+ Scenario2 王宮陰謀編 +

1.一夜明けて

[1-1]彼の正体


 朝、だった。

 窓から差し込む明るい光で、そうだと思った。


 ギアたちはまだ帰ってきていない。

 そろそろ眠っている人たちを起こさなくては。



 夢を見たような気がする。

 ……ということは、この緊急事態に自分は寝てたんだろか。


 父の夢だった。


 いつもこの、首都ライジスの王城を見ていた父。

 強くて優しくて大好きだった。なのに理不尽な仕方で奪い去られてしまった。

 生きてるのか、死んでしまったのかすらわからない。


 真実を知りたい。

 その一心で家を出たのに、自分はいまだ父の影すら追うことができずにいる。

 でも、この城のどこかには間違いなく、父へとつながる手がかりがあるはずなのだ。


 今どこにいるんだろう。

 父さん。




 ***



 

「なっ……なんで――っ!? なんでシャーリィ、生きてんだよぉッ!」


 王宮の静かな朝は、唐突なラディンの絶叫によって破られた。

 これが叫ばずにいられようか。


「なぁに、ラディン……どうしたのぉ?」


 耳の良いパティロが悲鳴を聞いてか駆けつけてきたので、ラディンは開け放した扉の前に立ち、震える指で室内を指差しながら、白毛の少年を振り返る。


「大変だよパティ! シャーリィが生き返っちゃった!」

「……んぅ?」


 室内、ベッドの上で本を広げている妖精族セイエスの青年と、目を見開き立ち尽くしているラディン、双方を見比べながらパティロは首を傾げた。


「シャーリイは死んじゃってないよ? きっと魔法がきいたんだねー」

「そんな簡単な話じゃないし!?」


 不思議そうに目を瞬かせているパティロに言い聞かせたいことはいろいろあったが、それよりまず皆にこの事態を知らせなくてはいけない。

 そう思ったラディンは、パティロをそのままに、各自の部屋を回るため駆けだしたのだった。





 ひと通り城中に知らせて回ったあと、ラディンがシャーリーアの部屋に戻ってくれば、パティロがシャーリーアに抱きついていた。


「シャーリイシャーリイ良かったあーっ」

「ちょっ……パティ君っ、やめてください……っ」


 尻尾をぱたぱた振りながら頰をスリスリして、とどめに顔をぺろぺろなめ回す、まるで小犬のようなパティロに、さしものシャーリーアも閉口している。

 過剰なスキンシップとはいえ、無邪気な彼を突き放すのは鬼の所業だろう。シャーリーアは毒舌のわりに気をつかうタイプらしく、困惑した表情でなすがままになっていた。


「あー――っ!」


 そこへモニカも駆け込んでくる。


「シャーリー! 元気になったのねぇ! 良かったぁ!」

「うわっ」


 嬉しそうに叫びながら、彼女も勢いよくシャーリーアに抱きついた。少年少女に押し倒されて悲鳴をあげる友人を見かねたのか、リーバが止めに入る。


「君たち、そんな勢いで抱きついてたらシャーリィが潰れちゃうよ」

「あ、ごめーん」


 モニカがぱっと離れた。

 パティロは顔をなめるのはやめたものの、ベッドの上に乗っかったまま、首を傾げてシャーリーアを覗き込む。


「シャーリイはもう、ケガ痛くないのぉ? すっかり元気なのー?」

「ええ、大丈夫ですよ」

「良かったぁ」


 パティロの大きな瞳に見つめられ、シャーリーアは声こそ冷静を装っているが、視線の動きに動揺が現れている。

 照れてるんだな、とラディンは思うことにした。

 安心したようにほわほわと笑っているパティロはとても可愛い。隣でモニカも晴れやかな笑顔を満面にたたえている。

 自分では見えないが、たぶんラディン自身も同じような表情だろう。


「良かったね、帰ってこれて。ギアとエリオーネとルインにも連絡送ったから、じき戻ってくるよ」


 ラディンが言うと、シャーリーアの頬がひく、と引きつった。


「戻ってくるって……どこへ行ってるんです? 三人は」

「あ、シャーリィは知るわけないよね」


 幽体化して見ていた、ということはないようだ。さっきまで瀕死だった彼には衝撃的な状況だと思うけど、当事者に伝えないわけにもいかない。

 どう見ても超常の作用が働いての蘇生回復でもあるし、王宮関係者にも事情の説明が必要になる。その前に本人には現状を把握してもらわねばならないのだ。


「シャーリィさ、もう少しで死ぬところだったんだよ。それで、ここ……首都のお城なんだけど、ここにリーバさんとルインのテレポートで運んできて、とりあえず氷柱に封じて、治せるような高位の魔法使いを手分けして捜しに行ったんだ。でも、もう必要なさそうだから、帰ってきてって伝えたよ」

