[8-3]それぞれが知る謀略の裏事情


 エリオーネに促され、ラスリードがルインの隣に腰を掛ける。ルインがお茶を出し残っている料理を勧めれば、彼は不便そうにしつつも左手で器用に食事を始めた。

 この場合に手を貸すのが親切なのか失礼なのか判断できず、でも彼の性格なら必要な時には遠慮なく言いそうだと考えて、ルインは手出しはせずにそれとなく見守ることにする。


「……食べながらでいいから、話を進めましょうか」


 しばらくして、そう切り出したのはエリオーネ。彼女は何かをためらうように深紫の瞳をさまよわせてから、意を決したように口を開いた。


「単刀直入に言うわ。あたしたちとラディンは仕事仲間なの。そこのルインが暗殺者アサシンに狙われてるってんで、護衛と調査を請け負っててね。その関係で《炎纏いし闇の竜フレイアルバジリスク》に潜入する途中だったのよ、あの時」

「えぇっ……」


 自分が知っているのと違う事情が飛びだしたことにびっくりして、ルインは思わず戸惑いを声に出してしまった。しかしエリオーネは動じず、半眼になって言い加える。


「本人には秘密にしてたの、ごめんね」

「いやっ、……えっと」


 さすがにルインだってエリオーネの意図を察することはできる。彼女はまだラスリードがかを探っているのだろう。余計なことを言って話の邪魔をしてしまわないよう、ルインは口を閉ざして聞き役に徹することに決めた。

 ラスリードはラディンの名を出されても動揺する様子はない。


「ふむ、魔族ジェマの護衛の件で、なぜ私の名が浮上した? ラディンが何かを話したのか?」

「実はね、ルインはグラスリード国の王子サマなのよ。彼の話によると、ライヴァンに来てから命を狙われるようになったらしいから、ここの王族が刺客を差し向けてるんじゃないかって、思ってね」


 より正確には、ライヴァンに来てから自分が狙われていることを、だ。エリオーネが暗殺依頼の出所を探っていたのは本当で、それがゆえにルインは義母が自分を殺そうとしていることを知ったのだから。

 エリオーネの話には真実と虚偽が混ぜられている。

 彼女は、おそらくラスリードを試しているのだろう。


「グラスリードの第一王子か……なるほど。だが、ライヴァン側に利益のない暗殺など現政権が仕組むとは思えないな。それに、グラスリード王国と言ったら内紛だろう」

「ええ、そうみたいね。何にしてもその過程で、あたしはあなたについて知ったってわけ」

「ふぅむ。確かに、政変からまだ十年だしな」


 二人の話を聞きながら、グラスリードとラスリードって名前が似てるなとぼんやり考える。故国で内紛が続いていたことを彼は知っているらしい。もしかして名前が似ているから、意識したのだろうか。

 懐かしい故郷の話題でつい逸れがちになるルインの思考をエリオーネの台詞が引き戻す。


「あなただけじゃないわ。ディニオード公爵……ラディンの父親についても、ね。だから、仕事とは別に、あたしたちは彼の父親を捜してあげたいと思っていたのよ」


 初耳だった。と同時に、監獄島の旅渡りょと券を手渡されたときのやり取りが脳裏によみがえる。

 彼女の抱えていた覚悟はこういうことだったのだ。反乱の首謀者であるかどうかは別にしても、ラディンの父親が監獄島へ送られていることをつかんだエリオーネは、ラディンのために何らかの形で国王に掛け合い、旅渡券を発行してもらったのだろう。


 ディニオード公爵は、隣に座る元国王にとっても兄弟ということになる。

 そっと瞳だけ動かして様子をうかがい見れば、ラスリードは怪訝そうな表情でエリオーネを見ていた。


「ルゥイを? それで、居場所はつかめたのか?」

「ええ。――実は、公の連れ戻しについてはもう、国王陛下と交渉が済んでいるの」

「ほう、手際がいいな。しかし、おまえたちが他人のためにそこまでするのは、なぜだ? 私もルゥイも今は王族でないゆえ財産もないし、ラディンに支払える額などたかが知れているだろうに」


 ルインが合流する前に、報酬の話でも出たのだろうか。あるいは、ラスリードもエリオーネや自分を探っているのか。

 鋭く光る紫水晶アメジストの双眸を見返し、エリオーネが艶のある笑みを浮かべた。


「そんなの、仲間だからに決まってるじゃない。ちゃんと身内価格で報酬設定するから、心配いらないわよ?」

「えぇ……そこは『仲間だから報酬は要らない』じゃないの!?」


 思わず突っ込んでしまったルインだったが、途端に、何言ってんの、とでも言わんばかりの冷めた視線をエリオーネから向けられ、骨の髄から震えあがる。そういえばタダ働きは禁忌というのが彼女の信条だった。

 そんな自分たちのやり取りを見て、ラスリードは表情をゆるめたようだった。クスクスと笑いだし、段々それが腹の底からのような大笑いへと変わっていく。エリオーネが冷めた目のまま彼をめつけて言った。


