[1-3]白く冷然とした別離


「あの夜は、良く晴れて月が綺麗な夜でした。海賊の一件のあと、改めて家に戻って知ったのですが、ニーサスの屋敷は郊外……というより森のきわに建っていて、人工的な明かりが少なく夜になると人気ひとけがないんです。そんな場所にあの夜、ニーサスの古い知り合いが訪ねてきたんです」


 淡々と語られるリーバの話を、ラディンはメモに取りながら聞いている。大人組はもちろんのこと、子供たちも今は静かに彼の話に耳を傾けていた。


「古い知り合い……ってことは、おまえさんの知らない人物ってことか?」

「はい。長い銀の髪と白っぽい服装の女性です。種族は魔族ジェマで、ニーサスと似た雰囲気を持っていました」


 言外にあるのは海歌鳥セイレーンの部族かもしれない、という含みだろうか。ギアはうなずき、リーバは続ける。


「彼女を見たとき、私はなぜかひどく胸騒ぎがしました。でも、ニーサスに、奥へ行っているように言われ、従いました。今ではそれを悔やんでいます」


 重く息を吐き視線を落とすリーバは、言葉通りの悔しそうな表情だ。それで何となく結末を察してしまい、ラディンの胸にも苦い感情が広がる。

 彼の抱えている悔しさは、自分のうちにある過去への想いと似ているかもしれない。


「彼女とニーサスは、何かを言い争っているようでした。内容までは聞こえませんでしたが、それから何か大きな音がして――私は思わず、言いつけを破って行ってしまったんです。不安で、悪い予感が止まらなくて」


 彼らが住んでいる屋敷は大きく、リビングや応接室は一階に、それぞれの私室は二階にあるらしい。リーバの部屋とニーサスの部屋は少し離れており、幼少時ならともかく今は別々に過ごすことも多かったのだとか。

 だから二人の間に何があったかまでは知らないのだと、リーバは言い加える。


「部屋に鍵は掛かっていませんでした。ノックもせず飛び込んだ私が見たのは、倒れ伏すニーサスと、その上に屈むようにして微笑んでいたその女性です。何が起きているのかもわからないまま、それでも頭に血が上って、私は彼女に殴りかかろうとしました。彼女の視線が私を挑発しているように見えたからかもしれません」


 白銀の印象を与える女性は、その印象のままに冷然と微笑んで言い放ったという。


 すべておまえのせいなのよ、と。

 このひとは邪魔になるから殺すしかなかったの、と。


 その残酷な言葉はリーバの思考を麻痺させ、抑えきれないほど強い憤りを胸の中に上らせたのだろう。

 それが彼女の狙いだったのかどうか、ここにいる誰も答えを持ってはいない。


「私を止めたのは、氷狼のリューンです。大きく開いた窓から飛び込んできて、私と女性の間に割って入り彼女を牽制してくれたんです。女性が私に何をしようとしていたのかはわかりませんが、リューンを見て撤退することにしたようでした」


 彼女はテレポートの魔法を使ってその場を後にしたという。つまり、職業クラスは不明だがある程度の技量レベルにある相手ということだ。

 狙いはわからないが、敵であることは間違いないだろう。


「精霊の妨害で撤退したのなら、そのひと魔法職かな……。聞いた感じ水属性っぽいし、精霊に危害加えると魔法が使えなくなるから自重したのかも?」

「私も、そう思った。それも、わりと高位の魔法使いかなって。リューンにちゃんと聞いておけば良かったんだけど」


 ルインの意見にリーバは同意し、思いにふけるように少し沈黙してから、続ける。


「ニーサスには意識がなく、身体はひどく冷えていました。診ようとして、またもリューンに止められました。狼の姿ではなく人型……獣人族ナーウェアみたいな姿になったリューンは、私を抱きあげて、あの場所へと私を飛ばしたんです」


 おまえの友人に危険が迫っていると、ニーサスの占いに出た。手遅れにならないうちに、彼らに警告してやりなさい。

 そして、おまえは彼らに保護してもらいなさい。


 壮年の男性の姿をした氷狼は、静かな、沈んだような声音で、リーバにそう言ったらしい。その意味も意図も、聞き返している時間はなかった。

 それからあとは、ラディンたちも知っている通りだ。


「あのひとが言ったように、こんなことになったのはきっと私のせいなんです。リューンはああ言いましたが、自分が何を背負っているかもわからないのに、あなた方を巻き込むことはできません」

「……ですが、リーバ。行く当てはあるのですか?」


 硬い表情で打ち明け話を終えたリーバに、シャーリーアが静かな問いを向ける。彼はゆっくりとかぶりを振り、口元だけで笑った。


「もとより、旅をしたくて家出をしたくらいだし。すぐには戻れないとしても、いつかは、事の真相を究明したい気持ちがあるから。大丈夫」

「リーバさん、無属性って言ってたよね? 無属なら国家に保護してもらうことができるはずだし、ここはちょうどお城だから、頼ってもいいんじゃないかな……」

「いや、その件について城側にはまだ伏せておいた方がいい。ライヴァン帝国が信用に足る国家かどうか、現時点では不確定要素が多すぎる」


 ルインが、ギアが、口添える。

 ラディンとしてもギアの意見に同意だった。ライヴァン王宮に関して、自分が知っていることや予測できることを考え合わせても、この城には疑惑の種が多すぎる。


「……とにかく、みな色んなことがあり過ぎて精神的に疲れているし、今後のことについては急いで結論出さなくてもいいと思う。お城の方たちにシャーリィの回復について報告して、その反応とか対応を見てから、改めて考えてみたら?」

「そうだな。最悪、そいつがリーバを狙ってたんだとしても、さすがに王城へ押し入る無謀はしないだろ。ひとまず、休息と腹ごしらえだな」


 ラディンの提案をギアが引き取り、場の雰囲気を和めるようにニカリと笑う。

 みなそれぞれ思うところがあるだろうけど、気分が落ち込んで腹も減っている状態ではネガティブな考えしか浮かばない。

 リーバもその結論に素直にうなずいたのだった。



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