2.サイドゥラの悲劇

[2-1]そして交わる旅の道


 冷静になって考えれば、ギアがこの地を訪れたのは国王からの依頼で調査のためであり、表面化してしまったロッシェとの確執も何とかしなくてはいけない。アルティメットと今すぐ旅を再開――はできそうになかった。

 一緒に連れて行くにしても、今のライヴァン王城では不安のほうが大きい。であればカミィとルイズに事情を話し、狂王の件が片づくまで二人に彼女を守ってもらうのが、最善のように思える。


 そういう話をアルティメットとし、カミィに簡潔ながらも経緯を伝えると、彼は快く応じてくれた。

 ギアの荷物はパティロの村に置いたままだったが、汚れた衣服の代わりをルイズが用意してくれた。サイズが合わない部分は手直してくれたので、動きやすさも上々だ。命を拾われてから受けっぱなしの恩は、改めてきちんと返さなければ、と心に誓う。


 とにかく今するべきことは、心配しているであろうラディンや村人たちに無事を知らせること。そして、ロッシェを説得することだ。

 安否の件はともかく、月下で執拗しつように挑発してきたロッシェのことを思えば気分が滅入り、ギアは重い息を吐く。その様子を見ていたカミィが「そういえば」と話を切り出した。


「おまえも、ニーサスの旅仲間なのか?」

「……え、ああ、まぁ、そんなとこだが。あんた、ニーサスと知り合いなのかい?」


 意外な人物が話題に上って驚いたギアだったが、カミィが続けた内容を聞いて疑問や不信感はすぐ払拭ふっしょくされた。


「来ているよ、彼らもここに。シャーリーアと言ったかな、妖精族セイエスの彼は精霊王から狂王についての調査を依頼されているんだとか」

「うぉあ!? 何だってー――!」


 パティロの話で薄々、同じ調査をしているのではと思ってはいたが、精霊王からの依頼とは。偶然を通り越して何かの采配さいはいのような現実に、ギアは頭の芯が冷えていくような錯覚に陥る。

 思えばラディンに情報を伝えたのも精霊だった。聖獣が何者かを確かめることはできなかったが、話を持ってきたのが下位精霊なのだから同じ筋と考えるのが自然だろう。

 はたして、自分が倒れている間にラディンは無事、聖獣と会見できただろうか。 

 情報量の多さにどこから手をつけたものかと悩んでいると、カミィがゆるく笑って言った。


「彼らが追っているものも恐らく一緒だろう。もうこの際、ここで合流してしまってはどうだ?」

「ここで……って、あんたたちにこれ以上迷惑かけるのもな」

「何、それを言うなら私は当事者だ。村への報せは、ニーサスに手紙を届けて貰おうと思う。おまえとシャーリーアには話したいこともあるので、ここに留まってくれないか」

「当事者?」


 思わずギアは顔を上げ、カミィの顔をまともに見つめてしまった。転移魔法の使える魔族ジェマが都会から離れた場所に住居を構えること自体は、不自然ではない。しかし改めて考えれば、彼は何のために、こんな不便な森の奥地で暮らしているのだろうか。

 カミィは、今ここで詳しい話をするつもりはないようだった。目を伏せ小さく笑んでギアの問いをかわし、黙って部屋を出て行く。


「……死告鳥?」


 闇色の後ろ姿にやはりあの御伽噺おとぎばなしを連想してしまい、ギアは無意識にそう口にしていた。




 ***




「へぇ、……彼と彼女ってそういう関係だったんだね」


 シャーリーアとステイ、ニーサスとリーバ、モニカとクロノス、リティウスとエアフィーラ。全員集合でダイニングに集まり、朝食の準備を手伝っている。といっても、主に動いているのはシャーリーアとリティウスだったが。

 リーバも手伝おうと思ったらしく立ち上がったところで、ニーサスの呟きを耳に留めたのか振り返る。


「うん? 誰のこと?」

「ふふふ、何もかも必然とか運命とか言うつもりではないけど、何だか運命的だよねぇ」


 ニーサスは機嫌よさそうに大きな獣耳をパタつかせ、意味深に一人で呟いている。リーバは首を傾げつつ食事の支度へ向かってしまったが、横で聞いていたステイがテーブルに手をつき勢いよく立ちあがった。


「訳わかんねェぜ! きっちり説明しやがれッ」

「いくら人よりも神経の長さに恵まれていないからって、切れるの早すぎますから」

「何だよ、オマエだって気になるだろー!?」


 もはや義務とばかりにシャーリーアが冷たい突っ込みを入れれば、あっさり矛先が移動した。気にならないとは言わないが、今は忙しいのだ。

 食い下がる幼馴染みを適当にあしらいながらテーブルを整えているところに、ルイズが焼き立てパンを籠いっぱいに持って入ってくる。


「ごめんなさいね、ちょっといろいろ立て込んでいて……お腹すいたでしょう」

「僕たちはご好意によりお世話になっている身ですから、どうか気になさらないでください。それより、お疲れのようですが何かあったのですか?」


 自分たちの歓待で疲れさせているのなら申し訳ないが、彼女の表情には一睡もしていないかのような憔悴しょうすい感が漂っていて、ただの疲労ではなさそうだった。心底からの心配で尋ねたシャーリーアに、ルイズは苦笑に近く微笑み返す。


