[9-4]瓦礫の葬送


 ギアの燃える長柄剣バスタードソードが二体の亡者をまとめてぎ払った。その傍らでカミィが、灰のかたまりみたいな亡霊を死神の大鎌デスサイズで斬り払う。


「大丈夫なのか、カミィ!」

「こんな亡霊にやられはしないが、子供らを守ってやれる余裕がない。すまないな」


 リーバの魔法で傷をふさいだとはいえ、狂王に深傷ふかでを負わされたのは事実なのだ。なのに、いつの間にか武器を回収し戦列に加わっているのだから、敬服を通り越して心配になってくる。

 彼は魔術師ウィザードだと言っていたが、剣技も身につけているのだろう。

 一体一体確実に亡者を葬る動きに無駄はなく、相手はかつての同胞の成れの果てだというのに、手つきに迷いもない。


「おい、無理はするな! 俺が前に出るからさ!」

「……大丈夫だ」


 声に心配をにじませるギアに、カミィは小さく笑って瞳を向けた。


「絶望にまみれて死ぬのだとしても、苦しめられ殺されるのだとしても、命が終わった者は……いずれ生の始まりへと導かれる。それが世界のことわりだ」


 ザン、と打ち振るわれた大鎌サイズが、腐りかけの亡者の胴を斬り裂いた。


「だが、この亡者たちは、永劫えいごうの恨みと憎しみに今も囚われている。それは、死ぬより不幸なことだ」


 ギアは無言で長柄剣バスタードソードを振り払い、よろめきつつ迫る枯れ木みたいな亡者を打ち砕く。カミィがこの場に立つことを選ぶのなら、自分はその支援をするまでだ。

 彼は自分やアルティメットの恩人であり、ここまで事を運ぶことができたのは彼のお陰に他ならない。

 その恩義を、幾らかでも返せるのなら。


 背後に近づいてきた動く骨を叩き砕き、その勢いのままに幽体の亡霊を縦割りに。傭兵という職業柄、アンデッド退治は慣れた仕事なので、数が多いとはいえこの程度の亡者なら敵にもならない。

 カミィの動きを確かめつつも、彼が気にかけている子供たちの様子を確認する。インディアの周りにパティロ、フォクナー、モニカ。それを守るように、国王とドレーヌが燃える剣で迫る亡者たちに応戦していた。


「さすが国王軍、なかなかバランス良さそうじゃねぇか」

「そういう意味では、魔法組のほうが危なっかしいかもしれないな」


 つい口に出した独り言に、カミィが応じる。瞳を巡らせシャーリーアたちの様子を確かめようとしたギアが、狂王のほうを見、そして視線が釘づけになる。

 ギアの様子に何かを察したカミィは、大鎌サイズで近づいてきた亡者を斬り払い、顔を上げてふっと息を抜いた。


「ギリギリ……だったか。だが、よくやってくれた。感謝するよ、ギア。……ルウィーニ」




 ***




魂の歪んだ亡者アンデッドモンスターの主動力は闇の精霊力なの。闇の弱点は炎、つまりアンデッドは火に弱いのよ! それでもこの炎の壁を抜けてくるような奴がいたら、キミたちが叩き出してね!」

「うん、わかった」


 インディアの指示にパティロが返答し、モニカは無言で頷く。

 弓を扱うパティロは亡者が壁を越えるのを待つより、矢をつがえて遠方の亡者を狙い射っている。

 モニカは普段身につけているナイフではなく、城から借りてきた魔法製の長杖を握りしめていた。扱い方なんて知らないが、とにかく振り回して殴ればいいらしい。


「インディアねーちゃん、モノシリだなッ! よし、それならボクのキューキョクマホウの出番だゼ!」

「こらぁ待ちなさい! 一発撃って気絶とかされても困るから、普通に【炎の矢ファイア・アロー】にしなさいよ!」


 張り切って魔法語ルーンを唱えだすフォクナーを一喝し、インディアは杖を掲げ叫んだ。


「ドレーヌ、フェト! 行くわよ!」


 彼女の唱える魔法語ルーンに呼応し、二人の剣が炎をまとって燃えあがる。


「感謝!」

「ありがとうイディ!」


 ドレーヌの広刃剣ブロードソードが腐りかけのアンデッドを斬り伏せる。フェトゥースはインディアの後方を守るように数歩下がった。刺突に特化した刺突剣エストックは急所のない亡者との戦いに不向きだが、炎魔力の付与によりその弱点は補われている。

