[8-4]未来への階を


 監獄島バイファルは、古代遺物の一種だと考えられている。

 島の周囲は人智を超えた結界が施されており、魔族ジェマの移動魔法であろうと侵入することはできない。渡島の手段は幾つかあるが、出入りに際し王権をかいして発行された許可証――旅渡りょと券が必要とされる。


 その渡島手段の中でも一番確実で安全なのが、主要国家にしつらえてあるという『ゲート』と呼ばれる移動魔法陣テレポーターを通って行く方法だ。

 現在、確実に『ゲート』が設置されている国家は、ライヴァン帝国、ティスティル帝国、シーセス国、ゼルス王国と言われており、ルインの故国グラスリードに直通の『ゲート』はなかったように思う。

 ラスリードは前王統の国王だった人物だ。ということは、彼は現ライヴァン城の造りを熟知していて、どこに『ゲート』が設置してあるかも知っているのだろう。だが例えそうだとしても、現政権と協力なんてできるのだろうか。いや、それ以前に。


「あの、二人とも。迎えに行くって、あの監獄島で……目測はつけてるんですか?」


 島には、一般の監獄にあるような収監施設などない。実のところ、監獄とは名ばかりの出入り不能な流刑地なのだ。小国ひとつ分はあるであろう島のどこに目当ての人物がいるのかを、探す手段はあるのだろうか。

 と、疑問に思っての質問だったのだが、ラスリードはその問いを少し別の意味にとらえたらしい。


「そうだな、確かに、ルゥイが生きているかどうかを現時点で確かめるすべはない。だが、エティアがまだ存在を保てているのだから、ルゥイも無事だと思っているよ」

「……エティア、って?」

「あぁ! 知らない名前だから聞き流してたわ! その人もしかして、ラディンの母親?」


 こうだからそう思う、の関係性が理解できずに聞き返したルインの声に、エリオーネの声が被さる。ラスリードは一度瞬きし、それから不思議そうな表情で言った。


「ああ、エティア……エティアローゼはルゥイと愛し合った光精霊トゥリアで、ルゥイが名を贈り妻に迎えたのだ。その息子がラディンなのだが、聞いていなかったか?」

「そこまで突っ込んだ事情聞いていなかったわよ。……って言うか、聞いておくべきだったわ。それで、エティアが無事だっていう根拠はあるの?」

「彼女がくれた祝福キスの効果がまだ続いているから、だな。掛けた者が滅びていたり魔力を失っていれば消えるはずのものが、いまだ効力を保っているということは、彼女も、契約主であるルゥイも無事だということだ」


 説明しながらラスリードは、左手の甲を見せるように差し伸べた。キスマーク、ではなく、発光塗料の飛沫が掛かったかのように、わずかに光る痕跡がわかる。術者が生きている限り効果が続く、などという半恒久的な魔法はまず存在しないが、さすが中位精霊は格が違うようだ。

 エリオーネが眉を潜めてむぅと唸った。


「あたし、魔法については詳しくなくって。それ、どういう効果なの?」

「キス魔な彼女が魔力を込めて口づけた痕だ。私の身体に関わる怪我限定だが【治癒の光ヒールライト】の効果があるらしく、酷い傷を負ったときなどに光って治癒を早めてくれる。お陰で、なんとか生き延びてこれたわけだ」

「あんた無茶しそうだもんね」


 エリオーネの反応は、驚き半分に呆れ半分といったところか。さすが光の精霊、と心中で拍手を送りつつも、ルインは逸れた話題の軌道修正を試みる。


「それじゃつまり、ええと、奥さんに一緒に来てもらって、捜すってことですか?」

「うん? ああ、そういうことか。エティアの居場所を私は知らないし、連絡手段もないからな……私たちで地道に捜すしかないな」

「無茶だわー、って言いたいけど、現状それしかないのよね」

「……何で二人とも、そんなに楽しそうなんですかっ」


 二人とも、はじめからそのつもりだったようだ。未知の遺跡を探索しに行くわけじゃないのだから、もっと慎重になって欲しいと思うものの、悲しいかなルインも他に良い手立てを思いつかない。

