[2-2]生命を喰らう闇


 賑やかな食事の最中に、カミィが入ってきた。彼はハーブティーをついばんでいる半精霊のところへ行くと、封書を出して小声で耳打ちする。


「悪いが、ニーサス。遣いを頼まれてくれないか?」

「うん? 私でできることなら」


 隠す意図ではなく、楽しげに盛り上がっている雰囲気に水を差したくないからなのだろう。二人の会話を聞くとはなしに聞きながら、シャーリーアは空になった皿を重ねる。


「君らの旅仲間……ギアによれば、狼の村に彼の同行者たちが滞在しているらしい。ギアともう一人には、こちらに残ってもらいたいのでね。この手紙に事情を記してあるから、アルティメットと一緒に行ってくれないか」

「ああ、もちろん引き受けるとも。ただ、私はその村の場所を知らないんだけど、大丈夫かな?」

「地図があるから、それを見ていけば大丈夫だ。それほど遠いわけでもないしな」


 なるほど、ラディンたちは無事にパティロを村まで送り届けたのだろう。アルティメットが村まで赴いて顔を見せれば互いに安心するだろうし、ギアの無事も伝えられて一石二鳥というわけか。

 とはいえ、場所を知らないのでは不安が残る。元々引きこもりがちだったらしいニーサスに、森の地図が読めるのだろうか。側で二人の話を聞いていたリーバも、思うことは一緒だったようだ。


「私も同行しようか? ニーサスと彼女だけだと心配だし」

「うーん、おまえが来ても変わらない気がするけどね。でも確かに、今の私じゃ彼女の護衛には心許ないな……」


 何とも頼りない会話だ。しかし、護衛という意味ではシャーリーアの技量は二人にも及ばないので、口を出すこともできない。

 聞いていたカミィがくすりと笑みをこぼした。


「それなら誰かに護衛を頼もうか。……君、豹の部族ウェアパンサーの。同じ獣人族ナーウェアなら村の者らも安心するだろう、一緒に行ってやってくれ」


 物柔らかな言い方ではあるが、強制徴用だった。リティウスはビクッと獣耳を震わせ、警戒心を隠す気もなさそうな険しい瞳でカミィを睨む。


「……ステイのほうが、頼れると思うが」

「すまないが、妖精族セイエスの二人は私が借りたい。ステイと、シャーリーアはな」


 退路を絶たれ、リティウスは半眼になって黙り込んでしまった。

 いつに間にか自分が話題の中にいて少し驚いたものの、ギアも一緒ということは、貴石の塔か狂王にまつわる話なのだろう。

 なぜステイが指名されたのかはわからないが、初対面で怯えた様子を見せてしまったために気を遣わせてしまったのかもしれない。


 いささか気まずい空気を感じ取ったのか、モニカと一緒にフルーツを食べていたエアフィーラがすすっと近づいてきた。

 リティウスが反応するより早く彼の腕に自分の腕を絡めて、顔を寄せる。


「そういう相談なら、私も混ぜてくださいませっ」

「……エフィ、腕にすがるな」

「だってぇ、リトってば眉間のシワが凄いんですもの! 私でお役に立てるかはアヤシイですけど、皆さまのためでしたらリトを引きずってでもお手伝いいたしますわ」


 どうやら決定権はこちらだったか。是非もなく同行を決められてしまい、ひたすらぼう然と固まっているリティウスをそっと眺めながら、この二人も不思議な関係だ……と思う。親愛なのか、それとも恋愛なのか。

 妖精族セイエスの村はどちらかといえば保守的なため、種族が違う者同士の恋愛や結婚はあまり聞かなかったが、外の世界では案外珍しくもないらしい。

 そういえば、カミィとルイズも魔族ジェマ人間族フェルヴァーの夫婦だ。……だからと言って何だということもないが。


「ありがとう、助かるよ」

「そうと決まったら早めに出発しようよ。準備をしてくるね」


 ほわんと微笑むニーサスに、席を立つリーバ。こちらは任せておいて大丈夫だろうと思い、シャーリーアも空の食器を重ねて取り上げ立ちあがる。

 時間があるなら片づけも手伝いたいところではあるが――。

 

「さて、食事も終わったようだし。シャーリーア、ステイ、おまえたちは奥の部屋に来てもらえるか? ギアとロッシェを交えて、話しておきたいことがある」


 案の定といったカミィの声がけに、この先についての予想を巡らせながらシャーリーアはうなずいた。

 今になって思う。統括者は恐らく、自分たちをここへ導こうとしたのだろう。





 いるとは聞いていたが、改めて本人を目の前にするとやっぱり不思議な気がした。別行動をしていたのは期間にすれば短いが、その間にステイたちと合流したのは大きな変化だ。


 軽装ながらも旅装のギアは、部屋の椅子に座っている。ベッドに横たわっているギアより歳上っぽい人間族フェルヴァーの男性が、ロッシェだろう。ライヴァン王宮の関係者なのはわかるが、瀕死からの養生期間で伏せっていたシャーリーアにとっては、ラディンの話で少し聞いたくらいの見知らぬ人物だ。

