[2-4]過去語り:想いびとのために


 ルイズはライヴァン帝国の宮廷魔術師見習いで、後から知ったことだが、塔の魔法を編んだ魔術師長の孫娘だった。

 この森には、ライヴァンと直通の『ゲート』と呼ばれる転移装置テレポーターがある。彼女はよくそこを通ってこの森に訪れ、塔の聖獣と会っていたらしい。


 最初の一件で興味を引かれた私は、彼女が森に来るときに自分も出向くことにした。

 互いに魔術師ウィザードだったこともあり、話も合う。精霊に愛される素質を持った彼女は精霊たちへの愛情も深く、その優しさに触れることで、壊れていた私の心も少しずつ癒されていくようだった。

 彼女の価値観だと、人族の都合で精霊を使役し塔に縛りつけている現状は、酷いことなのだという。自分の祖父がそれをしたということで、使命感、あるいは罪悪感を感じていたのかもしれない。

 私にとっては馴染みのない考え方だったが、聖獣や下位精霊たちと楽しげに交流する彼女を見ているうちに、少しずつ理解できてきたように思う。そうして、私は彼女に惹かれていった。


 ルイズは塔から精霊たちを解放する手段を模索していたが、法を犯そうとしていたのではない。しかし、何が切っ掛けだったのか……偶然、彼女が塔の中を覗いてしまい、そこから状況が狂いだした。

 狂王の瞳に魔族ジェマを狂わせる力があるのは既に話したが、他種族をう能力など持っていない人間族フェルヴァーでもその影響が及ぶのだと、私はそのときはじめて知った。そもそも、私が狂王の能力について考え違いをしていたのかもしれない。様々な憶測を巡らせてみたものの、確かめるため狂王に会えば、私自身が狂ってルイズをらってしまうかもしれない。

 そういう危惧きぐもあって私がどうすべきか決めかねている間に、彼女は行動を起こしてしまった。


 ルイズが執着したのは、塔を解放し精霊たちを自由にすることだ。そのために必要な塔の鍵、それがライヴァン王の持つ宝剣であることを、彼女は知っていたのだろう。

 狂王を打ち倒した王はその頃には亡き人となっており、彼の年若い息子が王位を継いだばかりだった。英雄王ではない若輩相手なら強奪は可能と思ったのか――冷静に考えれば上手くいくはずもないのだが。ルイズは私に手助けを求めたが、私が断ると、衝動的に王宮へ乗り込んでしまった。

 私は彼女を放っておくことができず、結局、彼女を追って城に潜入する羽目に陥ったのさ。


 結果は……言わなくてもわかるだろう。

 私は捕縛される前に彼女を連れてその場を逃れ、自分の家に連れ帰った。ルイズには望みを叶えるための方法を探ると約束し、ライヴァンへ向かおうとするのを何とか思いとどまらせた。その間に操心を解呪する方法を探るためだ。

 思い出したのは、サイドゥラを鏖殺おうさつから救った白き賢者のことだった。彼ならばルイズを救う手段を知っているかもしれないと思った私は、一縷いちるの望みにすがって彼に手紙を書いたのさ。

 朝夕関係なく衝動的に飛び出そうとするルイズと穏やかとは言えない時間を過ごしながら、手紙の返事を待つ日々が続く。ルイズが人間族フェルヴァーで良かったと思ったよ。もし彼女が転移魔法を使えていたら、私は彼女を拘束しなくてはいけなかっただろう。


 待つ期間は長く感じたが、実際には数日だった。それと時を同じくして、塔に若い人間族フェルヴァーの男が訪れたことを知る。

 その人物は『鍵』である宝剣を携えていたので、私はライヴァンからの追手が仕掛けた罠だろうと思ってね。声は掛けなかったし、ルイズにも知らせなかった。それなのに彼は迷うこともなく、私の隠れ家にたどり着いたのだ。

 彼の名は、ルウィーニ。王位を継承したばかりのライヴァン王の兄で、魔術師ウィザードでもあった。ルイズにとっては同僚……いや上司なのか。とにかく彼はルイズの一件を知って、彼女に会いに来たのだと言う。


 先に、白き賢者による回答を伝えておこうか。

 狂王は、人族に愛された闇の中位精霊『闇の月姫ラズィルナ』が、その人との間に産んだ子だという。操心程度の呪いであれば、塔に使役されている浄化の精霊獣、聖獣によって解けるということだった。

