[1-2]急がば回る状況整理


 一度は起こしたはずなのに、フォクナーが起きてこない。昨日は魔法力MPが尽きて倒れるまで治癒魔法を使い続けていたから、起きられなかったのかもしれない。


 寝かせておいても良かったが、そうすると朝食も食べ損なうことになるので、ラディンはもう一度起こしに向かうことにした。

 シャーリーアの無事を確認して安堵した途端、いろいろな疑問が湧きあがってきたけれど、情報の共有は全員揃ってからの方がいいだろうし。


「フォクナー! 起きなよっ!!」


 とんでもない姿勢で寝ているフォクナーから毛布を引き剥がして声をかければ、彼はぴょこんと飛び起きてキョロキョロと辺りを見回した。


「あれ? ラディン。さっきも会ったよね」

「なに寝惚けてんのさ。シャーリィが元気になったんだってば」


 一応、聞こえてはいたようだ。ということは二度寝したのかな。

 苦笑しつつ答えれば、フォクナーは目を丸くする。


「ホントーに!? スゴイや、ボクの魔法がバッチリきいたんだなっ!」

「…………そうかもね」


 ややこしい説明を、人目があるかもしれないここで話すわけにはいかない。適当に応じれば、フォクナーはパジャマ姿のままポンと床に飛び降りた。


「行ってくるゼっ!」

「あ」


 止める隙もなかった。勢いよく駆けてゆく小柄な後ろ姿を見送ったあとで、ラディンは心配になる。

 フォクナー、余計なことを言ってシャーリィを怒らせないといいけど。





 暴走少年は予感を裏切らず、シャーリーアにケンカを吹っかけたようだ。

 部屋に勢い良く飛び込んできたフォクナーは、目を丸くしているリーバやパティロたちを完全無視でビシッとシャーリーアを指さし、


「やいっ、ハリガネヤロウ! ボクの魔法で助かったんだから感謝しろよッ!」


 と言ったらしい。


 無論シャーリーアが素直に「はいそうですね、ありがとう」なんて言うはずがない。よりによって「何言ってるんですか、君は何もせず今まで熟睡してたじゃないですか」と言わなくていいことを言ったため、フォクナーがキレた。


「なんだよ! それが命のオンジンに対するセリフかよッ!」

「誰が命の恩人ですって?」


 そんなやりとりをしばし続けたあと、どうしたって口ゲンカでは敵うはずがないフォクナーは、実力行使に出た。つまりシャーリーアに掴みかかった。

 すんでの所でリーバが押さえたものの、フォクナーが小柄で非力な妖精族セイエスの子供だったから止められたようなものだ。冷や汗モノのリーバはぽつりと、「シャーリィも素直にありがとうって言えばいいのに」と言ったとか何とか。





 やがてルイン、エリオーネ、ギアの順で外に出ていた全員が帰ってきた。言うまでもなく人によって反応はさまざまだ。


 まずルインは、ラディンが王宮の郵便屋メーラーから送った連絡を受けてすぐに戻ってきた。テレポートが使える強みである。

 彼は部屋に駆け込んでくると、シャーリーアに抱きついてわっと泣きだした。

 シャーリーアはそういう相手に慣れていないらしく、挙動不審に固まってしまい、結局ルインが落ち着くまでそのままの状態だった。





 次に戻ってきたのはエリオーネだ。朝だというのにコウモリに変身して、何とか飛んできたらしい。

 彼女は部屋に入るなり、「あんたみたいなひ弱いのが前線にいるんじゃないわよバカ!」とシャーリーアを指さして叫んだ。

 売り言葉には買い言葉である。シャーリーアもつい、「好きでいたわけじゃないです、そもそもあなたたちが早くあいつを追っ払ってくれないから全く関係ないはずの僕が殺されかけたんじゃないですか、奴が誰を狙ってたか早く調べてくださいよ」と余計なことをまくし立ててしまい、エリオーネをすっかり怒らせてしまった。

 つくづく、どちらも素直じゃない。





 最後にギアが戻ってきた。

 城から借りていた馬を駆けさせてきたらしく、息を切らしながら部屋に駆け込んできて、開口一番に「地獄の番犬ヘルハウンドは見たか」と聞いてきた。

 シャーリーアがむっとした表情で、「地獄なんて行ってないのにヘルハウンドに遭うわけないでしょう」と答えれば、「じゃあ闇の王セルシフォードを説得してきたんだな」と勝手に納得してしまった。

 本人ギアは冗談なのだろうが、シャーリーアの引きつった笑みが意味深だった。





 そうして全員が揃えば、当然のようにシャーリーアとリーバの口から生還に至るまでの事情を聞きだす流れのはずだったのだが。

 なんとパティロが、とても簡単な一言で説明を済ませてしまった。


「クロちゃんってね、『三度のお願い事』叶えられるんだって! それでね、シャーリイを治してくれたんだって。すごいよねぇ!」


 帰還組がその意味を聞き返すより先にフォクナーが割り込んで、「違うだろボクのマホウがきいたんだッ」と主張を始め、さすがにうんざりしたシャーリーアやラディンが適当に話を合わせて、話が流れてしまった。

 ルインが困惑した顔で、ギアとエリオーネを交互に見る。


「ねぇ、二人は、何が起きたかわかった?」

「さあねえ」


 お手上げポーズのギアと呆れ果てて半眼のエリオーネ、苦笑しかできないルインは、子供たちが騒ぎ疲れて静かになるまでしばらく待つ羽目になったのだった。





 そうしてようやくまともに事情を聞ける態勢になった頃には、もう既に朝食の時間が差し迫ってた。

 訊きたいこと、言いたいことはそれぞれにあったが、一度に話し出したら収集のつけようがない。場を仕切るのはギアに任せ、皆でシャーリーアとリーバに注目している。


「……さて」


 腕組みしたままリーバをじっと見て、ギアが話を切りだす。

 ジェスレイ卿へのコネがあったとは言え、ライヴァン王城の人々はみな協力的で、複数の部屋と医師と魔法使いを快く貸してくれた。常識的に考えれば、シャーリーアの回復についてすぐ報告するべきところを、ここまで無駄に時間を過ごしてしまったのだ。


 これでは、無礼者と即、城を叩き出されたって文句は言えない。

 ギアの焦りは、そんな状況によるものだろう。


「改めて、答えてくれ、リーバ。どうしておまえがここにいるんだ? ニーサスに何かあったのか?」

「はい」


 リーバが頷く。その遣り取りに、シャーリーアがハッとしたようにリーバを見た。冷静に考えれば不自然すぎる状況に、今ようやく気づいた、というところだろうか。


「なにが、あったんですか? 僕たちで良ければ助けに――、」

「うん、ありがと……シャーリィ」


 リーバが泣きそうな声で応じ、ぎゅうとシャーリーアに抱きついた。

 ルインの時もそうだったが、彼はそういう反応に慣れていないらしく、焦った表情で不自然な挙動をしている。おそらく手のやり場に困っているのだろう。

 普段のツンツンした彼らしからぬ動揺ぶりに、エリオーネがびっくりした表情でシャーリーアを見ている。


「おまえらなあっ。一回ごとに話の腰を折るんじゃねぇッ!」

「はうっ、ごめんなさい」


 こめかみに青筋を浮かせたギアに叱られ、リーバは慌てた様子で彼から離れた。ホッとしたような、それでいて寂しそうな表情で上掛けを引き寄せるシャーリーアを見て、ラディンはほんのり温かな気分になる。


 意外と、可愛いところあるんじゃん。

 絶対に本人には言えないことを思いながら、ラディンはくすくすと忍び笑いを漏らしたのだった。



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