[3-2]告死鳥の御伽噺
貴石の塔がある「白月の森」には、城と直結した『
その場所から塔までは整備された道が敷かれている――との話だったが、実際に目の前に続いているのは獣道にしか見えない。
「何年も手を入れてなかったからね」
「ンな危険人物を幽閉してる塔に、見張りもつけてなかったのかよ……」
肩をすくめるロッシェと、ため息混じりに突っ込むギア。
ここ三年ほど内政に手一杯で余裕がなかった、という事情はラディンにも察することができたが、ロッシェは笑ってギアの言を流す。ギアも畳み掛けるようなことはしなかった。
塔までは一本道らしいが、この状態では野生動物や魔物に遭遇する可能性も高い。いざとなったらすぐ戦闘に入れるよう、先頭をギアとラディン、最後尾をロッシェ、間にインディアとパティロとフォクナーを挟んで慎重に進むことにする。
そうやって歩きにくい森の小道をかき分けながら、小半刻ほど進んだころ。
「パティロくんはこの森生まれだったかな。ならもしかして、夜飛ぶ鳥の声を聞いたことはあるかい?」
ロッシェが不意に、すぐ前のパティロにそんなことを聞いてきた。
「夜飛ぶトリって、フクロウ?」
「ううん、シツゲドリと言う名の鳥だよ。聞いたことあるかい?」
速度をゆるめてロッシェの隣を歩くパティロと、楽しげなロッシェの会話は、さほど離れていないラディンたちの所へも聞こえてくる。
それに興味を惹かれたのか、今までわりと静かに(ローブや杖が引っ掛かって歩きにくかったのだろう)歩いていたフォクナーも、ロッシェの側に行ったようだ。
「なになに!? シツゲドリ?」
「そうそう、シツゲドリ。聴いたこと、あるかい?」
「んー、聞いたこと、あるような……」
「ボクも、ボクも聞きたい!」
一気に賑やかになった後方の様子を聞きとがめて、ラディンの隣を歩いていたギアが立ち止まり振り返る。
「何やってんだよ?
「この森には、昔からの言い伝えというものがあってね――」
「……イイ根性じゃねぇか」
綺麗に無視して話を続けるロッシェに、ギアが舌打ちしつつも歩く速度をゆるめた。インディアがちらと後ろを振り返り、クスリと笑う。
「ああ見えて意外に神経張ってるから、大丈夫よ。側にいたほうが守りやすいんでしょ」
「仕方ねぇ、もう少し固まるか」
列が伸びて
距離が離れていないので耳をそばだてずとも話は聞こえるが、何となく無言になってしまうのは好奇心というやつだ。
「むかしむかし、ある小さな村に、病気の母親と心優しい娘が住んでいた。例に漏れずその母子も貧しくて、娘は母親の薬を買うため必死に働いたけれど、母親の病は悪くなる一方だった。やがて……」
間を置くように話を途切れさせ、ロッシェは意味深に笑んだ。「なになに?」と子供二人が先を促す。
ロッシェはパティロとフォクナーを交互に見てから、話を続けた。
「母親はね。重い肺炎にかかってしまったのさ。娘は何とか良い医者に診せようと、家中の金目の物をかき集めてお金を作ったけれど、到底足りるほどにはならなかった。途方に暮れる娘の心痛をよそに母親の状態は悪化してゆき、ついにある夜……」
足を止め、ロッシェは子供たちを見おろす。二人は息を呑んで、次の言葉を待っている。
自然、ラディンたち三人もその場に立ち止まって、話の続きを待つしかない。
「彼女らの家に、
トーンを抑えた声で、厳かに話は続く。
「闇色の翼を持ち、青い星の瞳を持つ死神の名前さ。彼は言った。母親はもう長くない。自分は彼女を迎えに来たのだ……とね」
「お母さん、死んじゃったの……?」
パティロが本当に悲しそうに聞く。フォクナーは目をまん丸にして聞き入っている。
ロッシェが口角をあげて笑った。
「いいや、そうはならなかったんだ。
ロッシェがそこでいきなり話を振ったので、つまらなさそうに話を聞いていたギアは驚いたのだろう、びくりと肩を跳ねさせた。
「なんだよいきなり」
「知ってるだろう君ならね。続きをどうぞ」
変な所で振りやがって、とか何とか文句を言いながら、ギアは大きくため息をつき、期待の視線を向けているパティロとフォクナーを見回して口を開く。
「彼女は、
「ええぇー!? そんなケッコン、反対反対っ!」
「
これを見越して話を振ったのか、はたまたギアの反応を見たかっただけなのか。抗議のためギアにぶら下がるフォクナーを見て、クスクス笑っているロッシェの真意はわからない。
ギアがフォクナーを引き剥がしたところで、パティロが遠慮がちな様子でロッシェを見あげた。
「それでお母さんは助かったの……?」
さっきのと同じような質問に、ロッシェはにこりと笑う。
「もちろん」
「良かったあ」
ほわほわと笑う彼の白い頭を優しく撫でて、ロッシェは言葉を続ける。
「娘は
「え、えぇー――!?」
さっきより大声を上げて、フォクナーがギアの手をかい潜りロッシェに取りすがる。パティロは、耳をしゅんとさげてロッシェを見上げた。
「かわいそうだよう」
「そうだよ! ダメダメじゃん!」
「まあ、
子供たちの抗議を笑顔で受け流していたロッシェだったが、不意に表情を取り直し、長い人差し指を立てて口元に当てた。息を潜めるような声で続ける。
「――と以上が、この森の言い伝えさ。だからね、夜に
途端にフォクナーとパティロがびくりと飛び上がって、ギアの元に駆け寄ってくると彼のマントを掴んだ。
「いっいま、そこの茂みでガサって……!」
「ちがうだろッ、空にクロいカゲがッ!」
「今はまァだ真っ昼間だっ」
その様子を見て楽しげにケラケラ笑うロッシェにインディアが歩き寄り、魔術杖でポカリと殴る。
「もう、大人げないわよ!」
「だってさ、効果
「いいから進むぜ。本当に日が暮れたらどうすンだよ」
ギアのひと言はタイムリーだった。インディアが、
先頭に戻り道を拓くギアを手伝いながら、ラディンは何となく無意識のうちに呟いていた。
「お母さんって、どうなったんだろ」
「ああ、病が癒えたってだけで後は何も語られてねえなぁ。どうしてだ? ラディン」
「え? あ、ううん、別に」
寝物語に聞かされたことのある
改めて考えれば、大陸が違うこの森の言い伝えをなぜ両親が知っていたのだろうか。
伝承には歴史の真実が秘められていることが多いという。
ギアは何かを察しただろうか。そうだとしても、この時に彼がラディンを問い詰めることはなかった。
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