+ Scenario3 樹海探索編 +

1.道なき樹海

[1-1]樹海をゆく


 魔法とはつくづく、不思議な権能ちからだと思う。

 ついさっきまで身動きするのも辛かった全身が、今は嘘のように調子良い。視線を傾けて見るに、どうやらそれはリーバも同じらしい。


「ねぇねぇクロちゃん! あのヒトの目的って、なんなのかなぁ」


 精霊王会合の席ではずっと借りてきた猫のように押し黙っていたモニカも、ようやく調子を取り戻したようだ。手に持つナイフで邪魔なつる草を払いながら、後ろをついてくるクロノスに話しかけている。

 もっともクロノスの方は、地を引きずるほど長い髪があちこちに引っ掛かって、それを何とかするのに必死で聞こえていないようだ。


「……クロちゃん、聞いてる?」

「え? えっえっ? なにモニカ」

「しーらないっ」


 プンと膨れてモニカが早足になった。クロノスはそれについていこうと慌てて、さらに髪の毛が悲惨なことになる。


「うあぁぁ! 待ってぇモニカっ!」

「知らないもん!」


 見ていたリーバが堪えきれず吹き出したようだ。

 シャーリーアはゲンナリした気分で重いため息をつく。人型でなくミニドラ姿なら苦もないだろうに、よりによって長髪長衣の裸足とは何事なのか。

 それでもミニドラ姿で鏡に篭られるのもちょっと癪にさわるので、言わないでおく。


「あれが、謎に包まれた時の精霊王の正体だなんて……はぁ」


 村にいた頃の自分に教えても信じないだろう。

 素養に恵まれなければ精霊を見ることのできない他種族と違い、妖精族セイエスは霊視を生来の能力として持っている。フォクナーのような友達感覚とまではいかないが、下位精霊は身近な存在であり、陽気で友好的な好ましい存在だ。

 その精霊たちを統べるという精霊王、その中でも一際ひときわ未知なる存在だという『時の精霊王』――その正体が年端もいかぬ子供で、その精神性もとは。


 ウラヌスへの交渉を後悔しているわけではない。自分が村を出たのは見聞を広め研鑽けんさんを積むためなのだから、『統括者から直々に仕事を与えられる』という稀有けうな経験は、それだけで貴重な機会だ。

 それが友人であるリーバのためになるのなら、不満などあるはずもない。

 しかし、理屈で納得していても感情は別で。

 何度目かのため息を気にしたのか、リーバがそろりと隣へやってきた。


「シャーリィ、大丈夫? 疲れたなら休もうか」

「大丈夫ですよ、リーバ。ウラヌス様が傷も体力も全部回復してくださいましたから、体調は万全です。ただそのせいで、余計なことを考え過ぎているだけですから」

「……余計なこと?」


 困惑したように首を傾げるリーバに、非はない。

 それでも考えずにはいられないのが、学者を志す者のさがなのだ――おそらく。


「快調になって頭がハッキリしたら、なぜ自分は命を危険に晒すような仕事に関わってるのだろうと、冷静に分析してしまって。……そもそもこれ、冒険初心者の妖精族セイエスに解決できる事案ではないですよね?」


 とがめたつもりはなかったが、リーバは少し困ったように笑って、立ち止まった。


「ごめんね。……でも、私は嬉しかったよ。心強かったよ」

「いえ、リーバを責めたいわけではなく」

「わかってるよ。でもやっぱり、事の中心が私なのは事実だから。ニーサスが……ああなってしまったのも」


 後方では、大きな翼を蔓に絡めとられて悪戦苦闘しているニーサスがいる。彼もまた当事者であるため、今回の件が片付くまではと統括者にお目こぼしをもらっている状態だ。

 しかし、この全部が解決した時にニーサスどうなるのか……想像は難しくないし、リーバの不安もわからなくはない。

 それぞ一介の妖精族セイエスである自分は、答えなど持ち合わせてはいないのだが。


「自分の可能性を信じてみてはいかがです? 僕とは違いリーバは、願いを叶える魔法をいつかは使えるんですから」

星の奇跡スタークォーツだね」


 無属性が銀河の属性とも言われるのは、運命に干渉する星の魔法を扱うことができるからだ。とはいえそれは最高位の魔法であって、リーバは当然扱えないし、いつ扱えるようになるかもわからないのだが。

