[8-2]サイドゥラという故郷


 応接室のテーブルを挟んで、国王とロッシェ、ギアとラディンが向かい合う。

 ロッシェが簡単にギアとのやり取りを説明し、改めて国王の口から事の全容が聞かされることになった。


 事の起こりは数週間前にさかのぼる――と、フェトゥース国王は話し出す。


「城の宝物庫に盗賊が入ったんだ。もちろん、すぐに警備の者に見つかって賊は逃走。特に奪われた物もなく、僕たちは安心していた」


 淡々と国王は語る。ひと通り話し終えるまでは口を挟まないで欲しいと言われたので、ギアとラディンは黙って話を聞いている。


「けれど、賊の目的は金品ではなかったのさ。それから少したって、一週間前くらいだろうか。僕の部屋に、あの白い女が現れた……」

「白い、女?」


 ギアが眉をひそめて呟いたのがわかった。ラディンにも思い当たる節がある。リーバの話していた、ニーサスの古い知り合いだという女性だ。

 もとから警備が厳重な城の中、それも国王の私室に現れるなど――それは人族ひとのなせることなのだろうか。

 ラディンの疑問は国王も感じたものなのだろう、端正な顔に憂いの表情を見せながらフェトゥースは続ける。


「白……あるいは銀色の髪、白い服の、幽霊みたいな魔族ジェマの女だったよ。彼女が、僕の部屋に現れて言ったんだ。『わたしの家族を奪ったあなたたちに、死よりも辛い苦痛を味わわせてあげる。憶えてなさい』と。言葉の通り、彼女が狙っていたのは財宝でも僕の命でもなかった。ある場所を開く〝鍵〟だったんだ」




 ***




 洗濯室の椅子に腰掛けて、インディアは弟の失敗を語るような口調で話を続ける。


「フェトゥースが持ってる宝剣にはね。ちょっとした仕掛けがしてあるの。どんな仕掛けかは秘密だから言えないんだけど、その鍵っていうのが、海を隔てた隣の〝地大陸〟に建っている、とある塔を開放する鍵なのよ。それを、よりによってフェトったら、魔族ジェマに盗られてしまったのよ」


「……どうしてそんな遠いところの鍵を、王さまが持ってるの?」


 パティロが不思議に思うのも当然だ。ライヴァンが大帝国だとはいえ、海を隔てた別大陸にまで統治は及ばない。


「ずっと昔の契約によりって言うんだけど、正直知らないのよね、あたし。でもね、どうやらその『塔』は監獄の代わりみたいな所で、ずっと昔にかなり酷いことをした一級犯罪者の魔族ジェマを、閉じ込めてたんだっていう――話なのよ」


「その塔のある場所っていうのが……」

「そう、それが……地大陸の外れ、白月の森なのよ」




 ***




「レシーラは、私の従兄弟です。私は小さな頃に両親を亡くし、リューンに育てられました。私たちの故国は、今はライヴァンの一部となっています。人間たちにより滅ぼされた、当時、サイドゥラと呼ばれた国です」


 ウラヌスがその単語に反応したかのように、顔を上げる。ニーサスは視線を落としたまま、淡々と言葉を続けている。


「彼女は私より十数歳ほど年上で、当時もう独り立ちして親許から離れていました。そのため、国が滅びたときに助かったそうです。けれどいろいろあって、当時はまだ小さかった私をすぐ捜しにはこれなかったと言ってました」


 魔族ジェマの年齢は外見で判断することができない。

 それは妖精族セイエスも似たようなものだが、決定的に違っていることがある。


 妖精族セイエスの成長は定速だ。成年に達すれば見かけはもう老化しないが、それでも妖精族セイエス同士であれば、ある程度相手の年齢を推測することができる。

 しかし魔族ジェマの場合、たとえ何百年生きようと、精神が成長しなければ身体が成長することはない。何かの要因で身体の年齢が逆行してしまうことすら、あり得るのだ。

 

 二人並んでどちらが年上かと聞かれても、同族同士ですら判断を下せないのが魔族ジェマの年齢事情だ。

 そしてこの場合、レシーラは本来のニーサスよりずっと若く見える。


「再会したのは、私が、リューンと二人だけで今の館に住んでいた頃でした。彼女は言ったんです。奇跡を起こす星の魔法なら、どんな願いだって叶うのかしら、と」


 え、という声がリーバの口から漏れた。が、ニーサスはそれには反応を返さず、サファイアの瞳を細めて話を続ける。


「あの魔族ジェマ――狂王は、当時、サイドゥラ国の王だった人物だそうです。そう、リューンは言っていました。彼が人間フェルヴァーの英雄たちの手によって封印されたのが、50年と少し前のことです」


 封印された魔族ジェマの王。

 シャーリーアはその人物については知らなかった。保守的な妖精族セイエスだけに、そういう噂は年長者たちが握りつぶしてしまったのだろうか。

 ニーサスは続ける。


「とても、酷いことをしていたと聞きました。意味もなく殺戮さつりくを行い、世界中を恐怖に陥れたと。だから私は、人間フェルヴァーたちが彼を討ち故国を滅ぼしたことを恨む気にはなれませんでした。でもレシーラは、そうではなかったんです」




 ***




「狂王なる人物を、知っているだろうか」


 組み合わせた手の甲に額を押しつけて、ため息のような声でフェトゥースは語る。


「120年ほど昔かな。当時ライヴァンの東方にあったサイドゥラという小国に君臨していた人物だ。魔族ジェマの、吸血鬼ヴァンパイアの部族の」

「聞いたことなら、ある」


 ギアの答えは短い。ラディンは、その話は知らない。


「50年以上前に、当時のライヴァン国王と仲間が彼を封印したのさ。その封印を見張る役目がこの王家に課せられていたということを、僕は知らなかったんだ」


 ――知っていれば。

 吐息に混じって声がかすれる。その続きを聞き取ることはできなかった。言葉にされなかっただけ、かもしれないが。

 少しの沈黙が、流れる。


「封印って、どういうことですか?」


 普通であれば処刑、または投獄だろう。寿命の問題で終身の投獄が世代を跨ぐことになるとしても、人族に対し『封印』という言い方を普通は使わない。

 国王が顔をあげ、答えようとしたが、言葉を発したのはロッシェの方が早かった。


「かの人物はね、相手だったんだよ。方法はわからない、原理もわからない。当時の資料は伝わっていないけど……彼は死を無効にする手立てを持っていたと、いうのは伝わっているんだ」


 あまりに突飛な話に、ラディンはもちろんギアも絶句した風に目をみはっている。

 死を無効にする、など。人の身で可能なのだろうか。


 しばしの静寂を挟み、国王は沈んだ表情で続きを語り出す。

 

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