 瓦礫の下から湧きだすアンデッドを上から突き刺し、動きを止める。細い切先から炎が散って、腐臭のような闇の魔力を煙に変えた。その真横すれすれを炎の矢が飛んで、遠方の動く灰の亡者をとらえ、爆発する。フォクナーだ。


 補助魔法を一通りかけ終えたインディアは、杖の先を前方に向け真剣な表情で複雑な魔法語ルーンを唱えだした。杖の先に熱気が集まり火球を成してゆく。

 十分に魔力を注ぎ込んだところで杖を振りあげ、投げつければ、火球はずっと遠方に着弾して爆発した。


「【爆炎火球ファイア・ボール】だ、すげーッ!」


 はじめて見る中位魔法に興奮したのか、フォクナーが歓声のような声を上げた。負けじと自分も杖を振りあげ、次々と炎の矢を撃ち出している。

 そうやって皆の注意が遠方に向いた隙をついたのだろう、ふいに炎の壁を通り抜けて骨みたいな亡者が現れ、モニカがびくりとそちらを見た。眼窩がんかしかないそれと目が合ったような錯覚を覚え、少女の背筋を悪寒が一気にい上る。


「きゃぁぁ! てぃやぁっ!」

「大丈夫かッ!?」


 骸骨がいこつを杖で叩きのめすモニカにドレーヌが加勢し、燃える剣でカクカク暴れる亡者を叩き割った。


「こ、怖いよぉぉ、でも頑張るっ」

「ああ、よく頑張ったな、偉いぞ」


 震えながらも長杖を握りしめ炎の壁を睨むモニカにドレーヌは笑みを向け、そばに立って、迫ってきた亡霊たちを仕留めていく。


「無理はするなよ! 怪我をしたら言ってくれ」


 フェトゥースが背後を振り返るようにして言うのと同じくして、矢を手に遠方を見ていたパティロがピンと耳を立て、呟く。


「狂王さんが……」


 小声だったが耳聡くフェトゥースは気づき、インディアも一緒につられるように視線を向け、――その光景を見た。


「彼の能力は、……公は大丈夫なのかっ」

「陛下! こっちはまだ終わっておりませんよ!」


 駆け出そうとした国王をドレーヌが叱咤しったし、彼もそれで我に返って踏みとどまる。とはいうものの、見渡す視界に動く影はだいぶ少なくなっていた。




 ***



 

 燃える炎を盾がわりに、シャーリーアとリーバは背中を合わせて立ち、亡者たちを迎え討つ。元より前衛が少ないのはわかっていたことだ。

 俊敏な獣相手や対人戦なら分は悪いが、相手は動きの鈍い亡者たち。いくらでもやりようはある、と考え、取るべき手段を思い巡らす。


「あれは、亡霊ですよね」

「うん、そうだね」


 そうであれば、闇魔法によって使役を移すことは不可能だ。闇の弱点である炎魔法か、反属性である光魔法で応戦するのが最善手だろうか。

 シャーリーアがぐるぐる考えているうちに、リーバが杖を掲げて魔法語ルーンを唱えた。近くにあった大きめの石が三つほど、小型の石人形ゴーレムに姿を変える。


「『炎の壁を抜けてくる者は叩きのめせ!』」


 何とも雑な命令を与えると、彼は視線だけ動かしてシャーリーアを見た。


「応じきれなくなったら転移テレポートで離脱するから、早目に言いなよ。夢中になり過ぎて魔法力MPが尽きないよう気をつけて!」

「了解ですよ、リーバこそ」


 確認し合うように頷き、同時に魔法語ルーンを唱えて放つ。リーバは炎の、シャーリーアは電撃の矢を。

 あまり遠方ではなく、こちらに向かいそうな亡者を狙う。近くにこられて接近戦に雪崩れ込んでしまったら、こちらが圧倒的に不利だからだ。

 互いに魔法を唱えるため会話はない。時々、視線で互いを確認し、隙を作らないように注意する。油断なく周りの状況をも警戒しつつ、どちらかが怪我をすれば治癒魔法を唱える心積もりだ。


 いつまで続くだろう。

 互いに魔法力MPは持つのか。

 不安はあったが、最悪の場合はリーバの転移魔法で離脱できる。それは大きな安心要素だった。

 それより、気になるのは重大任務を与えられた幼馴染みの動向だ。


 ――ステイ。

 ガサツで破茶滅茶なあの幼馴染みは、上手くやれているのか。自分だって余所見してる余裕などないというのに、やはりそちらを見てしまう。……そして。


「リーバ」


 抑えたつもりでも声は震えた。シャーリーアの様子に気づいたリーバが視線を傾け、同じ方向を見て、うめくように息を吐きだす。


「決着――、ついたのかな」




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