[8-3]狂気の呪い


 今より1200年ほど昔のこと。

 六種族の王たちが定めた協調の盟約から、魔族ジェマの王は離反を宣言した。


 魔族ジェマには生まれつき、他種族の者を喰らって自身の力に換えるという魔性の能力が備わっている。

 盟約は、能力的に優位性を持つ魔族ジェマが他種族を害さないためのものであり、翼族ザナリール妖精族セイエスといった比較的弱い種族を守るためのものでもあった。それが破棄されたことによって種族間の平和が失われ、惨劇が起こるのは必須だった。


 魔族ジェマは魔術の民とも呼ばれ、全体的には彼らの魔法能力に追随できる種族はない。ゆえに、剣の民である人間族フェルヴァーは団結し、魔法を上回る剣技と組織力によって対抗策を練ることにした。魔法の発動には簡易でも詠唱が必要であり、発動させる前に叩けば魔法など怖くもなんともない。

 一方、鱗族シェルクは海の底へと逃れ地上から姿を消した。獣人族ナーウェア妖精族セイエスは森へ逃れ、都会から姿を消した。

 必然、魔族ジェマの狙いは翼族ザナリールに絞られる。鳥の性質を持つ彼らは高地に住むが、空を飛ぶため細身で小柄な者が多い。夜目が利かず、気質も穏やかだ。騒乱の時代の初期は大がかりな翼族ザナリール狩りが行われ、翼族ザナリールたちは集落ごと潰され、狩られ、あっという間にその数を減らしていったという。


 しかし当然ながら、人間族フェルヴァーがそれを看過することはなかった。

 翼族ザナリールを守り、あるいは奪い返すために魔族ジェマに戦いを挑む人間族フェルヴァーの姿勢は、魔族ジェマにとって恐怖をともなう脅威となった。狩る側から狩られる側に。まるで宿命づけられたかのように、魔族ジェマ人間族フェルヴァーはその時代から幾度も衝突を繰り返してきたのだ。


 それが、読んだ知識としてシャーリーアが知っている歴史のあらましだった。

 だからニーサスが語る過去の話も、特殊な例ではないと理性は判断している。しかし、のがこれほどに胸を圧迫するのかと、シャーリーアはぼんやり考えていた。

 ウラヌスも、精霊王たちも、今は黙ってニーサスの話に耳を傾けている。その心中を推し量ることはできない。


「レシーラが望んでいたのは、復讐です。彼女は、故国を滅ぼし両親を殺した人間フェルヴァーたちを憎んでいました。ですが、彼女はその方法を持たなかった。一介の魔術師ひとりが人間族フェルヴァーに対抗する手段などありません。それで彼女は無属の者を手に入れ、サイドゥラ再興の足がかりにしようとしたのです」


 半ば予想していた事実ではあった。他人である自分がそうなのだから、当事者であるリーバはもうわかっていただろう。淡々と語るニーサスを見つめるリーバの瞳は濡れたような光が揺れていて、シャーリーアはなんとも言えない気分に陥る。


「私はリューンに……氷狼に育てられたため、彼女の想いが理解できず、彼女に寄り添ってあげることができませんでした。レシーラからその子を――リーバを取りあげ、彼女を叱りつけて追い出してしまったのです」


 そうして自分が、というよりはリューンがリーバを育てることになったのだと、ニーサスは語った。

 当時の彼には、子供を親元に返すという発想自体がなかったらしい。

 会った当初から感じていたニーサスの浮世離れした雰囲気は、親を知らずに精霊によって育てられたからだったのか、と今さらながらシャーリーアは思う。


「悲しみと孤独の中で、彼女は復讐に取り憑かれたまま追い詰められていったのでしょう。どうやってそこに行き着いたのかは知りませんが、彼女はサイドゥラの王だった人物が幽閉されていた塔を見つけ出し、開放してしまいました。彼女はまだ、国の再興をあきらめてはいなかったんです」

「それが、あの吸血鬼ヴァンパイア魔族ジェマ――ですか」

「うん、そう」


 噛まれた傷がじくりと痛み、シャーリーアは虚無の瞳を思い出して身震いした。王がいれば国は再興できる、その発想は理解できる。しかし、国土は……そして臣民はどこから得ようというのだろうか。

