8.決戦前夜
[8-1]眠れぬ夜の昔語り
主従とはいえ、結婚前の男女が同じ部屋で寝泊まりはまずかろうと、ドレーヌには別の部屋が用意されたらしい。
同室のギアが護衛も兼ねているということなので、素直に了承する国王陛下だ。
大人組は作戦会議に入っているらしく、子供たちはそれぞれ、外に出たりおやつをもらったりと自由にしている。
新参者の気分を味わいつつ部屋で一人ぼんやりしていたら、ノックの音がしてドレーヌが入ってきた。
「失礼いたします」
場所が城外でも、彼女は変わらず折り目正しい。
城でならここは笑顔で
「食事は自由に、と言われましたので、お持ちしました。陛下もしっかり食べておかないと、緊張で体力がもたなくなりますよ?」
同い年のはずの彼女に
「ありがとうドレーヌ。こんな場所にまで同行させて、心配をかけてごめん」
「陛下、礼など不要です。まして謝罪の言葉など論外です。……そんなに、不安でなりませんか?」
言い方は相変わらず厳しいが、鎧を解いた彼女の表情はいつもより柔らかい。
国王は黙って視線を落とす。向き合うと決めたものの、自分の能力がそれで飛躍するわけではないとわかっている。
であれば、ここに来てもつきまとうのは罪悪感に似た不安だった。
ドレーヌがゆっくりと近づいてきて、床に片膝をつきフェトゥースを見あげた。
「たとえ思わぬ真実が明るみになったとしても、私が忠誠を誓ったのは血筋ではありません。フェトゥース陛下、貴方に対してなのですよ」
「わかってる、君たちの忠誠を疑ったことは、一度だってないよ。ただ……」
口に出すことを少しためらう。
忠誠を誓った臣下にかけるべき言葉ではない、と思いながらも、今だけは……許されるだろうか。
「僕が退けば、ルウィーニ公やラスリード先王はライヴァンの王宮へ戻るのかな」
ドレーヌは一瞬眉を跳ねあげ、それから無言で息をついた。
立ちあがり、もう一歩近づいて、彼女は笑顔に近く目元を
「私から何かを申しあげたとしても、ご自身で納得できないのでは意味がありませんので。陛下、せっかくの機会です。ルウィーニ公と話してみてはいかがでしょうか」
「……公と?」
「はい。私は彼のことを詳しくは存じませんが、恐らく、陛下のお立場を理解できる相手ではないかと」
彼とは、ここへ来る途中の道でもいろいろ話をしたけど。そう思いはしたが、フェトゥースは素直にうなずいた。
ドレーヌがいつもは違う、慈しむ姉のような表情だったからかもしれない。
***
大変申しわけなくありがたいことに、ルイズは宿屋風の夕飯を準備してくれていた。
パンや大皿料理をたくさん作って、各自気が向いたときに好きなものを好きな量だけ食べられるという、バイキング形式だ。
年少組は早い時間にたらふく食べて寝部屋に引っ込んでしまい、他の者たちも明日のため早目に夕食を済ませ、寝部屋に戻っていった。
ルウィーニはカミィと遅くまで打合わせをしていたが、ラディンは父と夕食を一緒にしたくて待ってたので、食事を終えたのはかなり遅い時刻になってしまった。
それでもラディンはまだ、なんとなく物足りない。
「父さん、すぐ寝ちゃう?」
泊まり部屋に戻ろうと廊下に出た父を呼びとめる。
ルウィーニは身支度を解いた姿だったが、それでも足を止めて、ラディンが早足で来るのを待ってくれた。
「明日は、生死を賭けた決戦だからね。早目に休むつもりだけど、どうした?」
「うん、じゃあおれ、父さんの寝顔見てる」
その答えに、ぐふっ、とルウィーニが変な声で吹きだす。
「こんな、父の背丈に追いつきそうなくらい大きくなって、子供みたいなことを言うなよ」
「だってー!」
抗議の声を上げながらラディンは、子供扱いされてもいいやと思っていた。
