8.事の起こりの夜のこと
[8-1]統括者との問答
光と闇を一手に
彼の住む館は世界の中心地である
そんな超レア精霊王・ウラヌスと本日二度目の顔合わせを果たしたシャーリーアは、もうどうにでもなれ気分でため息をついた。
噛まれた傷はじくじくと痛むし、目覚めたばかりのリーバは完全に放心している。
頼みの綱の――いや、実のところ頼りにしてはいなかったが――クロノスは、フェンリルを盾にして逃亡を図ろうとしていた。往生際が悪い。
ウラヌスは怯えるクロノスを
無言で見守るフェンリルと、言葉も出ないニーサスやリーバ、モニカの前で、ウラヌスは表情一つ変えることなく口を開く。
『帰るぞ、クロノス』
「やだよぅ! 帰らないもん!」
『お前の家出でどれだけの迷惑と心配が掛かったと思っている。我が侭は許さんぞ』
「ウラヌスの意地悪ぅ」
まさかの駄々っ子と保護者だ。シャーリーアは二重の意味で目眩を感じた。目の前で起きている非現実を冷静に受け止めるのに、今はちょっと文字通り血が足りない。
だが、ここでこのままクロノスを連れ戻されてしまっては困るのだ。
『統括者よ。私に免じて、彼女の呪いを解いてはくれないか? あの狂気は人の手に余るだろう』
意を汲んでくれたのか、フェンリルが揉めている二人に口を挟む。が、ウラヌスは振り返ることもなく淡々と応じた。
『断る』
『貴公の
『……不足と理解しているのであれば、私の手を煩わせるのはよして貰おう』
にべもない。氷の精霊王は大きな狼耳を下げ、ため息をついた。
フェンリル登場時の台詞を考えれば、氷狼のリューンがニーサスの完全死を回避しようとして魂抱きの魔法を行使したことも、本来なら許されない越権行為なのだろう。
理不尽だとは思わない。
しかし何か、
あの狂気めいた
そこから、切り込めないだろうか。
ぐらぐらする思考を何とかまとめ上げ、シャーリーアは意を決して統括者に声をかけた。
「ウラヌス様、少し宜しいですか?」
『……貴様か』
「クロノス様を心配なさる余りのお怒り、もっともなことだと存じます。しかし、今一度彼がなぜここにいるのかをご考慮くださいませんか?」
その一言に、ウラヌスが沈黙する。あの弁舌の全てが真実でないことくらい、とっくにバレてはいるだろうが、あのやり取りでシャーリーアは一種の契約を交わしたとも言えるのだ。
つまり、リーバの安全を確保するため精霊王の後ろ盾を得られるという保証を。
今ここに、真相を語れるニーサスがいる。
彼女が掛かっている呪いは、リーバを脅かす黒幕と深く関わりがあるのだから。
『……解った。事情を話すがいい、聞いてやろう。その上で貴様らの言い分も考慮してやる』
「ありがとうございます。ご理解のことと存じますが、彼こそがリーバの養い親である人物であり、彼に迫る危険をもっとも正確に把握している者であるはずです。……ニーサス、貴方の身に何が起きたのかを、話していただけますか?」
精霊王を含めたこの場の全員の視線を向けられ、ニーサスは緊張した面持ちで頷いた。
「わかりました。私の知る範囲ではありますが、お話ししようと思います。少し長い話になりますので、あらかじめご了承ください」
***
「もう、フェトってば。あたしも混ぜてくれたっていいじゃない」
負傷者の手当てと会場の片付けもひと段落し、今は洗濯室に来ていたインディアは、そこでようやく国王とロッシェが依頼の話で引きこもってしまったことを知った。
国王自らが危険地帯に出向くことはないだろうと思いつつも、責任感の強いフェトゥースなら言い出しかねないとも思ってしまう。ロッシェは今ひとつ信用ならないし。
「まさか、自分も白月の森に行くとか言ってないでしょうね……」
「白月の森が、どうしたの?」
「きゃあっ!?」
独り言のつもりで口に乗せた台詞をまさかのタイミングで拾われて、インディアは驚愕に思わず振り返る。いつの間に来ていたのか、ルベルの手を引いたパティロが洗濯室の入り口にいて、大きなきんいろの瞳で彼女を見あげていた。
「やだもぅ、びっくりしたじゃない。あなたたち、寝たんじゃなかったの?」
「おきがえとはみがきしてたです」
「お洋服のままじゃ眠れないもんね、ルベルちゃん。……それで、通りがかったら声が聞こえて、気になっちゃったの」
自分の
「だめだめ、トップシークレット漏らしちゃったらドレーヌ卿に叱られちゃう! あなたたちももうお休みなさい、ね?」
「んー……でもでも、森に行くなら道案内が欲しいよね? 白月の森なら、ぼく、案内できるんだけどなぁ」
相変わらずおっとりした口調なのに、後には退かない強さを乗せて、パティロが見つめてくる。その台詞の意味するところに気づき、インディアは全身から血の気が引くような気がした。
「パティロ君、まさか」
「ぼくの村はね、白月の森にあるの」
パティロのその一言は、インディアの失言が取り返しのつかないものであることを決定づけたのだった。
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