[7-2]番人の隠れ家


 チェアリーの広場から森の小道を抜けて、蔦の絡まった大樹の前まで案内される。カミィと名乗った死神レイス魔族ジェマは、取り出した大きな鍵を幹のどこかへ差し込んだようだった。

 途端、溶けるように視界が開ける。


「幻術ですか?」

「そう。小規模の結界装置みたいな物だ。無闇に嗅ぎ回られたくはないからな」


 思わず声を漏らしたシャーリーアにカミィが答える。装置、ということは魔法具マジックツールの一種だろうか。もしもこれを自作したのだとすれば、彼は相当に技量と知識を持った魔法使いルーンマスターだということだ。

 魔術の民と呼ばれるだけあって、魔族ジェマは魔法の技術に長けている。ありのままの自然と精霊の営みを愛し、都会を敬遠する妖精族セイエスとの大きな違いだ。


 こんな樹海の奥でこんな最新鋭の魔法技術を目にするなど思ってもみなかったシャーリーアは、自分たちを先導して歩く謎の人物に強い興味を覚えていた。

 さらに続く小道を数分ほど歩くと、目の前に一軒の家が見えてくる。木造りで、想像していた以上に大きくしっかりとしていた。人の踏み込まない樹海を歩いていたら、目の前にログハウス風ペンションが現れた、みたいな唐突感だ。


「ここが私の家だ。広くはないが……寝る場所くらいは作れるだろう。入ってくれ」

「おゥ、助かるぜ!」


 家の造りの丁寧さを観察していたら、ステイが遠慮もなく家に入ろうとした。幼馴染みの非常識な言動に慌てたシャーリーアは、急いで彼の袖を鷲掴みにして注意する。


「君には遠慮ってモノがないんですか!?」

「なんでだよ。入れって言ってンだから、遠慮するほうが失礼じゃねーか!」


 とんでもない理屈に神経を逆撫でされて、苛々してくる。

 警戒とか用心以前の、社会人としてのマナーやモラルはどうなっているのか。


「まるで木の根元に常識を置いてきたような思考ですね!? 家主が入る前に土足で踏み込むなんて無作法、どんな国でも場所でも許されるわけないでしょう?」

「細けェ! 小姑かよ!?」

「いつから君と僕は親族になったんですか!」


 ついつい火がついてしまうのは悪い癖、と理解しつつも、ステイを前にすると調子が狂いっぱなしのシャーリーアだ。騒々しい客人に気分を損ねることもなく、カミィは夕染めマゼンダの双眸をわずかに細めて小さく笑う。


「仲がいいのは良いことだが……手の内にある物は大切にしたほうがいい。当たり前が永遠に続く保証など、どこにもないのだから」

「…………」


 意味深な言葉を向けられて思わず押し黙ったシャーリーアの隣で、ステイが怪訝けげんそうに首を傾げた。


「何だソレ」

「年長者からの教訓たわごとさ。ほら、早く入らないか。扉が閉められないだろう」


 彼が何かを伝えたかったのか、それとも気を逸らして喧嘩を止めるつもりだったのかわからないまま、シャーリーアはステイとともに扉の中へ押し込まれた。その後からエアフィーラがためらうリティウスの手を引いて入り、リーバ、ニーサス、モニカと続く。姿の見えないクロノスは鏡の中だろうか。

