[2-2]エリオーネの提案
「ラディンー――! そろそろ行くぜッ!!」
寝坊していたくせに、いち早く旅支度を終えたフォクナーが、ラディンを急かしにやってきた。
魔術師のローブといつもの長い杖、ショルダーバッグに簡素なコートという軽装に、行き先をちゃんとわかっているのかと心配になってしまう。
「フォクはそれだけで大丈夫なの?」
「だってボク、ほかに何も持ってないもん!」
「……よく今まで旅して来れたね」
精霊に愛されている
今回の調査には精霊たちの後押しも望めるかもしれない。
とか考えていたら、痺れを切らしたのかフォクナーが詰め寄ってきた。
「そんなことより! こんな天気のイイ旅立ちビヨリにトロトロしてたらもったいないじゃん!? 準備終わってないなら、ボクが手伝ってあげるよ」
「え、いいよ、もう終わるよ!」
最低限の着替えや小道具類、薬に布類、ほかに必要そうな物もあらかた詰め終わっているラディンのリュックを、フォクナーが覗き込む。反射的に口を閉め、ラディンは急いで立ち上がった。
見られて困るものはないが、なんとなく気恥ずかしい。
「ふぅん? なら行こうぜッ」
「わかったから、引っ張るなよー!」
フォクナーは荷物の中身に興味があったわけではないのだろう、ウキウキした様子でラディンの腕を取り、グイグイと圧を掛けてくる。小柄で非力なため全然効果はないが。
そんなふうに部屋の入り口で押し合っていたら、フォクナーが開けっ放しにしていた扉からエリオーネがするりと入ってきた。
「もう出発?」
「あ、うん。昼過ぎには出たいみたいだよ。アネゴはどうしたの?」
なぜか威嚇の構えを取ったフォクナーに
「ラディン。ディニオード公爵――なる人物について、情報ほしくなぁい?」
「……それ、どこで」
意表を突かれて思わず真顔で見返してしまったラディンだったが、エリオーネはふふっと笑って言葉を続けた。
「そんな、警戒しないで。実はね、城に入り込んでた
オジサマ、とはジェスレイ卿のことだろう。
返答できずにいるラディンの様子に真面目な話と察したのか、フォクナーは口を挟まず二人の顔を交互に見ている。エリオーネは構わず話を続けた。
「これは、マズい何かを隠してるんだと思ったわ。それであたし、個人的に調べてみたのよ。そうしたらびっくりだわ、アナタの名前が浮上してきたんだもの」
彼女はどこまで知ったのだろう。気になるのに口に出しては聞くことができず、ラディンは答えに
ずい、と数歩の距離を詰め、エリオーネはラディンを上目遣いで見あげて囁く。
「ディニオード公爵の行方、知りたいんでしょ?」
「でも、ジェスレイ卿は、生きてはいないだろうって」
思わぬ名前が飛び出したことに驚いて、ラディンは思わず言っていた。口に出してしまったあとでハッと辺りを見回したが、エリオーネは人差し指を立てて注視を促す。
「それはね、監獄島だから――よ。まだ証拠はつかんでないけど、ラディン、この件はあたしに任せるがいいわ。火のないところに煙は立たない、意味もなく噂が流れるなんてことはないんだから」
「…………うん」
彼女は何かに気づいているのかもしれない。監獄島、その馴染みはないが腑に落ちる名称を胸に刻み、ラディンはうなずいた。
自信に満ちた微笑みを浮かべ、エリオーネは指の先をスッとラディンへ向けて言う。
「も・ち・ろ・ん! 首尾よく見つけ出した時には、たとえ
そうしてパチリとウインクしたエリオーネは、黒い翼を背負っているというのに、さながら幸運の精霊のよう――だった。
『だいじょうぶさ、ラディン! キミといればなんだってできる気がするんだ』
人懐こい童顔の友人を、ふいに思い出す。
まだ両親が一緒にいて、幸せだったころ。家の近くに同い年の幼馴染みが住んでいた。彼の父は流れの傭兵で、ひと所に長く留まることはしない親子だった。
同い年だった気安さもあり、彼とはよく一緒に遊んだ。秘密の隠れ家を決めていろんな決めごとを考えて、小さな冒険をたくさんした。
彼が父親と一緒に旅立つと決まったときにはひどく寂しくて、幾日も泣いて過ごした。もう二度と会うことはないだろうと子供心にわかっていた。
だから別れの朝、二人で最後の決めごとをした。
『大人になったら、帝星祭のときに、この秘密基地でまた会おう』
子供にとっての大人って、いったいいつなんだろう。
年に一度、ライヴァン帝国をあげて大々的に行われるお祭り、それが帝星祭だ。今年のお祭りは、あと一ヶ月後。
脳裏によみがえったその記憶が、なぜか頭から離れてくれなかった。
これは……何の予感だろうか。
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