[2-3]過去語り:サイドゥラの滅亡
サイドゥラ王国は、その昔、ライヴァン帝国の
今は狂王として知られている
王宮内では何か予兆なり異変なりあったのかもしれないが、一般市民だった私は今も何が起きたかを知らない。
彼が王になってから、サイドゥラは少しずつ狂っていった。
変化ははじめ、
何せ、
当時、私は首都に住んでいたが、その事態を不気味に思い、郊外へ弟とともに引っ越した。
ニーサスと知り合ったのはその頃だっただろうか。別に親しく交流していたわけではないのだが、私は職が
ニーサスは国の郊外……今でいうところのティスティル帝国とライヴァン帝国の境目に近い地区で、大きな館に氷狼とふたりきりで住んでいたよ。当時は彼もまだ幼くて、……ああいう性格でもあったから、精霊がふたりいるようだった。
館には氷狼の
ただ、日に日に国全体へ異様な空気が満ちてゆく中、あの館だけは穏やかな日常が続いていて、その静穏に近く接していたお陰で私自身も狂わずに済んだのかもしれない、と今になれば思う。
狂王は、血に飢えたという形容に
わずかな手勢で他種族が住む集落を襲い、滅して
語るに
すべての住人が
闇の王が
けれど、他国の者に個々の考え方の違いなどわかるはずがない。
創竜世紀1995、ついに事態を重く見た
この最初の戦役で、ライヴァン帝国は非道を行ったわけではない。虐殺や略奪は固く禁止されており、騎士たちも兵士たちもよく統制されていた。王は降伏者に寛容だったため、双方ともに犠牲は少なく、私やニーサスの住んでいた郊外に戦火が及ぶこともなかった。
だが、その後、不可解な事件が頻発するようになる。戦役の動揺も冷めやらぬその時期に、ライヴァン帝国内で猟奇的な殺人事件が繰り返し起こった。
犠牲者はライヴァン国民である
当然ながら軍が調査を開始し、犯人はすぐに特定された。すべて、元サイドゥラであった地に住む
狂王とともに
ライヴァン政府がその件を処断しかね、手をこまねいている間に、事件はなおも続いてゆく。散発的で脈絡のない事件のため、阻止する手段も見つけられず、夜ごと繰り返される惨劇はライヴァン帝国に恐怖をばら
他種族の者を喰らえば、
いずれ取り返しのつかない脅威になるのでは――そんな予測に怯えたライヴァンの国民から上がるのは、当然、サイドゥラの
国王側とて、薄々気づいてはいただろう。
事態に決着をつけるため、ライヴァンの王は剣を取って少数の仲間と狂王を滅ぼすために出立し、サイドゥラの地は結界によって隔離された。しかし、魔術に長けた民を
国王不在のライヴァン帝国でも夜ごとの惨劇は繰り返され、その恐怖はライヴァンの
創竜世紀1977年、いまだ国王不在の最中にサイドゥラの地にて大虐殺が
レシーラの家族や、私の弟も、その戦いで命を奪われた。
白い髪、紅い目の
傍らに
私は
彼は杖も持たず、武器や鎧の類もいっさい身につけておらず、白い長衣を身にまとった学者のような姿で
言葉にすると作り話めいているが、本当にそうだったとしか言いようがない。それと同時に、その場にいたすべての者の戦意が喪失した。
直後に駆けつけたティスティル帝国の軍人たちによって争乱は収められ、サイドゥラの生き残りはティスティルへ引き取られた。白い
今だからこそわかる。あの魔法は、無属魔法の最高位である【
あの瞬間に、殺意に荒れていた
サイドゥラ王国は滅びたが、生き延びた者もいる。彼らの大半は今、ティスティル帝国に住んでおり、ニーサスもそれを機にティスティルへと引っ越したと聞いた。
生き残った者はほとんどが戦えない弱い者か、幼い者たちだった。彼らの心に焼きついた虐殺の恐怖はひどく鮮烈で、それゆえにサイドゥラ出身の
どちらが先に手を下したかなど、こういう場合は意味のないことだ。
私も長い間、心を
人を喰らう
――ルイズに、会うまでは。
狂王の封印に至る
サイドゥラで起きた惨劇の後、ライヴァン王エイゼルは幾人かの精鋭とともに狂王と
しかし死んだのは刺した仲間のほうで、狂王は死ななかったのだという。
外傷もないままに一瞬で事切れた仲間を見て、ライヴァン王は再度その剣を振り下ろすことはできなかった。彼は王であり、その双肩には帝国全部の責任が掛かっている。冷静で賢明な判断だっただろう。
しかし、寿命の長い
それでエイゼル王は宮廷魔術師たちに指示を出し、元々この森の聖域にあった古代の魔法構造物を利用して塔を建て、そこに狂王を封じ込めたのだ。
狂王はその通り名どおり、瞳を見た者に操心と狂気を植えつける能力を持っている。ゆえに、人の身で狂王の世話をすることはできない。
塔の基盤になった魔法構造物は精霊の使役に関するものだったので、ライヴァンの宮廷魔術師たちはそれを利用したようだ。彼らと賢者たちが組みあげた鍵で塔を閉じ、精霊を使役して狂王の世話をさせることにしたらしい。
使役の魔術式の中心に組み込まれたのが、この森に住んでいた光の精霊獣である
そんな中途半端な結末から20数年が過ぎ、この森に引っ越して隠遁生活を送っていた私は偶然その事実を耳にした。故国の復興にも
塔の仕掛けそのものは非常に単純だ。監獄島の
それを補うための精霊の使役で、精霊たちは許可なく塔に近づく者がいれば妨害するよう命令を受けている。
私は『鍵』など持っておらず、狂王を解放する気もなかったくせに、当時は世界憎しが極まって精霊たちをも憎んでいた。だから、塔を見に訪れた私を妨害しようと精霊たちが現出した時に、この大鎌で――斬り捨てようとしたのさ。
そんな私の一撃を杖で受け止めたのが彼女、……ルイズだった。
――貴方、
泣きそうな表情で、だが
勇気ある彼女のそんな言葉は、心まで壊れ切った私にとって不思議な衝撃だった。
精霊は人のような魂を持たず、魔法学問的に言えば『魔力の塊に自我が宿ったもの』に過ぎない。利用しても消滅させても、罪に問われることはない。そんな存在に対して『殺す』と表現すること……私にとって、新しい考え方だったのだ。
――面白い。
ふと感じた興味が、そこからの私を変化させていくことになる。
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