「カミィが、夜中に水鏡みかがみ湖で喧嘩していたお客さんを拾ってきたのよ。何か事情があったんでしょうけど、大怪我もしていたからいろいろ手間取っちゃって」


 話される内容は不穏なものだったが、深刻そうな様子はない。今はひと段落ついた、ということなのだろうか。


「ケンカって……ケンカで大怪我させるかよ、普通」

「素手の殴り合いでも当たりどころによっては……ですが深夜にわざわざというのもせないですね。ルイズさん、今はもう大丈夫なんですか?」


 剣術バカなステイだが、勇者に憧れている彼は喧嘩のときでも暴力を振るうことはしない。そんな彼にとって、大怪我に至るまで喧嘩相手を痛めつけるというシチュエーションは想像しがたいのだろう。

 恐らくルイズは気を遣ってそう表現したのだろうが、念のためシャーリーアは様子を尋ねてみることにした。一応は医術の心得もあるし、何か手伝えることがあるかもしれないと思ってのことだ。


「ええ、もう大丈夫。怪我人のほうはアルティメットの知り合いだっていうから、手当てをして治癒魔法をかけてから看病を任せているわ。もう一人のほうはカミィが眠りの魔法をかけているから、今のところは問題ないわよ」

「そうですか」

「こんな深い森なのに、案外と訪問者が多いんだね」


 横で会話を聞いていたリーバが感心したように呟いたので、シャーリーアは妙な違和感を覚えて考え込む。

 ステイの事情も自分からすれば驚愕きょうがくだが、わざわざ深夜に湖で戦うというのも意味不明だ。もしかして世界では、こういう非常識な暴走野郎のほうが優性なのだろうか。……そんな不毛なことを考えて、一人うんざりした気分になる。

 あるいは、地元民らしいパティロの村の誰かが、事件に巻き込まれた、とか。

 そこまで考えて、シャーリーアは思い出した。白い狼少年がアルティメットと知り合いだったということに。


「あの、すみません――、その、怪我人のほうってどんな人です?」


 ライヴァンの宝剣と狂王との因果関係を考えれば、他の仲間たちメンバーが森に来ていたとしても不思議はない。それに元々、白月はくげつの森はパティロの故郷であるわけだし。

 そんなシャーリーアの心中を知るはずもないルイズは、少し考えて答える。


「そうねえ……、傭兵風の人間族フェルヴァーだったわ。まだ若い男性で、そうそう、顔の真ん中にナナメの傷跡があったわね」

「――っ!? ナナメキズ!?」


 予想は思いきり斜め上に裏切られ、シャーリーアの声がうわずって変になる。テーブルについて焼きたてパンを頬張っていたモニカとクロノスが、その叫びを聞いてこちらを見た。


「……いや、まさかそんな……、ってかギア?」

「うん、そうらしいよ」


 動揺からついうわごとのように飛び出した台詞に対し、なぜかニーサスから肯定の返事がきた。リーバとシャーリーアは思わず一緒に、機嫌よく微笑んでいる半精霊を見つめる。


「ニーサス、彼と彼女って……ギアとアルティメットさんのこと?」

「ああ、そう! ギアって言っていたわよ、アルティメットが」

「まじですか」


 リーバの確認にルイズが応じ、シャーリーアの口から驚きの相づちが漏れる。モニカが椅子を蹴倒して立ちあがった。


「アニキなのー――!? どこどこっ」


 勢い余って駆けだそうとした途端、クロノスに背ビレをつかまれ盛大に素っ転び、つぶれた猫のような悲鳴を上げる。


「いったぁぁぁいっ! クロちゃんひどおいぃ!」

「ダメだよモニカ、感動の再会を邪魔しちゃいけないよ」

「だからって痛ぁい! クロちゃんのバカぁー――っ!」


 それなりに賑やかな朝の光景だ。言わんとすることを察し、シャーリーアは黙って席に着く。ニーサスによれば二人はのようなので、顔出し口出しは野暮というものだろう。

 隣の席に座っていたエアフィーラが、首を傾げて尋ねてきた。


「知り合いの方でしたの?」

「知り合い、というか……仕事仲間ですね。人間族フェルヴァーの剣士です」


 反対側の隣に座っていたステイがそれを聞くと、目を輝かせてシャーリーアの肩を鷲づかみにし詰め寄ってきた。


「凄ぇじゃん!? 紹介してくれよシャリー、人間族フェルヴァーって言ったら正真正銘の剣士じゃねーか、うわぁ、手合わせしてみてぇ!」

「確かに君よりは技量も人としての器も上ですね。――って、どうして人間族フェルヴァーイコール正真正銘になるんですかっ」


 思わず聞き流すところだった。いや、聞き流すべきだったのかもしれない。


「んな単純明快でシンエンな真理がわかんねーの? オマエ」

「何をどう理論立てれば真理に至るのか理解不能なほどに破綻してますが。そもそも人間族フェルヴァーだからといってすべからく剣士というわけではなく」

「わかってるって。でも大抵の冒険譚って言ァ、人間族フェルヴァーの剣士が英雄ってセオリーじゃん?」


 いつもの流れに入り込んだ二人は、朝食を摘みながらほぼ条件反射のようによどみなく台詞の応酬を続けていく。


「また冒険譚ですか。そろそろ君も物語と現実の区別をつけられない少年の心は卒業してもいい頃だと」

「煩っせー! 夢を笑い飛ばすような心の狭いオトナになんて絶対なるかよ!」


 カミィがいないと誰も突っ込まないので、二人のやりとりもとどまるところを知らずに続いてゆく。

 キリなく言い合う二人は軽く放置して、周りは既に朝食に突入だ。

 


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