 塔の精霊を従えるのは『鍵』を持つ者だけだ。だから、状況によってはルウィーニから宝剣を奪うことも考えてはいたよ。

 結果的に、そうはならなかったけどね。


 迷ったが、私は彼に事の顛末と手紙の内容を伝えることにした。ルイズを捕らえるつもりなら、手勢を率いてくるだろう。私は、ルイズを助けたいという彼の言葉を信じてみようと思ったのさ。こうして話してみると、私が彼女によってどれほど変化したかがわかるな。

 ルウィーニは私の話から解決の糸口を見出したらしい。塔へ向かうと言う彼に、私は付き合うことにした。万が一、彼までも狂王によって狂気に落とされてはかなわない。

 そうして彼は塔に向かい、私もルイズを連れてそのあとを追った。


 ルウィーニがおこなったことは、非常にシンプルだ。塔の前に立って剣を抜き、剣身の上部にはめ込まれていた飾り石を自分の剣で叩き壊したのだ。

 見ていた私は意味がわからず驚いたが、その要石を破壊することで精緻せいちに編まれた魔術の式が破られ、精霊たちへの強制力が解除されるということらしい。


 それからは、一種のお祭り状態だったな。

 自由にされた下位精霊たちははじめ混乱していたが、そのうちに自由になった喜びで大いにはしゃぎだし、ルイズとルウィーニもその輪の中で楽しそうに精霊たちと戯れていた。その様子に、私はルイズの呪いが解けたのを知った。


 その後に塔から出てきた一角獣ユニコーンによれば、狂王の瞳による呪いは操心とは違うものらしい。闇魔法の【衝動悪インパルス】に近いもので、瞬間的に欲望を増幅させ理性を奪う。ゆえに、欲望を遂げると理性が戻るというわけだ。

 私欲を持たない人族などいないからな。人では狂王を世話することができないという理解は、ルウィーニと私で一致した。

 使役が解けても、聖獣には引き続き見張りを頼まざるを得ない。二人で説得し、ルウィーニと私が聖獣をサポートするという譲歩でルイズには納得してもらった。


 ルウィーニは近隣の獣人族ナーウェアの村いくつかに協力を仰ぎ、この地域に伝わっていた告死鳥の伝承を利用して、塔の近辺に人が立ち入らないよう働きかけることにした。都合よく、私の部族も死神レイスだからね。実体を伴う伝承であれば効果覿面てきめんだろう、ということで、私が告死鳥の役割を演じているのさ。

 しばらくの間はそれで上手く回っていたが――、ライヴァン帝国で叛乱が起き、ルウィーニが監獄島へ送られてからは、聖獣の魔力が大幅に弱まってしまった。ルイズが心配して手を尽くしたが、塔の解放を阻止することはできなかった。


 狂王が自由を取り戻してしまった以上、私たちに打つ手はない。私は聖獣に、塔から離れて休むよう言った。かれは、けがれ……というか、流血や憎悪に弱い。私では監獄島の門を開くことはできず、狂王を再封印するにも足りないものが多すぎる。

 いずれライヴァン王宮が動くだろうとは思っていたからね。私たちも、聖獣も、おまえたちの訪れを予測していたし、待っていたのだ。


 事は人間族フェルヴァー……いや人族の領域すらも超えて、世界のことわりと精霊に深く関係している。

 だから、王たちは動くだろう。

 今回はなぜか闇の王ではなく、炎の王が動いているようだが。




 ***




 長く重い話もそこで一区切りつき、誰もが何を言っていいかわからず黙り込んでいた。固まった空気を動かすのは気が引けたが、やはり好奇心に勝てず、シャーリーアは息を潜めるように尋ねる。


「炎の王……人間族フェルヴァーの帝国が今回、関わっているからでしょうか?」

「そういう理由で動く人物とも思えないが、私にはわからないな。状況は逼迫ひっぱくしているが、今私たちにできることはほとんどない」


 カミィの言はその通りなのだが、それでも何かできることはないかと思い巡らしながら、シャーリーアは無言で指を組む。

 自分たちの目的である『レシーラの呪いを解く方法』は、今の話でわかった。ただ、肝心の聖獣は弱っていて、力を貸してもらえるかは微妙なところだろう。

 白き賢者が判断したのなら、狂王が精霊の子であるというのはほぼ確定だ。闇の月姫ラズィルナという名に覚えはないが、希少精霊だろうか。瞳の操心能力が【衝動悪インパルス】の同種であるのなら、月の狂気ルナティック・ムーンと関わりの深い月の精霊に違いない。