 玄関口は広く、靴を脱いで上がる様式だった。大人数でワタワタしていると、奥から女性が出てくる。


「あら、カミィがこんなにお客さんを連れてくるなんて。明日は嵐かしらね」


 豊かに波うつ月色プラチナの髪、薄氷色アイスブルーの目の女性だ。扉の側で見守っていたらしいカミィが、ルイズ、と呼びかける。


「それとも月が落っこちてくるかしら?」

「冗談はやめないか。それより、彼らに飲み物でも出してやってくれ」

「はあい」


 微笑ましいやりとりの後、彼女は、状況を掴みきれずぼんやりしているシャーリーアたちに、にこと笑いかけた。


「無愛想なひとだけど、根は優しいのよ。安心して、くつろいでいってね」

「あ、はい、恐縮です。こちらこそ突然大人数で押しかけてしまい、申し訳ありません……」

「そこは気にしないでいいわ。久しぶりのお客さま、わたしも料理のしがいがあるというものよ」


 楽しげに応じて奥――おそらくキッチンへと戻っていった彼女を見送っていると、リーバが後方のニーサスにこそっと耳打ちしているのが聞こえてきた。


「彼は、どんな人なの? 悪い人でないというのはわかったけど」

「本人に聞いてみなさい、リーバ」

「……聞けるわけないって」


 実質ニーサスに返答を拒否されて、リーバは複雑そうな顔で黙り込んでしまった。シャーリーアは無言のまま、通されたリビングらしき部屋に視線を走らせて確かめる。

 中央に木製の大きなテーブルと、周りに同じく木造りの椅子。ステイやエアフィーラやモニカはすでに腰を掛けてくつろいでいて、ニーサスはリーバを椅子に促している。リティウスは立ったままで神経を張っているらしく、いまだ表情が固かった。


「お待たせ。どうぞ、まずは喉を潤してね」

「すみません、ありがとうございます」

「お、サンキュ!」


 キッチンからルイズが、アイスティーをトレイに乗せて戻ってきた。シャーリーアがグラスをみんなに回すのを手伝っている横で、真っ先に受け取ったステイは豪快に一気飲みだ。


「くっはー、おかわり!」

「おかわり、じゃないでしょう!」


 まだ全員に行き渡ってないのに、と喉元まで出掛かったが、辛うじて飲み込む。何を叱られたかわからない、という顔で首を傾げている幼馴染みから空のグラスを取り上げて、シャーリーアはため息をついた。


「こんな失礼千万な奴に紅茶など勿体無いので、水をいただけますか?」

「何だよ、美味いものおかわりって言って何が悪いんだよ!?」

「君は黙っててください」


 ルイズはそれを楽しげに見ていて、グラスにアイスティーを注いでくれた。シャーリーアにとっては頭の痛いステイの言動も、彼女から見たら子供のやんちゃに見えるのかもしれない。……それはそれで、どうかと思うが。

 そんないつものやり取りをしていたら、カミィが部屋に入ってきた。


「まあ、それがおまえたちの友情なら口出しは不粋だな。ところで、ペンダントだったか……海歌鳥セイレーン同胞きょうだい。どこで落としたかは覚えているのか?」


 何かあらぬ誤解を受けてしまった気がするが、訂正できる流れでもなかった。話を向けられたエアフィーラがガタンと勢いよく立ち上がり、カミィの側へと飛んでくる。


「飛空船の上から落としてしまったので、正確な場所はわからないのですぅ」

「そうだろうな。とりあえず、形状と大きさを教えて貰えるか」

「はい……」


 エアフィーラは泣きそうな顔で、手渡されたノートにそれを丁寧に描いてゆく。警戒心をむき出しにしてその様子を睨んでいたリティウスが、不意に顔を上げて壁のほうへ視線を走らせた。


「……話し声がする」

「人がいるんだろ?」


 ステイの身も蓋もない返答に、リティウスの尻尾がヘタリと落ちた。彼の気持ちが痛いほどにわかったので、シャーリーアはそっとリティウスに声をかける。


「そういえば、何人でお住まいなのか聞いていませんでしたね」


 獣人族ナーウェアは通常の人型であっても、他種族よりはるかに鋭敏な感覚を持っている。彼の聞こえているがどんなものかはわからなかったが、全容が見えない状況というのは不安を引き起こすものだ。


 自分たちはニーサスの知り合いであること以外に、カミィについての情報を持っていない。

 しかし、リティウスにとってはニーサスも得体の知れない半精霊に違いないのだ。何も疑っていないステイやエアフィーラより、彼のほうがよほど普通の反応だと思う、シャーリーアなのだった。



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