幼馴染みに逢ったのは、どういうことなのか。個人的な心情としては決して幸運と言いたくはないが、実はこれはもの凄い幸運なのではないだろうか?

 ……と、自分を励ましたところで、ショックの度合いが和らぐわけではなかった。


 シャーリーアには、この、実は幸運かもしれない不運が、運命的な何かの差し金に思えて仕方なかった。



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