[7-4]捜しびとと捜しもの


 幼少時から、常に身の危険と隣り合わせに生きてきた。

 父は特殊な機関に属する研究者でほとんど家には帰らず、母は国際的に有名な劇団のカリスマ女優。名誉と儲け話に抜け目のない祖父によって劇団のに仕立てあげられたシャーリーアが、リハーサル無しの本番に立たされたことは数えきれない。


 祖父の詐欺まがいな売り込みによって、自分の身柄には実質以上の価値がついた。

 身代金目当てに、さらにはもっと下衆げすい理由で、狙われさらわれそうになったことも数知れず。ついにはシャーリーアの身を案じた姉が、劇団から離れ田舎の村に引っ越して、そこで姉弟での二人暮らしをすると押し切ったのだった。

 でなければ、自分のトラウマは今以上に積みあがっていただろう、と思う。


 その村で出会ったのが、両親を亡くし兄と二人暮らしをしていたステイだった。

 すぐに打ち解けて仲良くなった……などとは口が裂けても言えない。歳の離れた彼の兄は自分の姉にズカズカと近づいて仲を深めようとするし、ステイ自身も勇者に憧れる修行バカで、歩み寄れる共通項など何一つなかった。

 欲望と陰謀にまみれた大人の世界で生きてきただけに、裏表のない相手など理解不能で近づきたくもなくて。それなのに。


「いいじゃん、似合ってンじゃん! シャリーってさー、昔っからセンスいいよな。ついでに前みたくオレの髪も頼むぜ! いやさ、おまえがいないとこの長い髪、手入れが面倒っくて……」


 興奮したように瞳をきらめかせて幼馴染みがとんでもない暴露話をし始めたものだから、爆発直前まで膨れあがった怒りを上回る羞恥心がシャーリーアを正気に返らせた。

 というより、別のベクトルに感情が振り切った。


「何言ってるんですか時と場合を考えて発言してくださいっていうか髪の手入れくらい自分でやれるでしょう子供じゃないんですからッ」

「いいじゃんか。シャリーなら自分用に持ち歩いてンだろ、あのいい香りする何だっけ? ま、いいや。オマエに髪いじられながらオマエの歌聞いてると、眠くなるんだけど」

「それ以上余計なこと言ったらその口に香油の瓶突っ込みますから!」

「痛ててッ、耳引っ張んなって!?」


 あらぬ誤解を与えそうな内容にまで発言が及んだため、反射的に口を封じたシャーリーアだったが、もう手遅れだったかもしれない、と周囲の視線を感じて思う。あれだけ胸を圧していた怒りさえ、もうどうでも良くなってしまった。

 いつもこうだった。

 こっちの気も知らず無遠慮に踏み込むくせに、いつも最終的にはこっちをペースに巻き込んで、うやむやにしてしまう。


「待ちなさい」


 いつの間にか、真空には空気が戻ってきていたらしい。

 そっと出ていこうとしていたアルティメットを、カミィが呼び止めた。


「本当に、申し訳ありません。どうか止めないでください」


 なおも振り切ろうとする彼女の声を耳が認識した途端、さっきの衝撃ショックで彼方へと吹き飛んでいた記憶が唐突につながった。

 思い出したのだ――自分のトラウマより、幼馴染みの不粋な言動より、ずっとずっと大切なことを。


「アルティメットさん! 貴方の捜している獣人族ナーウェアの子供とは、」


 そうだ、黒い翼の翼族ザナリール女性。……それは、何度も告げられた特徴だ。そしてアルティメットという名前をも、自分たちは確かに聞いていたはずじゃないか。

 びく、と翼を震わせて振り返った彼女の、その憂いた瞳をじっと見つめて、シャーリーアは尋ねる。


「白毛が特徴の狼獣人ウェアウルフの、パティロ、という名前の子ではありませんか?」


 途端に彼女の表情が変わる。


「あなた、あの子を知ってるの?」

「はい、元気ですよ。……ですよね、モニカ」


 話を振ればモニカは目をパチクリさせ、それからにこにこと笑顔になった。


「うん、すっごい元気よ! 今はちょっと事情アレコレで、別行動してるのぅ」

「森が迷宮化しているらしい噂もありましたし、調査を優先していたんですよ。ですが、パティロも貴方を捜したがってましたし、無事と知れて良かったです」


 確かギアが、一緒に捜してやるとか言っていたのだった。直後に死神暗殺者アサシンに殺されかけ、王宮のアレコレから狂王遭遇へと雪崩れてしまったため、彼らが今どこで何をしているか説明できないのはもどかしいが。

 その辺は追々話して行けばいいだろう。


「それなら、彼らに同行させてもらいなさい。ひとまず、その旅支度は解いてくるように」

「……はい」


 今度は素直に頷いて奥へと消えるアルティメットを見送ってから、シャーリーアは改めてステイを睨んだ。


「どうしてそう無神経なんですか、君は」

「ちゃんと味覚も嗅覚も痛覚もあるんだから神経はあるだろ」


 頓智クイズをしているわけではないのだが。深く嘆息して何か言い返そうとした矢先に、ハァっと大きく息をついたエアフィーラがテーブルをパァンと叩いて立ちあがった。


「ドキドキしましたわ! ステイってばデリカシーが足りないですぅ……あの方、びっくりなさってましたわよ!?」

「……心臓に悪い思いを、させないでくれ」

「んん? 何でだよ」


 本気でわかってないのは悪気がまったく無いからだ、というのはわかるものの、説教案件に変わりはない。頬を紅潮させて言い募るエアフィーラと、逆に顔色を失っているリティウス。今の仲間たちからも苦言をもらえば少しは考えるだろうか。

