6.それぞれの想いを連ねて

[6-1]少年たちの決意


 村の入口にほど近い森のきわ、パティロは倒木を椅子代わりにして腰掛けて、ぼんやり森の中を眺めていた。

 ラディンとインディアが戻ってくる気配はない。湖まで行ったのか、それとも塔まで行ったのか……ロッシェとギアは見つかったのか、わからない。

 ぱりぱりと枯れ葉を踏む音がして、パティロはそちらに視線を向ける。村のほうから、長い杖を引きずってフォクナーが来るところだった。


「おっそいよなー」


 言うなり、ひょいと身軽にパティロの隣へ腰掛けて、杖をくるんと振り回す。


「うん、遅いよねぇ」

「シツゲドリに、さらわれちゃったのかナ」

「ぅんー……、ラディンはこの森の精霊と仲良しさんだし、大丈夫じゃないかなー」

「だよなっ」


 そこでストンと会話が止まってしまい、二人はぼんやりと森のほうを眺めたまま黙り込んだ。

 遠くのこずえで鳥が鳴き、飛びたってざわめく音が聞こえてくる。森は穏やかで、禍々まがまがしい気配も嫌な臭気も今はしない。


「ねぇ、フォク」

「ン?」

「オトナって、めんどくさいよねぇ……」

「よなー」

「フォクは、帰りたいって思ったコトないの?」

「んー、だってボクさ、親ないもん」

「……そうなんだぁ、ごめん」

「べっつにー? こーゆぅゴジセイじゃヨクアルコトなんだってさ」


 けろんと言われて、パティロはくるくる杖を回しているフォクナーの横顔を見つめる。


「フォクって強いねぇ」

「へっへっへ、ハリガネヤロウやアニキはぜんぜん認めないけどサ、これでもけっこー世のアラナミを越えてきてるんだぜっ」


 にいと笑う横顔に、かげりなど微塵みじんも感じられない。

 パティロはぼんやりと、目を森に向ける。


「な、パティ」

「……うん?」

「シツゲドリ退治したら、オマエのとーさん安心するかな?」

「……ぇ?」


 ぽん、と倒木から飛び降り、フォクナーはびし、と杖を掲げた。


「たっ確かにっ、夜になったら危険かもしれないけどっ、ひ、昼間ならボクの究極魔法で……!」

「でもフォク、シツゲドリどこにいるか知ってるのー?」


 痛いところを突かれたようで、へろん、と杖が下がる。


「わっかんないけどさア」

「探してる間に夜になっちゃうよー……」


 むううと唸って、フォクナーは村のほうを振り返った。


「だってサ、パティはアニキとホソメヤロウ捜しに行きたいんだろ?」


 ホソメはロッシェのことだろうか。ん、と口の中で返事をして、パティロは視線を落とす。

 父をはじめ、村の者たちはみな告死鳥の伝承を恐れている。とはいえそれは、あの物語が事実だと信じているからというより、伝承の裏側に隠された真相に触れることを恐れているからだと、パティロは漠然ばくぜんと理解していた。

 狂王に関する諸々もろもろの事実を話すなら、村を恐慌きょうこうに陥れることになりかねない。だから事情を説明できずにいるのだが、説明しなければ家族は自分が行くことを許しはしないだろう。


「無事だってわかれば、いいんだけどねぇ」

「だよなア。手紙くらい、よこせばいいのにさー」

「だよねぇ」

「手紙、鳥に変えてとかサ」

「うんー……」


 フォクナーは魔法の天才なので、言ってる内容がわりと無茶振りだとは、気づいていないのかもしれない。それでも、そう思ってしまう気持ちもわかるので、パティロは曖昧あいまいに返事をして再び森のほうへと視線を向けた。


 陽光はあたたかく、吹く風は涼やかだ。森は静かで、時おり虫が鳴き、鳥が飛ぶ。何の変哲へんてつもない、穏やかに晴れた午後。

 どちらが先ということもなく二人は、倒木に寄り掛かったままうとうとと、浅い眠りに落ちていった。




 

