[8-4]終われぬ悲劇に終止符を
一口に魔法と言っても、そこには幾つかの系統があり、扱い方にも個人差がある。
世界は精霊の営みによって成り立っており、その精霊たちから力を借り受け効果を発動するのが、人族の使う精霊魔法だ。
属性の違う七系統があり、個人が生まれ持つ属性によって扱える系統が決まってくる。
魔法使いが
「シャーリィ君なら知っているかもしれないけど、魔法使いには
理論型と天才型、というように言われる。
理論型の魔法使いは
気まぐれなところのある精霊たちを
多種多様な精霊たちには、それぞれに得意分野というものがある。
同じ炎精霊でも、下位精霊の
幅広く魔法を使うためには、多くの発動
どの分野でも言えることだが、魔法に関しても、効果が特殊だったり大きな影響を期待できるものは、魔術式がより複雑になり力を貸せる精霊も限られてしまう。
成功率を安定させるため、儀式や補助魔道具を使うのはそれが理由だ。
シャーリーアは理論型の魔法使いだ。おそらく、フェトゥース国王もそうだろう。
実を言うと、
シャーリーアも
性格的に、送り出した
もう一つのタイプ、天才型の魔法使いは、すべてにおいてその逆をいく。精霊と仲を深め、直接お願いあるいは命令をして、その精霊が得意な種別の魔法を発動させるのだ。
このタイプに、修練や勉強といったものは無縁だ。もちろん理論は学べば習得できるのだが、その必要性を感じない者が多い。というのも、精霊は思念を感じ取る能力があるので詠唱は必要ないし、自分が消費する魔法力も相手の精霊次第で増減してしまうからだ。
精霊からの愛され度合いによっては、能力以上の魔法を使ったり、違う属性系統の魔法を合成したり応用したりまであり得る。
逆に、相性の悪い精霊がいれば、その精霊が得意とする分野の魔法は使えない。何かの切っ掛けで精霊と交信することができなくなれば、突然に魔法そのものを使えなくなることすらあるという。
フォクナーは間違いなくこのタイプだし、
そんな説明を前提として、ルウィーニは話を続ける。
「精霊の基本的な性質として、彼らは人を害することができない。
今思えばかれも、人の対立に巻き込まれたことで苦悩していたのだろう。
「我々は、死したのちには精霊に導かれ、魂を浄化されて来世を生きる――これは世界の
段々と話のつながりが見えてきた。それは、意図や作為を超えた魂の本質に関わることだ。魔術式で懐柔できるような魔法とは、根本的なところで違いがある。
狂王に対抗するためには、それほどのものが求められる、ということだろうか。
「
尋ねたら、ルウィーニは「どうだろう」と応じて肩をすくめた。
「話を戻すとね。ゼオは、剣に姿を変えることができるんだ。聖獣……クレストルも、同じくね。かれら中位精霊や精霊獣はその身を武器に変えることができ、使用者がそれを振るうことで魔法力を消耗せず魔法による攻撃を行うことができるようになる。あと、人の意志が介在することで
ちらりとルウィーニの目がラディンを見た。ん、と首を傾げる息子に微笑みかけ、話を続ける。
「クレストルは、ラディン、おまえを気に入ったようだから、白い剣の持ち手はおまえで大丈夫だろう。問題はゼオかぁ」
「え? ちょっと待って、父さん、おれはあんまり剣得意じゃないよ!?」
いきなり任せられた重大任務。焦るラディンと、それを楽しげに見ている父親。
形は違えど、どこの家でも似たようなことはあるのだな、と思いつつ、シャーリーアはそれを眺める。
「大丈夫さ、精霊の剣は持ち手を導くことができるからね。下手に技量が高いとケンカになるから、苦手なくらいでちょうどいいよ」
「えぇー? だって、父さんだって剣が苦手だって……」
「俺は杖の扱い方で剣を振るってしまうから、良くないんだよ」
ケンカってなんだろう。と思ったが、突っ込んでいい場所かはわからなかった。というか、ルウィーニの得意武器は杖ということだろうか。
同じところが気になったらしく、フェトゥース国王が不安そうに尋ねる。
「公と
「うーん……。ラスのように剣士としての修練をしたわけではないからなぁ。狂王の技量がどの程度かわからない以上、慣れた武器でないと俺自身も不安かな」
「……なるほど」
言葉では納得しているふうだが、フェトゥース国王の表情は暗い。ルウィーニはそれを見てとったのだろう、表情を和めて言い加えた。
「幸い、剣を扱い慣れている者は多いようだし、大丈夫だよ。誰か一人くらい気に入ってくれるだろう」
呑気そうに聞こえるが、
やはり底知れない……と警戒を強めてしまうシャーリーアだ。