「そんな重体だったんですか……」


 シャーリーアが呟いた。思案にふけっているのか、焦点の合わない瞳が遠くを見ている。その彼の顔を覗き込むほどに距離を縮め、ラディンは小声で尋ねた。


「ところで、さ。シャーリィ、あんなにひどいケガだったのに、なんで突然こんな元気になっちゃったわけ?」

「これは、リーバさんが、」


 即答しかけて、そのまま言い澱む。言い逃れるにしてもキレの悪い彼らしからぬ様子から、本人にとっても理解を超えた事象が起きたのだと推測できた。

 ラディンはすうっと目を細める。


「嘘だろ」

「嘘じゃないよ」


 慌てたように答えたのはリーバだが、動揺が声に表れている。シャーリーアの方は何を話そうか思案しているふうで、口裏合わせもできていないのだろう。

 そうでなくても自分には、が判ってしまうのだし。


「嘘だよ。おれにだって判るよ。……別に、話せないならいいけど、心配してるんだよおれたち。シャーリィを助けてあげたから代わりに何かを寄越せって……来たりしない?」


 治癒を超えた、蘇生の魔法。これは使える者が非常に限られる最高位魔法だ。魔術式を組んで代用する方法もあるとはいえ、それには高価な媒体や代償となる物が必要となる。

 それを誰が、何の目的でシャーリーアに施したのか。

 聞くまでもなくリーバに使えるわけがない。できるのなら、わざわざ城を頼らずとも、あの時あの場でシャーリーアを治癒すればすむ話だからだ。


「シャーリィだって逆の立場なら心配するだろ」


 気まずそうに目をそらす様子から、誰かに口止めされているのは明らかだった。こうなれば比較的懐柔しやすそうなリーバを問い詰めて、吐かせるしかない。

 と、ラディンが少々乱暴な決意を固めた、そのとき。モニカの肩の上から話を聞いていたクロが、ふわりと飛びあがって、シャーリーアとラディンの間に入った。

 そしてぺこりと頭を下げた。


『ごめんなさい、びっくり心配させちゃって。シャーリィを治してもらうようにある人に頼んだの、ボクなんです』

「君が……?」


 当事者が、目を丸くして羽根トカゲを見つめる。その側で同じく瞠目し、リーバが細い指をクロに突きつけて、声を上げた。


「貴方は、〝時〟の精霊王――!?」


 まさかの事実発覚に、ラディンの思考がフリーズする。あまり知られていない無属性の中位精霊という可能性は一応考えていたが、それにしたって精霊王は想定外だ。

 大陸中央の聖地に引きこもっているはずの『時の精霊王クロノス』がなぜ、ここに。というか、モニカの鏡に、何のために……?


「せいれいおう?」


 モニカがきょとんと聞き返す。同じくフリーズしていたシャーリーアが、その一言で金縛りが解けたのか、ハッとしたように口を開いた。


「もしかして『クロちゃん』って……クロノスのクロ?」

『はい、そうなんです』


 神妙な顔で正体を明かした彼は、空中でくるりと一回転して姿を変える。

 床に引きずるほど長い銀青色の髪、パティロ並みに大きなブルーグレイの目が印象的な、十代半ばほどの少年がそこに立っていた。


「ボクは時の精霊王、クロノスです。鏡の精霊なんて言って、だましててごめんなさい」


 ぺこりと頭を下げたクロノスに、初めっから誰も信じちゃいなかったけどね、とラディンはこっそり突っ込んだ。

 あんなに挙動不審では、自分でなくとも嘘だと判るに決まっている。

 だからといって正体を見極められるわけでもないが。


「でも、ボクがここに来ていること、秘密にしててください。ボク、聖地うちに帰りたくないんです。モニカのカガミは不思議な魔力で守られてるらしくて、ほかからの魔力を遮断するんです。だから、ボクがここにいること、みんなの秘密にしてください」

「僕は構いませんよ。リーバさんもいいでしょう?」


 動揺を隠しきれないシャーリーアと、言葉を失ったままのリーバが、それでも同意を示して返答する。

 クロノスは嬉しそうに破顔一笑し、その笑顔のままラディンを見た。

 真摯に見つめる大きな瞳を無下にすることなど、自分にできるはずもない。まして彼は、シャーリーアの恩人なのだ。つまり、選択権などなかった?


「うん……いいけど、なんか嫌だなぁ。みんなに嘘ついてるみたいでさ」


 渋々頷けば、クロノスはわぁいと飛びあがって喜んでいる。そのはしゃぎようを見れば悪い気はしないのだが。


「シャーリイがよくなったの、クロちゃんのおかげなの?」


 パティロは首を傾げている。精霊王の存在は彼にとって縁遠いことらしい。

 それはモニカも同じのようで、そうかもと彼女も首を傾げる。


「うん。ボク、『三度のお願いゴト』使えるんだよ」


 クロノスは楽しそうに言うと、馴染みのトカゲ――いや、これはきっとミニドラゴンなのだろう――の姿に戻った。

 モニカとパティロが目を輝かせる。


「ホント? じゃ、あたしのお願い、聞いてくれる?」

「ねぇねぇそれ、どういうのー?」


 クロノスを囲んで盛りあがる二人を横目で見ながら、ラディンは何となく思い浮かんだことを口にした。


「一度目のお願いが、シャーリィを助けることだった……?」


 が、同意を求めるつもりで見たシャーリーアは、別なことで動揺している。


「精霊王が家出……!?」


 時の精霊王といえば、あまり知られていない神秘的な存在だ。その未知なる相手に今まで抱いていたイメージが崩れ落ちたのだろう。

 不安を端的に表した呟きを聞いて、ラディンは何か、ものすごく嫌な予感を背中に覚えたのだった。


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