 それほど長い時間ではないだろうけど、少しばかり記憶が飛んでいる。

 森を踏みわけてこちらへと向かってくる気配に、パティロはふいと目を覚ました。流れてくる風に混じるのは、知った匂いと知らない匂い。


「……ニーサスさん、リーバさん?」


 思わず呟いたら、隣のフォクナーが「ふぁ?」と声を上げた。

 きょろきょろと見回せば、木立の間から、こちらに向かってくる人影が幾つか見える。


「あっ! パティ君」


 黒い髪、独特の雰囲気の妖精族セイエス青年が、目ざとく気づいて杖を上げた、リーバだ。そのかたわら、氷の気配に混じる知った匂いのひとは。


「やぁ、雪オオカミ君に暴走少年、元気そうでなによりだよ」


 ゆるく笑って言った、背に翼を持つ獣人族ナーウェアっぽい姿。記憶の彼とどこも似たところはなかったが、パティロはそれがニーサスだと直感した。

 高ぶった気持ちが涙となってあふれ、視界が一気に歪む。

 それと同時に。


「坊や……パティロ君、無事でよかった!」


 静かな葉擦はずれの音に混じって、もうひとつの声が届いた。黒翼の翼族ザナリールの女性が、今にも泣きそうな表情で駆けてくる。


「ニーサスさん、アルティメットさん……!」


 思わず立ちあがって叫んだら、ついに涙がポロポロと零れた。

 その騒ぎにすっかり覚醒したフォクナーは、リーバを見てあぁっ、とか叫んでいる。


「みんなみんな、無事で良かったよぉ……」


 ぐしぐしと泣きながら手で顔をこするパティロを、近づいてきたニーサスがぎゅっと抱きしめた。

 アルティメットも側まで来て、優しくパティロの頭をなでながら、薄いタオルで涙を拭ってくれる。


「フォクナー君、ギアと、一緒にいた人も無事だよ」


 リーバがそう伝えれば、フォクナーはきょとんとした顔でリーバと、後方に立つ獣人族ナーウェア青年と魔族ジェマ女性を見た。


「アニキとホソメヤロウ、そっち行ってんの? ナニ? どんなカンジのパーティシャッフルさ?」

「シャッフル……っていうよりは、全員集合かも?」


 リーバの答えを聞いて、フォクナーは目を見開く。


「えっどこにッ!? てゆかー、ボクたちも行かなきゃないじゃん、全員なんだろッ!?」


 基本的に良くわかっていなさそうなのに、なぜかフォクナーは直球で鋭い。

 しゃくりあげながらもパティロは顔を上げた。


「集、……合、……?」

「村のほうへギアの無事を知らせるように、手紙を預かってきたんだ。リーバと私はこのあと、転移魔法テレポートでシャーリィたちが今いる家に戻るから、可能ならキミたち二人も、一緒においで」

「ん、……でも」


 ニーサスの説明を聞くに、ギアたちとシャーリーアたちはみな誰かの家に集合しているらしい。行きたい気持ちはもちろんだが、父や村人たちをどう説得したものか思いつかなくて、パティロは答えを躊躇ためらいうつむいてしまう。

 パティロの代わりにフォクナーが、杖をかざしながら説明した。


「パティのとーさん、シツゲドリがいるから行っちゃダメって言うんだ。村のオキテをカルガルシク破ってはダメなんだってさー!」


 ニーサスは少しの間、伝えられた言葉の意味を考えるように沈黙し、それから、ああ、と短く呟いた。


「なるほどね。もちろん、無理にとは言わないけど、二人はどうしたいの?」

「ボクは、いいいい行くよッ! ここここ怖くなんかないんだからなッ!」


 まるで何かの宣誓のように、杖を掲げてフォクナーが宣言する。その声が不自然に震えていることを突っ込む者は誰もいなかった。

 ニーサスにサファイアの瞳を向けられ、パティロも考える。自分の気持ちは。自分は、どうしたいと思っているのだろう。


「ぼくは……、ぼくも行きたい」


 いくら考えても、答えはそれしかなかった。戦力として役に立てるか、何かができるか、と考えてしまえば、自分がいなくても違いはないかもしれない。――でも。


「ちゃんと最後まで見て、おぼえておいて、伝えたいの」


 自分たちの村が、何に巻き込まれたのか。この森で何が起こって、誰が、何のために戦ったのか。知らないまま、知ろうとしないままではいけない、と、ただ直感のように思う。

 ニーサスはパティロの答えを聞いて優しく微笑み、頷いた。そしてリーバを見あげる。


「リーバ、おまえはこのまますぐ、二人を連れてカミィの家へ戻りなさい。村への説明と説得は私に任せていいから」

「……オレたちは、どうすればいい?」


 一緒に来ていた獣人族ナーウェアの青年――丸くぶちのある耳と尾からして、豹の部族ウェアパンサーだろうか――が、静かな口調で問いかける。

 彼の隣には魔族ジェマの女性もいて、どちらもパティロの知らない人たちだったが、怖い印象ではない。

 ニーサスは少し考えたあと、その二人とアルティメットを見て言った。


「キミたちは私と一緒に来て、万が一のための護衛……の振りをしてもらえるかな」

「……わかった」

「ニーサス、説得って」


 心配そうにリーバが呼びかければ、ニーサスはサファイアの瞳を細めてまっすぐに立ち、右手を優雅に自分の胸へと添える。


『私は、氷の精霊王フェンリルに仕える氷狼ひょうろうだ。我が主は聖獣の求めに応じ、この森の浄化に手を貸すことになった。雪の属性を持つ狼の子は、主の助けになるだろう――、心配なく任せていただきたい』


 普段は穏やかなだけのニーサスの声が、冷気をはらんで変化する。目を丸くして見つめるパティロに、ニーサスは照れたような顔で笑いかけた。


「――てふうに、ハッタリかますから」


 一瞬の沈黙ののち、ブッとリーバが吹きだした。そして、状況についていけず目をぱちくりさせているパティロと、おー、とか歓声っぽい合いの手を入れているフォクナーの手を取って、笑いながら言う。


「わかった! それなら任せるよ、ニーサス。くれぐれも、ボロを出さないようにね」

「わかってるとも。リーバこそ、そしてパティロ君もフォクナー君も、無事で」


 ニーサスは自分たちを気にかけてくれたのだ、と理解する。慈しみをたたえた青い瞳が、パティロを見て眩しそうに細められていた。

 その期待にこたえようと、少年は胸に決意を固める。


「うん、がんばるね」

「おウ! 任せとけッ」

「では、行くよ」


 それぞれの返答を受けて、リーバの唇が魔法の言葉を紡ぎだす。


 ここから先に待ち受けていることは、きっとこれまでよりももっと凄絶せいぜつなものだろう。それでも、だからこそ、何かをしたい――。

 パティロの心は今、そんな想いと願いで熱く燃えていた。





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