そんな視線に気づいたのか、ルウィーニの瞳がこちらを見て、すっと細められる。
「俺は、あまり几帳面なほうじゃなくってね。俺たちの父は英雄視されているけど、本当は狂王の件でずっと後悔を抱えたまま、五十代半ばで亡くなってしまった。俺は、それを継承するのが……どうしても嫌でね」
「父さんは、狂王について研究するために学者になったんだっけ?」
「表向きはね。ラスは勉強嫌いだったから、ラスが王位を継いでくれるなら俺が研究に携わるって理由づけをして、
父親の思わぬ告白に驚いたのだろう、ラディンが目を丸くして父を見つめている。
夜ふけの静けさと、明日に迫った決戦前の緊張が、各々をいつもより
「父の生前も、亡くなった後でさえ、俺は真面目に研究に取り組むつもりになれなかった。本から学ぶのは好きだったけど、魔法にはあまり興味を持てず、息子だからというだけで父のやり残しを始末させられるなんて嫌だ、と、本気で思っていたからさ」
「……父さんに、そんな時代があったなんて、信じられないや」
「ふふ、父は心を入れ替えたのさ」
冗談めかして答え、ルウィーニは頬杖をついてしみじみと呟く。
「ルイズは学院の同期でね。彼女は精霊と仲がいい、天才型の
ルウィーニの口から語られる、ルイズが宝剣を奪おうとした事件。これはカミィから聞いたその事件の、もう一方の当事者からの証言だ。
彼女の
「俺は、結局、自分の名誉が傷つくのが怖かったんだろうと思うよ。精霊たちを解放することで、狂王までも解放されたら――いや、その元凶として非難を浴びることになったら、とね。ルイズの真剣さに応えていれば彼女が凶行に走ることもなかったかもしれない、そう思ったらいても立ってもいられなくなった。ラスから剣を借り、塔の精霊たちを解放し……カミィとクレストルに会ったんだ」
「そうだったんだ。……なんか意外」
「ははは、そうだったんだよ。俺はカミィによって、狂王の不死性に理由があることを知ることができたし、それを相殺する力を持ったクレストルとも知り合うことができた。……だから、俺がやらなければ、そう覚悟が決まったのさ」
――ルードウェルの
それはルウィーニの予測を超えた出来事だったのだろうが、それでも彼の覚悟はもう、とっくの昔に決まっていたのだ。
精霊たち、王たちと。まるで引き寄せられるように、今ここに運命が終結しようとしている……のかもしれないと、シャーリーアは思う。
ラディンが、複雑そうな表情で小さくささやいた。
「父さんも、同じこと考えたんだ」
穏やかな瞳が息子を見、フェトゥース国王を見て、シャーリーアを見た。決然とした覚悟の中にわずかな悲しみを閉じ込めて、ルウィーニは静かに告げる。
「終わらなければ、始まることもできない。俺は、彼を裁きたいのではなく……彼自身が今でさえ抜けられずにいる悲劇と狂気、彼が他者にもたらす悲劇を、終わらせたいんだ」
ラディンが頷き、フェトゥース国王は黙ってそれを見つめている。ルウィーニは立ち上がり、棚の上から紙とペンを持ってきて、流麗な字でこんな一文を書きつけた。
『エイゼルの名において、終われぬ悲劇に終止符を。サイドゥラの地にて待つ。――ルウィーニ=レオン=ディニオード』
エイゼル王――ルウィーニの父で、狂王を塔へ幽閉した英雄王。その名において、ということはつまり、この手紙は果たし状のようなものだろうか。
ルウィーニはその紙をくしゃりと丸め、軽く放りあげる。途端、何もしていないのにそれが燃えて消えた。
「……今のは?」
思わずシャーリーアが尋ねれば、ルウィーニはにこりと笑ってとんでもないことを言ってのけた。
「実は、俺も、後者タイプでね。炎の精霊が風の精霊を介して、届けてくれるそうだよ」
「うわー……なんかよくわかんないけどすごいね」
本当に良くわかってないのだろうラディンが、素直に称賛の声をあげている。シャーリーアはなんだか複雑な気分に陥った。
確かにこれは、勉強や修練で身につくようなものではない。
「さて、そろそろ寝なさい。俺も明日に疲れが残ると困るから、寝るよ。おやすみ」
ラディンの頭をくしゃくしゃとなでて、ルウィーニが立ちあがる。
「おれも寝るー」
「はい、今日はありがとうございました」
ラディンも席を立ってルウィーニのあとについて出て行き、フェトゥースがその後ろ姿に向かって丁寧に頭を下げている。
解散となれば仕方なく、シャーリーアも部屋へ戻って寝直すことにした。
時刻はいつにまにか、日付の線を越えたようだ。
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