「――結局、公爵を連れ戻さないことには何ともならなさそうだな」


 不意に、ギアが口を開いて言った。黙って話を聞いていたロッシェの眉間に刻まれたしわが、深くなる。

 彼とギアの間に何があったかわからないが、現政権が追放した前政権の力を頼るという事態は、現政権側の者にとって都合が悪いのだろう、ということは理解できた。返事を待たず、ギアは言葉を続ける。


「あんた、世界が滅びればいいとか言ってたけどな、そりゃ一瞬で消滅するなら痛くも苦しくもねぇだろうが……狂い死ぬなんて真っ平だぜ。おまえだってそうだろ、ロッシェ。衝動のままに悪をすなんて冗談じゃねえ」

「そうだな……二人でルウィーニを迎えにいってくるといい」


 沈鬱な表情で視線をうつむけているロッシェに、カミィが薄い笑みを向けて言った。


「ライヴァンの城には直通の『ゲート』があるはずだ。そこからなら、危険なく行ってこれるだろう。……壊れた世界で死にたいなら、」


 闇の瞳に、一瞬だけ酷薄な色が閃く。


「監獄島から帰ってこなければいいのさ。そうすれば、かの地の住民たちが殺してくれるよ」

「…………了解ラジャー


 紺碧の両眼を険しく細め、ロッシェが返答する。殺気に似た緊張感が場を満たし、ステイが隣で身動ぎしたが、カミィもロッシェもそれ以上続けることはなかった。

 監獄島への迎えはギアに任せておけば大丈夫だろうと判断し、シャーリーアは考える。

 ここまで得た情報を統括者ウラヌスに報告するべきだろうか。あるいは、白き賢者に意見を求めたほうが、的確な答えを得られるかもしれないが――。


「他の者たちは、ルウィーニが帰還するまで待機していてほしい。現状、聖獣なしで狂王の封印はせない。ルウィーニなら、聖獣の力を回復させることができるはずなのでね」

「……わかりました」


 この件に長く関わり、この森の精霊について熟知している、年嵩としかさの魔術師がそう言うのだ。シャーリーアは素直に応じて、ステイに目を向ける。


「そういうわけですから、あまり迷惑をかけないでくださいね」

「……あのな。オマエ、オレを迷惑製造機かなんかと勘違いしてるだろ!」

「きっぱりハッキリその通りですが、異論でも?」


 諫めるつもりが、ついいつもの流れになってゆく。じわりとゆるんでいくその場の空気に、カミィは痛みが滲んだような表情で笑った。


「精霊たちは、人族の感情に感応シンクロする。先のことは不安だろうが、待つ間は楽しんで過ごしてくれるといい。都会と比べて不便だが、樹海の奥地での生活も悪くない体験だと思うよ」

「おーゥ、任せとけ!」


 ステイが自信たっぷりに請け負ったので、話の意味がわかっているのかとシャーリーアは不安に駆られる。突っ込むべきかと迷っているうちに、ギアが立ちあがって言った。


「よし、行こうぜロッシェ。悪いが、カミィ。アルティメットをよろしく頼む」

「こちらこそ頼んだよ。彼女のことは私たちで必ず守るから、安心して行ってきてくれ」


 ギアが、どこか虚ろげなロッシェの腕をつかんで強引に立たせる。カミィも立って二人の側まで行くと、手を差しだして言った。


ゲートまで戻る必要はない。ライヴァンの城なら行ったことがあるから、テレポートで送ろう。……呼吸を」

「あぁ、助かるぜ。ほら、ロッシェ、しっかりしろよな」


 カミィが魔法語ルーンを唱えて、二人の姿がこの場からかき消える。最後まで危うげな様子だったロッシェの心の準備が大丈夫なのか、一抹の不安は残ったが――。

 ひとまず今は、待つ以外にできることもなさそうだ。



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