[6-2]夜につどう


 リーバに連れられ、森の中に建つ一軒家に案内される。扉を開けて出迎えたのは、黒い衣装が印象的な魔族ジェマの男だった。

 誰だろ、と思いながらも、パティロはフォクナーと招きに応じて玄関に入る。入り口に大きな死神の鎌デスサイズが立て掛けてあり、一瞬いろいろなことを思い出してしまったパティロが緊張から尻尾を膨らませた、そのとき。


「キ、サ、マ、ッ! シツゲドリだな!?」


 隣のフォクナーが突然大声を上げたので、パティロはびっくりし思わず耳を伏せた。前を行っていたリーバも驚いたのだろう、目を丸くして振り返る。


「フォクナー君、何を……」

「こ、このボクがッ、セイバイしてくれるからッ、かか覚悟しろッ!!」


 自分の小さな身体より長い魔術杖を器用に回して、怪訝けげんな顔で振り返った黒い魔族ジェマに突きつけ、震え声でそう宣言したフォクナーは、魔法を使おうとしたのだろう――大きく息を吸い込んだ。

 その一瞬の隙に。


「『精霊たち、かれの求めに沈黙せよ』」


 しん、と静寂が通り抜けた。

 今ので魔法を封じられてしまったらしいフォクナーが、ぽかんと口を開けたままフリーズし、我に返って杖をぶんぶんと振り回す。


「あ、あーっ! 何するんだよッ!?」

「ちょっと、フォクナー君、室内で振り回したら危ないよ!」


 リーバが慌てるも、黒い魔族ジェマは冷静にその杖を手でつかみ、にやりと口角を上げた。


魔法封じシーリングルーンはせいぜい数分の効果だ。私を退治するかどうか、中で話を聞いてから決めても遅くはないぞ」

「ううう、そうまでしてイノチゴイをするなら、イイワケの時間くらい許してやるうッ」


 完全不利な状況であふれ出すこの自信と強気。自分はどう頑張ったって真似できそうにない。パティロは素直に感心した。

 リーバがせぬという顔でパティロにこっそり尋ねる。


「シツゲドリ退治って、どういうこと?」

「んとねぇ、ぼくの村のみんながシツゲドリを怖がっているから、フォクは退治するって……」


 さっき森で話したやり取りをリーバに説明していると、バンッと勢いよく扉が開く音がした。

 続いて、怒鳴り声が飛んでくる。


「フォクナー! また君は事情を確認せず魔法を暴発しようとした挙句、お世話になっている家主様に感謝もなくッ、それどころか何て失礼な態度をとっているんですか!」


 耳どおりの良い、明朗かつ発音の綺麗な早口。その懐かしい声を聞いて、パティロの顔に笑顔が広がってゆく。


「シャーリィ、よかったぁ!」

「う、再会一号がハリガネヤロウだなんてッ」


 パティロとフォクナー、まるで正反対の反応を返す二人に一瞬たじろぎつつも、やはり彼はぶれなかった。

 シャーリーアは細い肩を怒らせ早足で歩いてくると、フォクナーの鼻先にビシッと指を突きつける。


「どういう意味です? フォクナー、それよりカミィさんに謝りなさい! 今、すぐ!」

「私は気にしないから、おまえも落ち着いたらどうだ。子供が元気なのは良いことだろう」

「いいえ! 傍若無人ぼうじゃくぶじんな振る舞いを見逃すのは本人のためになりません。それに、僕は同じ妖精族セイエスとして――」


 家主らしい黒い魔族ジェマは状況を楽しんでいるようだが、シャーリーアは妥協するつもりがなさそうだ。

 つりあげた目をカミィと呼ばれた魔族ジェマに向け、言い募ろうとするも、別の声が背後から飛んできてそれをさえぎる。


「何ヒステリッてんだよ、シャリー! そんなんだからウチの兄貴に教育ママとか言われるんだぜ?」


 すらっと背の高い、妖精族セイエスなのに筋肉質な青年が、シャーリーアが開けた戸から出てこちらにやって来た。

