[6-3]情報屋『世界の眼』
その場所は、どこでもなく、どこからでも行ける狭間。人族が扱う精霊魔法とは異質の力で造りだされた亜空間だ。
アクセスするために必要なのは特別な魔石と、合言葉、クラウン金貨。その情報屋が求める対価は常にシンプルで、得られる情報は常にそれに見合ったものとなる。
エリオーネがこの地で彼に情報を求めるのは、これで二度目だった。
「――よう来はったね、今日は、どんな用件や?」
独特のなまりがある声が、暗い空間に反響する。ぞろりと闇が
全身を覆う
「……こんな場所にくる用事なんて、他にないでしょ」
「それもそうやねィ。ほな聞き方変えよか。今日は何の情報が欲しゥて、ここへ寄りはったんや?」
抱えられた黒兜の中で、二つの赤黒い光が明滅した。かれの後ろに広がる暗闇の中から、ぶるりと獣の身震いが聞こえる。闇夜に強いエリオーネですら目を凝らしても良く見えないのは、それがこの世のものではないからだ。
滅多に会うことがないと言われる
確実に言えるのは、かれが腕利きの情報屋であり、望む者に対価に応じた正確な情報を与えてくれるということだ。
エリオーネは金貨の入った布袋を開き、中身を相手に見せてから袋ごと
くっふっふ、と闇が忍び笑う。
「随分と奮発しはって……ええよ、ワイの取っとき教えたるよ」
「ありがとう。では、教えてちょうだい『
ぞろりと闇が
「ダイレクトに来はったね。奴らの目的は、現ライヴァン国王の暗殺やろ。――て、何やねんその顔、不満そうやな?」
試すような物言いは、かれ独特のユーモアだ。奇妙な趣味を持つ
エリオーネは思考を巡らせ、どう返してやろうかと考える。
「王宮に関わりの深い貴族が《
ガシャガシャ、と金属が打ち合わされる音が返ってきた。
「お見事やね、あれからヨゥ調べはったやんか。……で、そこまで知りはったなら、奴らの真の目的も気づいてるンとちゃうか?」
「それが、サッパリなの。だからあなたを頼りたいのよ、『
くっふふ、と闇が
報酬は十分だが、あっさりバラしてもつまらない。どう提供しようか……そんなことを考えているのだろう。
向こうは不死の日々に退屈している存在で、時間はあり余っているのだ、おそらく。
残念ながら、エリオーネにとっては浪費できるほど時間が余っているわけではない。
焦らすような笑い声を黙って無視していると、やがて
「考えてみィ? 貴族の狙いと、《闇の竜》の狙いが、一致しとるとは限らんで?」
「……そうよね。《闇の竜》がライヴァンで勢力を拡大できたのは、フェトゥース国王が裏世界に
ほう、と闇は感心したように声を上げた。
「何や、そこまで理解してはるなら、答えはもうすぐやないか」
「んもう、それなら
焦れる気持ちを抑えながら促せば、
「現国王フェトゥースは、用済みになったんよ。……はて、それは何でやろか?」
「彼らにとってもっと都合の良い傀儡が用意できた、ってところかしら。その依頼をした旧王党派の貴族が、《闇の竜》にとっての新たな道具ってことなの?」
「そら、奴らにとって、王宮内の動きや祭りの警備配置の情報をくれはる依頼者は、都合ええやろねェ。……で、同じくらいに、邪魔やろね」
みずからも闇組織に属する者として、その理屈は理解できた。同時に、くだんの貴族が王権を望んでいるわけでないことも理解する。……つまり、首謀者の目的は本当にあのラスリードを復位させることなのか。
じかに接してつくづく思ったことだが、ラスリードは
では、排除したあとその座を継承する者がいないとしたら――……?
「ああ、……なるほど」
ぞっとするようなシミュレーションが眼裏に浮かび、エリオーネは嘆息混じりの息を吐きだす。
彼ら《闇の竜》はすでに同じことを、他の国家で
「奴ら、現政権を崩壊させたあとに国を乗っとるつもりなのね。……
「くふふ、冴えてますなぁ。イエス、ねえさんの推理、だいたい当たりやね」
ありがとう、と言いかけて、ためらう。――だいたい、って、どういうことだろうか。
「乗っ取ることが最終目的、ではないわけ?」
「まァ、こっから先は知らんでも困らん情報やしな。ちゅーても、これだけではお代貰いすぎやから、オマケに教えたるよ。奴らの目的に関わっとるのは『両眼を失いたく無ければ星竜には関わるな』の隠語や。これをどう上手く使いはるか、楽しみに眺めさして貰うよ」
「……何それ」
すぐには理解できない隠語との関連に、エリオーネは眉を潜めて思わず呟く。彼女の戸惑いを
「まいどおおきに。またのお越しをお待ちしとりますよ」
朗らかな挨拶とは対照的な黒い闇が、かれの姿を覆い隠してゆく。これ以上はもう、何も得られないようだ。
ひとまず欲しい情報は手に入れたのだから、あとは一刻も早く対策を練らねばならない。
結局のところ、首謀者の貴族を押さえたところで《闇の竜》は動くのだし、彼らが動けば国王は暗殺されてしまうのだ。では、それを阻止するために何ができるのか。
亜空間から現実への離脱は、奇妙な体験だといつも思う。
暖色に染まりつつある夕暮れの空を眺めながら、街全体がどことなく浮ついているのを感じる。
何の気なしにぐるりと見渡して、その理由にエリオーネは気がついた。
「
『帝国十二巡りの星祭り』、通称『帝星祭』。ライヴァン帝国の有名な祭りだ。
前夜祭がもう数週間後に迫っているため、街は今、それに向けた準備で忙しく動いているのだろう。
事が起きるとすれば、祭りの日。それまでに首謀者の貴族を特定し、証拠を固めて立件し、
「星祭りだから星竜、……というわけではないわね。星竜といったら、やっぱり銀河竜――ティスティル帝国よねぇ」
最後のオマケが気になって仕方なく、エリオーネは独りごちながら思考を巡らせた。現存する国家の中で最も強大な
「もしかして、奴らが狙っている本当の獲物って、ティスティル帝国なのかしら」
つい、口に出して確かめてしまう。そうだとしたら、全部のピースがつながるのではないか。
世界規模の組織 《闇の竜》も、ティスティル帝国にはいまだに勢力を伸ばせずにいるらしい。ティスティル帝国を手中に収めるため、政情が不安定なライヴァン帝国を足掛かりに……という線は、十分考えられるように思えた。
隣国が闇落ちすれば、さすがのティスティル帝国といえど
「ラスリードは、どう読むかしらね」
謀略とは無縁そうなあの元国王様には、そもそも読めない可能性も高いが。フェトゥースしかり、相談するにはだいぶ心もとない。
ディニオード公爵……ラディンの父なら、どう読むだろうか。まだ会ったことはないが、噂で聞く人物像からすれば、こういう方面で頼りになりそうな気がした。
胸中で大まかに方針を定め、エリオーネはライヴァン王城へ向かう。
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