 それでも、ゼロでなければ方法は探せるはずなのだ。

 それを考えれば、道なき道を手探りで進むことにも意味はある、はず、だ。


「……リーバ、これ、なんとかならないかな」

「ニーサス? 大丈夫?」


 二人で立ち話をしている間に、ニーサスもようやく追いついたらしい。翼に絡まったつる草が取れなかったのか、大きな狼耳がしょげたように下がっている。


「ちょっと待って、今取る……ッ痛!」

「僕が取ってあげますよ。でも先に、リーバその指見せてください」


 これ以上の被害が拡大する前にと、シャーリーアは急いで割り込む。

 薔薇のような大きさではないとしても、こういう植物には生き物に貼りつくための刺毛が生えているのだ。刺さると痛いし、抜きにくくて厄介だ。


「大丈夫だよ、シャーリィ」

「駄目です。こういうトゲは見た目より深く刺さっていることが多いですし、きちんと消毒しないと化膿しますよ。ましてこんな樹海で、変に悪化したら大変です」


 毛抜きを使ってそっとトゲを抜き取り、消毒して薬を塗り込む。それを興味深そうにニーサスが覗き込んできた。


「手慣れてるね。リーバより上手いよ」

「故郷の友人が、年中刺し傷や切り傷や痣や火傷や作ってくるものだから、慣れているんですよ。専門的な技術を学んだことはないので、応急手当くらいしかできませんが」

「親友かい?」


 ニーサスに問われてつい、シャーリーアは幼馴染みの悪友を思い浮かべて苦笑する。

 競うように二人、同じ日に村を出た。彼とは一切の連絡を取っていないから、今どこを旅しているかなど知るべくもないが……きっと「勇者になる」という分不相応な夢を掲げて今も、同じ空の下で駆け回っているに違いない。

 幼馴染みで、悪友だ。

 でも、親友かと問われれば――なぜか答えをためらってしまう。


「親友とはどういう友人のことか、定義づけが難しいですね。僕にとっても大人たちにとっても、傍迷惑な奴だったのは確かですが」


 ニーサスは不思議そうに首を傾げ、それから柔らかく笑う。彼の翼に絡みついた蔓を丁寧に取り除けながら、シャーリーアはぼんやりと思考を巡らせた。

 年中いつでも生傷の絶えなかった彼のことだ、一人旅だからといって大きな成長など考えられない。だとしたら今、誰が彼の傷を手当てしているのだろう。


 妖精族セイエスは医術を得意とする民であり、基本的な応急手当と薬草の見分け方・扱い方は幼少時から教え込まれる。何なら種族独自の魔法にも、治癒関連のものが多い。

 だが、知っているから正しく扱えるというものではないのだ。

 特に彼のような「舐めておけば治る」という野性的思考の持ち主が、自分の傷にどんな手当をしているか考えただけでもゾッとする。


「……何を思考の迷路にハマってるんだ、僕は」


 気づけば、ニーサスの翼はもうすっかり綺麗になっていた。意識を無理やり切り替えるように、シャーリーアはひと言呟いて頭を振る。

 さすが統括者、体内に蓄積していた不具合をすべて取り去ってくれるなんて。

 お陰で絶好調の思考回路が勝手にフル回転して止まらない。


 こんな樹海、こんな右も左も分からぬ場所で、郷愁の余韻に浸っている場合ではないのだ。意識的に思いを現実に向かわせて、シャーリーアは再び道なき道を歩きはじめた。



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