 かくりと項垂うなだれるルインに微笑みを向けつつ、エリオーネが言い添える。


「あの島で十年無事に生き延びてるんなら、それだけで噂のタネになるわよ。そういう情報収集ならあたしに任せておきなさいな。それより、あたしとしては城には寄らず別の手段を探して島に向かいたいところなんだけど」

「おまえたちは王城側に雇われている身なのだろう? 探られて痛い腹がないのなら、勘繰られる行動はやめたほうがいい」

「あたしの雇い主は城じゃないわよ、ルインよ」

「……何で、こんなときだけボクに」


 城へ出向くのを渋るエリオーネの気持ちも、わかるけれど。

 ルインはひっそりとため息をついた。そうだとしても、今日明日中に行って戻れる手段なんて直通移動魔法陣テレポーター以外にあるわけないし、いずれ城側に知られてしまうなら、先立って協力要請をするほうが建設的だと思うのだ。

 けれど自分たちはともかく、ラスリードがどういう扱いを受けるのだろうという不安がある。そしてそれは回りまわってラディンの不利益へと働くかもしれなくて。気軽に決められるものでもない。

 とはいえ、当事者であるラスリード自身はもう、迷っている様子はないのだが。


「結局のところ、物事というのは順番に片づけていかねば帳尻が合わなくなるように出来ているのだよ。今その始末を求められているのはフェトゥースだが、元はといえば私や炎帝ルード、そしてルゥイの仕損じたことを背負わせられているに過ぎないのだ」

「あんた本当どうしてそんなに、あの国王の能力を買ってるのよ」

「能力というよりは、人柄だな。あるいは、未来の可能性というべきか。……まあ、もしフェトゥースが私の話も聞かず私を殺そうとする人物なら、それはそれで思い切れるさ」


 何を思い切るというのだろうか。一歩間違えたら内乱の危機なのだろうか。

 心配しすぎてそろそろ胃が痛くなってきたルインだが、向かいで深く重くため息を吐きだしているエリオーネも、おそらく同じ気持ちなのだろう。何にしてもラスリードの言い分は正論で、それを覆せるだけの何かを自分たちは持っていなかった。


「仕方ないわね。あなたがそうしたいって言うなら、連れて行くわよ。でも、もうこんな遅い時間じゃさすがに問題になっちゃうから、明日、でいいわね?」

「ああ、その辺は任せる」


 テレポートを使えば、今からでもケルフが待つ部屋へ戻れないこともない。コントロールはまだまだ未熟なルインだが、あの部屋は滞在時間が長いので、他より安定した軌道が結べるのだ。

 ただ、万が一にも物音や気配で気づかれてしまった場合、罪に問われる可能性がある。

 正面から謁見を求めるのが一番の正攻法だが、国王に会う前にラスリードが投獄されてしまうかもしれない。だとしたら、どうすれば――……。


「とにかく、ルイン。あんた今日は魔法とか使いまくってるんだし、ちゃんと休んだほうがいいわ。イルバートに宿泊の交渉してくるから、ちょっと待ってて」

「え、あ、はいっ」


 思考に沈んでいたら、エリオーネがそう言って立ち上がった。早足で出て行く彼女を見送りながら、ルインは冷めてしまった紅茶に口をつける。


 内紛で疲弊した王宮で育ち、そこを追いだされたルインでは、クーデターを挟んだ前後の王統が協力する図を思い描くことができない。けれどもし、フェトゥース国王がラスリードと協力することを望み、それによって暗殺の企みを阻止できるのなら。

 それはライヴァン帝国のみならず、自分にとっても……大きな希望へのきざはしになるような、気がした。




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