 シャーリーアは聞き捨てならなかったのだろう、今度は矛先をそちらへ向ける。


「関係者でもない君が余計な口出しをしないでください」

「オレだって同じ妖精族セイエスなんだから、関係者だろ」

「そうだそうだ、アニキっ、言ってやれー! ハリガネだからってシンケイシツ過ぎだゼ」


 機会を得たとばかりにフォクナーはシャーリーアの前から逃れ、青年の後ろに逃げ込んで背後からひょこりと顔を出す。うんうん、と彼は腕を組んで頷きながら言った。


「だよなぁ……オレも常々思ってたんだぜ。神経質だからツンツントゲトゲで――って、オマエ誰?」

「ボクはフォクナー、よろしくなんだゼ!」

「ちっせぇのに元気でいいな、オマエ! オレはステイ、仲良くしようぜ」


 あっという間の出来事を然と眺めていたシャーリーアが、苦しげな声でうめく。


「……バカが、類を呼んで友となる、とか、そんな生現場を見てしまったのですが、僕はいったいどうしたら」

「仲良しなのはいいことだよ」


 肩を叩き合い連れ立って行ってしまった二人の後ろ姿を見送りながら、リーバが苦笑混じりに答える。隣でずっと笑いを堪えながら見守っているカミィも、彼らのやり取りを面白がっているようだから……そういうことなのだろう。

 パティロはなんだかすごく安心して、ほわんと笑いながら呟いた。


「よかったぁ、シャーリィも、いつも通りだねー」

「…………」


 そうしたら、なぜか無言のシャーリーアに悲愴ひそう感ただよう瞳で見つめられた。

 かたわらのリーバまでもが何とも言えない表情で彼の肩を叩いたので、どうしたのかな、と思いながらパティロは二人に笑顔を返すのだった。




 ***




 カミィの家にはシャーリーアだけでなく、モニカやクロノスも滞在していたのだろう。廊下の騒ぎを聞きつけ出てきた二人とパティロは大喜びでハグし合う。

 そこにラディンとインディアも加わり、ギアが今ロッシェとライヴァン城へ向かっていることを聞かされた。


 狭い廊下にひしめいて互いの無事と再会を喜び合っていたら、部屋から顔を出したラヴァトゥーンに招かれ、フォクナーの興奮は頂点に達した。

 恐れも遠慮もなく握手とサインを求めて走り寄ったフォクナーを、シャーリーアが拳骨を食らわせて阻止し、そこにステイが割り込んでいつものカオスがはじまる。


 光の王はその様子を微笑みながら見守り、全員の興奮がいくらか鎮まってから、リーバ、パティロ、フォクナーの三人に状況を説明してくれた。

 それからパティロとフォクナーの頭をなでて、祝福してくれたのだった。





 カミィの家はそれほど大きいわけではない。

 それでもルイズは、使える部屋全部を開放して片付け、皆が寝泊まりできるように整えた。食事も、ラディンやシャーリーアやインディアの手を借りながらたくさん用意して、食器や椅子もありったけ出して並べた。


 まるで山小屋合宿のような、賑やかな夜。

 ギアとロッシェを待つ短い間だけれど、ここでの夜を生涯忘れることはないだろう。

 その想いは多かれ少なかれ、全員の胸に浮かんでいた。


 各自が割り当てられた部屋、もしくは近くの森で、明日を待つ。

 けれど気づけば皆がダイニングルームに集まっていて、それぞれが別々の場所で経験したことを語り合った。

 願い、目標、これからのこと。

 各自が想うものは少しずつ違ってはいたけれど、久しぶりに歓談しながら過ごす時間は温かくて楽しく、悪くないと思えた。


 バラバラに動いていた期間だってそう長いものではなかったのに、もう何ヶ月も会っていなかったような気がした。


 


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