 付き添っていたのだろうルイズが立ち上がり、カミィと視線をかわして部屋を出ていく。気を利かせて席を外してくれたのかもしれない。


「とりあえず……空いている椅子かソファに座ってくれ」

「はい、わかりました」


 珍しくも戸惑った様子の――ギアを前にして照れているのかもしれないが――幼馴染みを、肘で小突いてソファに座らせ、シャーリーアは自分もその隣に腰を下ろした。


「シャーリィ、元気そうで良かったぜ」


 そこでようやくギアが口を開き、それでシャーリーアは自分がここに来た夜の顛末を思い出した。

 自分も瀕死からの文字通り奇跡的な快復だったが、大怪我と聞いたギアにも深傷の様子は見受けられない。五体満足、体調も上々のようだ……お互いに。


「はい。何だかいろいろありまして……申し訳なかったです」

「まあ大丈夫ならいいんだ。大丈夫ならな」


 世話になった王宮関係者への挨拶もなく失踪。礼儀的にも金銭的にも迷惑を掛ける行為だったという自覚がある。それでもあれこれ問い質すことはせず、安否だけ気遣ってくれるギアの寛容さは、間違いなく美徳だとシャーリーアは思っている。

 大怪我の原因となった喧嘩の相手は、このロッシェという人物だろうか。なぜそんなことになったのか、経緯が気になったが、やはり今はそれを話すべき時ではないだろう。

 カミィがベッドに歩み寄り、眠るロッシェの身体に手を添えてから振り返る。


「では、魔法を解くよ。起きていきなり暴れ出す、なんてことはないと思うが……一応、用心するように」

「大丈夫だ、そうなったら俺がちゃんと止めるから」


 ギアも立ち上がり、カミィの隣に立った。怪訝そうに聞いていたステイだが、心持ち身体をシャーリーアの前にずらす。すぐに抜けるようにか、利き手を剣の柄に掛けていた。

 カミィが唱えた短めの魔法語ルーンとともに、ふつ、と何かが切れる感覚がした。ロッシェが瞼を上げて跳ね起き、ギアとカミィを睨みあげる。


「――貴様っ」

「まあ、とにかく先に話を聞きなさい」


 対するカミィは動じた様子もない。ロッシェは警戒心を剥き出しにしたまましばらく彼を睨んでいたが、やがて気を取り直すように息を吐き、ベッドを椅子代わりにして座り直した。

 その様子を見届けたギアも、椅子を引き寄せて彼の向かい側に腰を下ろす。

 改めて全員を見渡すと、カミィは重くため息をついて扉の柱に背をもたれかけ、腕を組んで鬱々うつうつと呟いた。


「さて……何から話そうか」

「そうだ、質問してもいいかい。貴石の塔の管理官はどうなったんだ? 塔の近くに管理小屋と思しき小屋があったし、生かして閉じ込めてるんならある程度の世話も必要だろう。でも、番人とか管理官の話が一切出てこないのは、おかしいと思ってたんだ。……ひょっとしてあんたが、塔の管理官だったんじゃないのか?」


 ギアも彼なりに情報をつかんで、いろいろと予測を立てていたらしい。彼の言はシャーリーアも考えていた予想だったが、カミィは小さく笑って否定の意味に首を振った。


「貴石の塔に管理官など、いないよ」

「嘘だろう? 管理者も居らずに封印を維持することなんてできないよ。それに、塔の解放前なら通信をやり取りすることもできたんだ。……あれは、誰だったって言うんだ」


 意外な答えに、ロッシェも驚いたのだろう。食いつくような反論に、カミィは表情を取り直し伏せ目がちに言葉を続ける。


「そもそも狂王は、瞳に宿した『操心』の魔力が際立って強い。そんな相手を、精神活動に影響を受けやすい人族が見張れるはずがないのさ。塔の封印は、魔法構築物と精霊との契約で成り立っていた。通信があったというなら、それは聖獣だろう」

「聖獣……ラディンが会うって言ってた相手か。なるほどな」


 頷くギアは聖獣について何か知っているようだった。カミィの説明は簡潔で理にかなっていたので、ロッシェも納得せざるを得なかったのだろう。

 みなそれぞれに黙り込んで続きを待つ。


「そもそも、彼を投獄した者たちは『封印』の破られ易さを熟知していた。だから、塔の場所を偽り、狂王の恐ろしさを誇張して語り伝えたのさ。世界を滅ぼす力のある、凶悪な魔族ジェマだと」