 状況的に考え得る手立ては一つしか思い当たらず、それを想像してシャーリーアは今度こそ戦慄した。


「まさか、彼はライヴァン帝国を乗っ取ろうとしている?」

「ハッキリしたことは言えないけど、おそらくは。そうすれば、復讐と再興を両方果たすことができるからね」


『成る程、話は解った』


 わずかの沈黙を挟んで、口を開いたのは統括者だった。険しい瞳はそのままに、しかし今その視線はまっすぐニーサスをとらえている。


『呪いを解いて欲しいと言ったな。だが話を聞く限り、その者がかの者の封印を解き呪いを植えつけられたのは、自業自得だ。加えて、かの者がいる限り再び同じ状況に陥るであろうことは火を見るより明らかではないか』

「……はい。仰るとおりです」


 ニーサスの狼耳がシュンと下がり、シャーリーアはウラヌスの言葉に違和感を感じてそっと尋ねてみる。


「ニーサス、呪いを植えつけられたってどういうことですか?」

「……私も、リューンに聞いた程度しか知らないのだけど。吸血鬼ヴァンパイアの部族はもともと、恐怖心や魅了で身体を麻痺させる魔力を瞳に宿していて、彼の場合はそれが他者に狂気を与えるほどに強いらしい。今のレシーラは精神操作を受けている状態らしいんだ」

「そういうことですか」


 なるほど、厄介な系統の呪いだ。この手のモノは高位の解呪魔法を使える術者を捜すか、呪いを与えた元凶を排除するしかない。この場合の元凶はあの魔族ジェマなので、彼を殺せば呪いを解くことができるのだが――、

 とそこまで考えて、シャーリーアの脳内に名案が閃いた。

 これならば、統括者を納得させた上で望みを叶えてもらうことが可能ではないだろうか。


「ウラヌス様。私からも意見を述べさせていただいても宜しいでしょうか」


 意を決して言葉をかけたシャーリーアを、ウラヌスの光を呑み込む瞳がとらえた。


『いいだろう。貴様の考えを述べてみるがいい』




 ***




 ライヴァン帝国では、今より十年前にクーデターがあった。当時の将軍職にあった者が騎士団長と結託し、国王に退位を迫ったのだ。

 結論として王統交代は無血の内に行われ、将軍は王となり、後に炎帝と恐れられるようになる。その息子がフェトゥースであり、三年ほど前に王位を継いだばかりだった。


「だから僕は実の所、狂王に関する真相をほとんど知らないんだ。ロッシェが文献や記録を調べてくれて何とか知ることのできた事実を、僕はどう説明したらいいのか解らなくて」


 ひと息を飲み込み、記述そのままを話すよ、と前置きして国王は続ける。


「当時のライヴァン国王エイゼルは、幾人かの仲間と共に狂王と対峙した。激しい戦いの後、彼らは狂王を追い詰め確かに止めを刺した。しかし――命を失ったのは彼の仲間であり、狂王は死ななかった」


 震える声で言い切った台詞のあとは、しんとした沈黙が続く。

 ラディンの隣で、ギアが言葉を失っている。ラディン自身も何も言えず、理解もできないままフェトゥースを見つめるしかなかった。


「……呪いみたいだろう? 実際に、呪いなのかもしれないね。だとしても、それを解明するような記録は見当たらなかったし、当時の王たちだって手段がないから、彼を塔に閉じ込めるしかなかったんだろうよ」


 ロッシェが引き取り、フェトゥースが頷く。ギアが身じろぎすると、重く息を吐いて国王を見返し口を開いた。


「それで、陛下は俺たちに何を依頼したいんだ?」

「フェトゥースはね、くだんの狂王を捕まえて欲しいんだよね」


 すかさずロッシェが答え、ギアは眉間にしわを寄せて視線を落とす。


「それはさすがに、俺たちの手には余るな」

「どうして」

「そりゃ、海賊や魔獣ならともかく、当時の英雄が総出でどうこうした奴に俺たちが敵うわけないだろう」


 どれだけこちらを過大評価していたのか。フェトゥースの表情に目に見えてわかる落胆を読み取り、ラディンは胸中でため息をつく。

 改めて現状を聞いて、。しかしそれを今ここで言うわけにはいかない。

 

 重くなった空気をどうしようかと考えていると、ちょうどその時、入り口のドアがノックされた。



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