 そこへモニカがひょこっと顔を出してきた。


「ねえ、翼族ザナリールって風属性だけなの?」

「そうだって、そこの歩く巻き物が言ってたぜ」

「え? どこにマキモノが歩いてるのっ!?」


 得意げに答えるステイだが、表情と内容が不釣り合いなのは残念すぎる。ついでに言うと、自分は賢者を目指しているのであって巻物ではない。

 イラッとしつつシャーリーアもついついステイに言い返してしまう。


「僕が教えたことを得意ドヤ顔で話してないで、自分が魔法の修業をして精霊王なり種族王なり召還して直接うかがったらどうなんです、ステイ。もっとも君の繊細さに欠けた神経回路と刻一刻硬化していく脳細胞では、複雑な高位魔法の習得などほぼ確実に絶望的でしょうけど」

「あのな! オレ様はオマエみたいにアレコレかじって半端な博学を気取る浮気者じゃねーの。剣と決めたらそれ一筋よ! ってか、オマエがさっさと修業すりゃ両得じゃねえか」

「それを言うなら両得でしょう? だいたいどうして僕が君のために魔法を習得……」


「まぁまぁ、喧嘩はそこまでで。私が話してあげるよ」


 気づけばまた無限ループにはまり込んでいて、見かねたのかニーサスが割り込んできた。少し好奇心を刺激されて黙り込むと、ステイも同じく口をつぐむ。

 目を輝かせて「聞きたい!」と応じるモニカを優しい目で見やり、ニーサスは御伽噺おとぎばなしを物語るような調子で語りだした。


「創世より、翼族ザナリールは風のみの、鱗族シェルクは水のみの属性であると、定められているんだよ。加えて、妖精族セイエスには炎属性が産まれないというのもね」

「そうなんだぁ。でも、どうして?」


 不思議がって首を傾げるモニカにニーサスは微笑みかけ、視線を傾けてカミィを見た。旧知の仲らしい二人は目で何かを確かめ合って、カミィがこちらへと歩み寄る。


「知りたいか?」

「おう、知りたいぜ。なあシャリー」

「でっかいくせに寄り掛かんないでくださいっ」


 幾ら身長で負けているとはいえ、自分は断じてステイの肘掛けではない。馴れ馴れしくもたれ掛かってくる幼馴染みの脇腹を突いて押し戻そうとしていると、こちらを見ていたカミィに笑われてしまった。


「まあ、喧嘩は後にしなさい。創世よりの定めというが、そのことわりは各自の在り方に関わっている。すなわち――」


 翼族ザナリールは空を舞い、鱗族シェルクは海に住まう。それは創世主が定めた在り方だ、とカミィは語る。

 翼族ザナリールが飛べるのは身体構造によるのではない。彼らが持つ翼は彼らの体重を支えるためには小さすぎるため、風の魔力による補強が必要なのだという。つまり、風魔力の翼を背に宿すゆえに彼らは風属性のみなのだ。

 同じく鱗族シェルクも、水中で呼吸し水中で過ごすためには水魔力の助けが必要だ。水硝すいしょうの鱗と真珠の涙がその証であり、そのゆえに水属性のみなのだという。


「似た事例は魔族ジェマにもある。いくつかの部族は特定の属性しか産まれない。例えば私……死神レイスの部族は、沈黙の呪いを宿す大鎌サイズを扱うため、闇の力を宿していなくてはならない。つまり、死神レイスの部族は闇属性のみなのだよ」

「いろいろご存知なんですね」


 読書に明け暮れていた自分でも聞いたことのない蘊蓄うんちくに感じ入って、シャーリーアは思わず尊敬の目でカミィを見つめた。死神の鎌デスサイズの印象が強くて剣士だと思っていたが、魔法関連の知識も深いのだろうか。

 ふふふ、とカミィは静かに笑う。


「長く生きていれば、な。だが知識も、活用しなければ無意味だ。……さて、ルイズが夕食を用意しているだろうから、今夜はゆっくり休むといい。事情は改めて聞かせてもらうよ」

「待て待て、妖精族セイエスに炎がいない理由って何だよ?」

「それこそ光の王ラヴァトゥーンに直接尋ねてみるといい。きっと面白い逸話を聞くことができるだろう」


 ステイは勉強嫌いだが、意外に好奇心は強い。食い下がろうとする彼にカミィが返した答えを聞いて、シャーリーアは自分の好奇心にも火がついたのを自覚する。

 何か深い理由わけ、ではなく、面白い逸話、とは。


 その時、柔らかく風を引き連れて、窓から羽毛のカタマリが飛び込んできた。

 驚くシャーリーアたちの眼前をかすめるように飛び、カミィの肩先に留まったソレは、薄いグレイの羽が差し色になっている小さな白フクロウだった。羽毛に埋もれかけた短い足に細い鎖をつかんでいる。


「ご苦労だったな、ラーズィ」


 カミィが労うように指先で撫でると、フクロウは丸い瞳を閉じて満足げに全身の羽毛を膨らませた。

 その様子を茫然ぼうぜんと見ていたエアフィーラが、やにわに声を上げる。


「それって……それって!」

「ああ、無事に見つけたようだ。捜し物はこれだろう? 海歌鳥セイレーン同胞きょうだい


 カミィの手によって差しだされたのは、銀の鎖が付いたペンダント。震える手でそれを受け取ったエアフィーラは、彼を見つめて涙ぐんでいる。


「ありがとうございますぅ……! 本当に、見つけてくださるなんて……」

「なに。たいしたことではない。それより、もう失くしたりしないよう気をつけなさい」


 コクコクと頷きながらペンダントを握りしめるエアフィーラを、フクロウが片目を開けて見やった。夜空を写し取ったような黒い瞳に、穏やかな慈しみが満ちているような――なぜかそう、シャーリーアには思えたのだった。



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