「――てか、何で殺さずに、そんな面倒な事をしたんだよ?」


 ステイが不意に口を開いて会話の流れをぶった斬った。思わず小突いてしまったシャーリーアだったが、当然といえば当然の疑問ではある。

 カミィは目を上げ、こちらを見て作り笑いめいた表情で答えた。


「はっきりした記録はないだろうが、殺せない理由があったということだ。公式には、死を無効したと認識されているのだろうが――」

「止めを刺した者が死に、狂王は死ななかった……だっけか」


 ギアの口添えにロッシェがうなずく。そのにぼんやりとした既読感を覚えて思考に沈みかけたシャーリーアだったが、先に答えを出したのはカミィだった。


「実のところ、非公式にはなら答えは出ている。彼には、【生命奪取スティールライフ】と同じ効果をあらわす特殊能力があるのだそうだ」


 ――生命奪取スティールライフ

 文字通り、自分を殺した相手の生命を奪い死を無効にする、呪い魔法の一種だ。その意味を理解して納得すると同時に、絶句する。

 魔法にうとい傍らの幼馴染みが、困惑げな顔でつついてきた。


「説明しろよ、オイ」

生命奪取スティールライフは闇属性最高位の魔法だ。しかし、彼の場合は魔法によるのではない。彼は……なのだそうだ」


 口を挟んでいいものか悩む前に、カミィが説明を加えてくれた。その追加情報はさらに理解を超える内容で、ギアなどはポカンと口を開けたままカミィを凝視している。

 精霊の子、といわれれば、のイメージを連想するものだ。

 明かされた真実をどう理解していいかわからず、それでも腑に落ちる説明だからこそ、誰も二の句が継げずにいるのだろう。

 カミィは重くため息を吐き出して、目を伏せる。


「あるいは、当人だって知らないのかもしれない。私だって想像もしなかったさ――『白き賢者』にその答えを貰うまでは」

「白き賢者……カミル=シャドール様ですか」

「名前だけは俺でも知っているな。その情報は確かなのかい?」


 意外……でもない人物の名前が出てきて納得するシャーリーアとは違い、ギアはまだ懐疑的のようだった。

 賢者を志すシャーリーアにとっては憧れの人物でもあり、個人的に縁もある世界屈指の大賢者。大陸の地理学と精霊学の権威とも言われる人物なだけあって、彼は精霊に関する知識が非常に深い。

 彼が言うなら間違いないだろうと思う反面、信じられないというギアの気持ちもわからなくはない。

 カミィも、かの人物と交流があるのだろうか。


「正確だろう。魔物や精霊に関わる事象において、彼以上の知識を持つ者はいないからな」

「……そのことを、旧ライヴァン王家は知っていた、の、かな……?」


 珍しく歯切れの悪い言い方で、ロッシェが口を挟む。カミィは伏せていた目を開き、顔をあげて彼をまともに見返して言った。


「私がそれを知ったのは二十年前だろうか。貴石の塔が一度、解放されかけた時だ。つまり……知っていた、という答えになるな」

「…………」


 言葉を失うロッシェとギア。ことの起こりはどこにまで遡るのだろうか。

 綿密な記録調べをもってしても現王家では真相が見つからなかったというのなら、すべては目の前のこの人物、そして旧王統の者たちから聞き出すしかないということになる。それはつまり、現政権ではもう打つ手がないということだ。

 複雑な表情で黙り込むロッシェと、それを痛ましげに見ているギアを見ていると、にも察しがつく気はしてくるが……それは今触れるべきことではないのだろう。

 シャーリーアは短く息を吸い込み、思い切って立ちあがった。


「僕はこの件について精霊王の統括者様に調査を言いつかっています。精霊王、そして六王たちにとっても、規格外の能力を持つ殺戮さつりく者の存在は看過かんかできるものではないはずです。……この件は、人である僕らに解決できるものなのですか?」


 沈黙が落ちる。カミィが極めて真相に近い何かを知っているのは間違いないが、彼の中にある迷いが何かまでは知りようもない。

 それでも、身近な者たちが関わっている以上、この問いの答えはシャーリーアにとって重要だった。


「悲しみの連鎖は、どこまで続くのだろうね」


 不意にカミィが呟き、そして自嘲のような笑みを浮かべた。


告死鳥シツゲドリを知っているか? あれは、私が広めた御伽噺おとぎばなしさ。私もニーサスやレシーラと同じく、過去、サイドゥラに住んでいた者だ」


 ――予想外、ではなかった。

 それでもシャーリーアは、かけるべき言葉を見つけることはできなかった。ギアも、この場の誰もがそうだっただろう。


 張りつめたような沈黙を破り、黒衣の死神はゆっくりと昔を語り出した。

 



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