「なによ、何が可笑おかしいっての」

「……っはは、いやぁ失礼した! ラディンは良い友人に恵まれたようだと思ってな、安心しただけだ」


 ひとしきり爆笑して息も気分も落ち着いたらしいラスリードが、いくぶん浮ついた声で応じる。


「ルゥイが捕らえられ、エティアも行方をくらませて、私自身も公然と出歩くわけにはいかなくなっていたからな――、炎帝が幼かったあの子を手に掛けたのではないかと、ずっと心配していたのだよ」

「うん? あんたも、ラディンの居場所を把握してなかったってこと?」


 政変に際し、前王統側と現政権側は合意の上で王権を譲渡したのではなかった、ということだろうか。エリオーネが知っている情報を、ルインはあまり知らされていないのだ。

 ラスリードは頷き、説明を続ける。


「そもそも、ルゥイが政権交代の際に炎帝と取り交わした約定は、私やルゥイ、その家族に手出しをしない代わり、私も旗を挙げないというものだったのだ。それを炎帝がたがえたことで、約定そのものが無意味になってしまったからな。ルゥイは私や家族を守るため、魔法による隠蔽工作を仕掛けたのさ」

「つまり、最初に約定を破ったのは向こうってことなんでしょ? あなた、旗揚げしないの?」


 する、と言われても困ったことになるが、彼は本気でそのつもりがなさそうだ。だからエリオーネは、あえて尋ねてみることにしたのだろう。

 彼は欠けた右腕を持ちあげて顎に添え、考え込むように視線を落とす。


「私は別にどちらでも良いのだ。国を正しく治めてくれるのであれば……。炎帝は猜疑さいぎに駆られて暴虐の治世を敷いたようだが、フェトゥースは良い王であろうと一生懸命だろう? ならば、協力してやったほうがよほど建設的だ」

「え、協力するんですか!?」


 思いもよらぬ発想が彼の口から飛びだしたので、黙って聞いているつもりだったルインはつい声をあげてしまった。が、驚いたのはエリオーネも同じだったようで、深紫の目が大きく見開かれている。


「本気なの? 相手は反乱を起こした上に、約束破ってあんたのお兄さんを監獄島へ送ったってことでしょ? 協力なんてできる状況じゃないじゃない」

「そうですよ、もしかしたら国王暗殺の首謀者って思われて捕まえられちゃうかも――」

「ルイン、余計なこと言わないの!」


 ぴしゃりと冷たく叱責されて、しまった、と思う。

 国王暗殺の企みがあることをエリオーネは伏せて置きたかったようなのに、思わず口走ってしまっていた。

 とはいえラスリードは特に驚いた様子なく、ふぅむと唸って考え込んでいる。


「ごめんなさい、エリオーネ」

「うん、まあ、いいわ。こうなったらお互い、腹割って話しましょ」

「私としても、そのほうがやりやすいな」


 結局そういうことで意見は一致した。エリオーネ自身も、彼相手には無理に情報を伏せて話すより全部を伝えたほうがスムーズに話し合えると思ったのだろう。

 今ライヴァン王城で起きている、国王暗殺の企みと狂王の解放と。エリオーネによる順序立てた説明を受け、ラスリードは難しい表情で腕を組み、口を開く。


「私が狂王封印について知っているのであれば教えてやりたいところだが、生憎あの魔法はルゥイでなければ施せないのだ。だが、これで兄を迎えに行く名目ができたとも言えるな」

「ええ、そのことなんだけど……ルイン、あれ」


 エリオーネが意味深に言って、視線をこちらに流した。その意味するところを察し、ルインは頷いて自分の貴重品入れを改める。

 丁寧に包んで仕舞い込んでいた旅渡りょと券を取りだしエリオーネに渡すと、ラスリードの表情が驚きの色に染まっていく。


「交渉済み、なるほど……旅渡券までも発行済みだとはな」

「ええ。本当は、別行動している仲間が戻ってきてから迎えにいく算段つけようと思ってたんだけど、あなたに渡すこともできるわ。ただ、その腕じゃ、あなたが一人で向かうのは危険が過ぎるのよね……」


 監獄島バイファルは世界屈指の危険地域と言われている。そんな場所に、剣もろくに振るえないであろう人物を一人で行かせることはできない。だからといって、自分やエリオーネだけで護衛しきれる自信もなかった。

 やはりここは、ギアたちの帰りを待ってから改めて話し合うほうのが最善、ではないだろうか。

 ルインがあれこれ考え込んでいたのと同じく、ラスリードも様々な方法を思い巡らしていたのだろう。ややあって顔を上げた彼の双眸には、何か覚悟を決めたような強さが映っていた。


「やはり、ルゥイを迎え狂王を封印するには城側と協力するのが必須だと思える。であればそれを念頭に置きつつ、私が、フェトゥースの元に出向くことにしよう」

「ちょ、えぇ、本気なの!?」

「もちろんだとも」


 そんな気はしていた、とルインは思う。

 監獄島への旅渡は王権を介してしかできない。そして恐らくライヴァン帝国には、監獄島へ直通で移動できる『ゲート』と呼ばれる装置があるはずなのだ。


 安全に、確実に。

 そのためには、フェトゥース国王の協力がどうしても必要だと。ラスリードはそう結論づけたのだろう。

 けれどこの状況でその行動が功を奏するか、裏目に出るか……ルインに、判断することはできなかった。



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