[6-3]情報屋『世界の眼』


 その場所は、どこでもなく、どこからでも行ける狭間。人族が扱う精霊魔法とは異質の力で造りだされた亜空間だ。

 アクセスするために必要なのは特別な魔石と、合言葉、クラウン金貨。その情報屋が求める対価は常にシンプルで、得られる情報は常にそれに見合ったものとなる。

 エリオーネがこの地で彼に情報を求めるのは、これで二度目だった。


「――よう来はったね、今日は、どんな用件や?」


 独特のなまりがある声が、暗い空間に反響する。ぞろりと闇がうごめいて、暗がりから大柄な人影が姿を現した。

 全身を覆う黒甲冑くろかっちゅうの上に、ボロボロの赤いマントをまとっている。右腕に黒いかぶとのような物を抱えたその人物には、首から上の部位が存在しなかった。


「……こんな場所にくる用事なんて、他にないでしょ」

「それもそうやねィ。ほな聞き方変えよか。今日は何の情報が欲しゥて、ここへ寄りはったんや?」


 抱えられた黒兜の中で、二つの赤黒い光が明滅した。かれの後ろに広がる暗闇の中から、ぶるりと獣の身震いが聞こえる。闇夜に強いエリオーネですら目を凝らしても良く見えないのは、それがこの世のものではないからだ。

 滅多に会うことがないと言われる貴種不死者ノーブルアンデッドの中でもさらに稀少な、死霊騎士デュラハン。かれが何を求めて宝石や金貨を集めているのかを、だれも知らない。

 確実に言えるのは、かれが腕利きの情報屋であり、望む者に対価に応じた正確な情報を与えてくれるということだ。


 死霊騎士デュラハンに生来の名があるかはわからない。裏稼業に属しかれの情報網を頼りにする者はみな、かれを『世界の眼エレナーゼズ・ヴィジョン』と呼んでいたし、当人もその呼び名に満足しているようだった。

 エリオーネは金貨の入った布袋を開き、中身を相手に見せてから袋ごと死霊騎士デュラハンの足元に投げた。弾みで散らばった金貨が、チリンと高い音を響かせて転がる。

 くっふっふ、と闇が忍び笑う。


「随分と奮発しはって……ええよ、ワイの取っとき教えたるよ」

「ありがとう。では、教えてちょうだい『世界の眼エレナーゼズ・ヴィジョン』。闇組織 《炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》のライヴァンにおける目的は何?」


 ぞろりと闇がうごめき、床に散らばった金貨を絡めて集め寄せる。黒兜の中の光が、逆三日月の形になった。


「ダイレクトに来はったね。奴らの目的は、現ライヴァン国王の暗殺やろ。――て、何やねんその顔、不満そうやな?」


 試すような物言いは、かれ独特のユーモアだ。奇妙な趣味を持つ死霊騎士デュラハンは、こうやって訪問者の反応をたのしんでいるらしい。

 エリオーネは思考を巡らせ、どう返してやろうかと考える。


「王宮に関わりの深い貴族が《炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》に国王暗殺を依頼した。彼らは前王統のディニオード公爵の名をかたり、ラスリードを復位させようと目論んでいる。……これが、表向きの狙い。当たってるわよね?」


 ガシャガシャ、と金属が打ち合わされる音が返ってきた。死霊騎士デュラハンが拍手をしたらしい。ボゥと兜の目が光り、空間に声が響く。


「お見事やね、あれからヨゥ調べはったやんか。……で、そこまで知りはったなら、奴らの真の目的も気づいてるンとちゃうか?」

「それが、サッパリなの。だからあなたを頼りたいのよ、『世界の眼エレナーゼズ・ヴィジョン』」


 くっふふ、と闇がわらう。

 報酬は十分だが、あっさりバラしてもつまらない。どう提供しようか……そんなことを考えているのだろう。

 向こうは不死の日々に退屈している存在で、時間はあり余っているのだ、おそらく。


 残念ながら、エリオーネにとっては浪費できるほど時間が余っているわけではない。

 焦らすような笑い声を黙って無視していると、やがて死霊騎士デュラハンはガシャンと動いて体勢を変えた。闇に紛れて見えないが、どこかに椅子のような存在物があるのだろう。あるいは、首なし馬とともに夜を疾駆すると言われるチャリオットだろうか。


「考えてみィ? 貴族の狙いと、《闇の竜》の狙いが、一致しとるとは限らんで?」

「……そうよね。《闇の竜》がライヴァンで勢力を拡大できたのは、フェトゥース国王が裏世界にうとい王だからだもの。彼らにとって現国王は、都合の良い相手だわ。それを排除しようっていうのが……よくわからない」