だって、十年ぶりなのだ。生死もわからず、もしかしてもう二度と会えないかも、とすら思っていた父が今、目の前にいるのだ。
その実感が、時間とともにじわじわと染みてくるようだった。
明日は生死を賭けた決戦――それならなおのこと、一緒に時間を過ごしたい。
そんな息子の心情を知ってか知らずか、父はまだくすくすと笑っている。
「それじゃ、日付が変わるまでの間だけ、一緒に起きててやるよ。部屋や廊下じゃ寝ている人に迷惑がかかるから、キッチンに行こうか」
「うん!」
頬がゆるむのを自覚しつつ、ラディンは大きく頷いた。
相変わらず父はどこまでも優しくて、この現実が嬉しくてたまらない。
二人で台所へ戻り、明かりを灯す。
寝静まった家は静かで、聞こえてくる音といえば、外で鳴く虫と時おり聞こえる鳥の羽ばたき、そして獣の遠吠え。
テーブルと椅子を
斜めに向かい合うように座って、なんとなくどちらも無言のまま、互いの顔をしみじみ眺めていた。
「――父さんは、ほんとにおれが捜すと思ってた?」
聞いてみたかった疑問を口にする。
帝都に一軒家を借りて、父はそこから仕事に通っていた。肩書きは学院教師であり、公爵位は宰相となるため得たにすぎない。
自分は王族として教育されたことはなかったし、今でもそういう自覚は持てない。
それで良かったのか、悪かったのかと聞かれれば――今はもうわからなくなってしまったけれど。
父は相変わらず穏やかに微笑んで、ラディンの髪をくしゃりと撫でる。
「本当に捜しに来ただろう?」
「うん、……来たけどさ」
ラディン自身がバイファルへ、ルウィーニを迎えに行くことは叶わなかった。
それでも、引き寄せられるようにこの森へ来て真相を知り、同じ目的を果たすために父を迎えられたのが、今のこの現実だ。
「偶然でも必然でも、どっちだっていいさ、ラディン。俺はおまえにとって、十年離れていてもちゃんと父親で、こんな大きくなったのに甘えてくれるんだからね。そのことを俺は誇りに思ってるよ」
「うん……」
なんとなくそこで会話が止まる。どちらとも、話すことを思いつかずに互いの顔を眺めていた。
十年という時間は長く、お互いに外見上の変化はあったが――……、不思議と違和感や緊張感はなかった。と、そこへ。
「失礼しても宜しいですか」
遠慮がちに声がかけられて、ラディンとルウィーニは同時に入り口を見る。閉じた扉の向こう、今の声はフェトゥースだ。
「どうぞ。眠れないのかい?」
ルウィーニが
普段のきっちりした格好を見慣れているだけに、少し違うだけでずいぶん幼く見えるんだな、とラディンは思う。
「すみません、邪魔をしてしまって」
「俺は構わないよ。ラディンは?」
そんなふうに思いもしなかったラディンは、へらりと笑って答える。
「おれは、父さんの顔見てられればいいー」
「はは、……だ、そうだよ。気にしないで隣にどうぞ」
何が可笑しかったのか、ルウィーニは声を上げて笑いながら、隣の椅子を引いて国王に座るようにとうながした。
フェトゥースはためらいがちに、でも素直に腰掛ける。
「お邪魔でなければ、少し公と話してみたくて。……何か聞きたいというわけではないんですが」
張りつめた声が彼の緊張を示していた。明日を控えての緊張なのか、それとも――父と自分への罪悪感、なのだろうか。
ルウィーニはテーブルに肘をつき、隣に座った国王のほうに身体全体をむけて、優しくうながす。
「眠れぬ夜に語れるような物語は持っていないなぁ。国王陛下。よかったら、きみの話を聞かせてくれないか?」
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