 ほう、と闇は感心したように声を上げた。


「何や、そこまで理解してはるなら、答えはもうすぐやないか」

「んもう、それなららさないで教えてよ」


 焦れる気持ちを抑えながら促せば、死霊騎士デュラハンは楽しげな笑い声を上げた。


「現国王フェトゥースは、用済みになったんよ。……はて、それは何でやろか?」

「彼らにとってもっと都合の良いが用意できた、ってところかしら。その依頼をした旧王党派の貴族が、《闇の竜》にとっての新たな道具ってことなの?」

「そら、奴らにとって、王宮内の動きや祭りの警備配置の情報をくれはる依頼者は、都合ええやろねェ。……で、同じくらいに、邪魔やろね」


 みずからも闇組織に属する者として、その理屈は理解できた。同時に、くだんの貴族が王権を望んでいるわけでないことも理解する。……つまり、首謀者の目的は本当にあのラスリードを復位させることなのか。

 じかに接してつくづく思ったことだが、ラスリードは傀儡かいらいにはしにくい人物だ。つまり《闇の竜》としては、フェトゥースを排除したい、しかしラスリードが王になるのは困る、というところだろう。

 では、排除したあとその座を継承する者がいないとしたら――……?


「ああ、……なるほど」


 ぞっとするようなシミュレーションが眼裏に浮かび、エリオーネは嘆息混じりの息を吐きだす。

 彼ら《闇の竜》はすでに同じことを、他の国家でしていたではないか。


「奴ら、現政権を崩壊させたあとに国を乗っとるつもりなのね。……西大陸や、シーセス国でやったように」

「くふふ、冴えてますなぁ。イエス、ねえさんの推理、だいたい当たりやね」


 ありがとう、と言いかけて、ためらう。――だいたい、って、どういうことだろうか。


「乗っ取ることが最終目的、ではないわけ?」

「まァ、こっから先は知らんでも困らん情報やしな。ちゅーても、これだけではお代貰いすぎやから、オマケに教えたるよ。奴らの目的に関わっとるのは『両眼を失いたく無ければ星竜には関わるな』の隠語や。これをどう上手く使いはるか、楽しみに眺めさして貰うよ」

「……何それ」


 すぐには理解できない隠語との関連に、エリオーネは眉を潜めて思わず呟く。彼女の戸惑いをたのしむように死霊騎士デュラハンは甲冑を揺らして笑い、立ち上がった。


「まいどおおきに。またのお越しをお待ちしとりますよ」


 朗らかな挨拶とは対照的な黒い闇が、かれの姿を覆い隠してゆく。これ以上はもう、何も得られないようだ。

 ひとまず欲しい情報は手に入れたのだから、あとは一刻も早く対策を練らねばならない。

 結局のところ、首謀者の貴族を押さえたところで《闇の竜》は動くのだし、彼らが動けば国王は暗殺されてしまうのだ。では、それを阻止するために何ができるのか。


 亜空間から現実への離脱は、奇妙な体験だといつも思う。

 暖色に染まりつつある夕暮れの空を眺めながら、街全体がどことなく浮ついているのを感じる。

 何の気なしにぐるりと見渡して、その理由にエリオーネは気がついた。


帝星祭ていせいさい……」


 『帝国十二巡りの星祭り』、通称『帝星祭』。ライヴァン帝国の有名な祭りだ。

 前夜祭がもう数週間後に迫っているため、街は今、それに向けた準備で忙しく動いているのだろう。

 事が起きるとすれば、祭りの日。それまでに首謀者の貴族を特定し、証拠を固めて立件し、叛乱はんらんを未然に防ぐ。……それだけでは不十分ということか。


「星祭りだから星竜、……というわけではないわね。星竜といったら、やっぱり銀河竜――ティスティル帝国よねぇ」


 最後のオマケが気になって仕方なく、エリオーネは独りごちながら思考を巡らせた。現存する国家の中で最も強大な魔族ジェマの帝国。ライヴァンとは国境を接した隣国だが、現在両国間の国交は途絶えているらしい。


「もしかして、奴らが狙っている本当の獲物って、ティスティル帝国なのかしら」


 つい、口に出して確かめてしまう。そうだとしたら、全部のピースがつながるのではないか。

 世界規模の組織 《闇の竜》も、ティスティル帝国にはいまだに勢力を伸ばせずにいるらしい。ティスティル帝国を手中に収めるため、政情が不安定なライヴァン帝国を足掛かりに……という線は、十分考えられるように思えた。

 隣国が闇落ちすれば、さすがのティスティル帝国といえど傍観ぼうかんに徹することはできないだろう。そこに、隙が生まれる可能性は高い。


「ラスリードは、どう読むかしらね」


 謀略とは無縁そうなあの元国王様には、そもそも読めない可能性も高いが。フェトゥースしかり、相談するにはだいぶ心もとない。

 ディニオード公爵……ラディンの父なら、どう読むだろうか。まだ会ったことはないが、噂で聞く人物像からすれば、こういう方面で頼りになりそうな気がした。


 胸中で大まかに方針を定め、エリオーネはライヴァン王城へ向かう。




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