7.運命は惹かれあう

[7-1]ニアミスと再会


 白毛のオオカミ姿に変身チェンジしたパティロを先頭に、フォクナーの痕跡を探しながら森の中をゆく。はじめこそ、足跡や潰れた下草を見つけては確認し合っていた一行も、時間が経つにつれてだんだん無口になってきた。


 フォクナーは自分が通った痕跡を隠すような細工は一切していなかったので、跡をつけるのは容易かった。とはいえ、追跡するのはとんでもなく骨の折れる作業だった。

 ただでも進みにくい森の中を行ったり戻ったりとぐるぐる回った果てに、ようやくその姿を発見できたのは、日も傾いて薄暗さが広がってきた頃合い。面倒を起こした張本人は無防備にも、満開に桜咲く大樹の下で、腹に金色の小型獣を乗せて熟睡していた。


「あー、チェアリーだ!」


 鼻面を上に向け、パティロが嬉しそうに声を上げる。


「チェアリー……って、幻のモンスターじゃねえ? へえ、はじめて見たなぁ」

「うん、チェアリーがあるってことは、ぼくの村はもうすぐそこだよ」


 森で迷子になってから、海賊にさらわれ、死神の暗殺者アサシンや城での事件に遭遇し、ようやくここまでやって来たのだ。パティロの気持ちが浮き立っていることは、テンポよく揺れる尻尾に現れていた。

 それを見て、ギアは安堵したように表情をほころばせる。


 ヒラヒラと舞い降りる桜の花弁には、よく見ると小さな手足がついていた。確かに、一般的な山桜ではなく魔物モンスター樹なのだろう。印象としては精霊に近い気がするけれど、とラディンは思う。都会に住んでいると魔物を見る機会はほとんどないので、精霊のほうが身近な存在なのだ。

 物珍しさもあってついつい観察にのめり込んでいると、パティロが不意にクンクンと鼻を鳴らしながら樹の周りを回り出した。


「どしたの? パティ」

「んー……、あのねぇラディン、なんかね、シャーリィたちがここに居たみたいだよ?」


 一瞬、意味をつかみ損ねて沈黙が落ちる。

 声を上げたのは、ギアとラディンが同時だった。


「シャーリィが!?」

「何ィ、シャーリィだって!?」


 思わず駆け寄りパティロと一緒に地面を覗き込んだものの、下草がヘタっている程度の見分けしかつかない。狼の獣人族ナーウェアであるパティロのような嗅覚を人間族フェルヴァーは持っていないのだ。


「アイツら、もしかして同じ調査をしてるのか……?」


 ぶつぶつと呟きながら考え込むギアの横で、突然に小柄な影が身を起こした。気づいたラディンが何かを言う隙もなく、その小柄が威勢よく声を上げる。


「いけぇ雷獣ライレットのにいちゃん、アレが諸悪の根源ナナメキズニキだッ!」

『おぅヨ!』


 声と同時に飛んできた電撃を、ギアは無言で剣を振るい叩き落した――正確には剣身に吸い込ませた。鋼鉄製の長柄剣はパリパリと帯電したが、それも一瞬だけ。ちぇ、とフォクナーが不満げな声を漏らす。


「誰が諸悪の根源だ。おまえだろが」

「よっ、アニキかっくいい」

「誤魔化すんじゃねぇよ」


 褒めて逃げる作戦は失敗したらしい。素早く動いたギアがフォクナーの進行方向に回り込み、小さな身体を抱え上げる。わぁわぁと騒ぎながら逃げ出そうと暴れる諸悪の根源を、もう二度と逃すかとでも言わんばかりにがっしり抱え込んでいる。


『なにアレ? フォクのオヤ?』

「うんー……保護者?」


 雷獣ライレットに聞かれたラディンは、迷った末に無難な答えを返してみた。たぶん当人たちは否定するだろうな、と思いつつ。

 フンフンと頷きながら首を傾げた雷獣ライレットは、キラキラ光散る雷色の瞳をラディンに向け、言った。


『でよ、トゥリアのコ。トーカツシャだめだめだからサ、ラヴァトゥーンサマに会っとけヨ。セイジュウサマが頼んでくれたってサ』

「…………え?」


 脈絡のない伝言が不意打ちすぎて理解できず、どういうこと、と聞き返そうとしたが、いつの間にか隣に来ていたロッシェにぎょっとして思わず言葉を飲み込んでしまった。

 彼は細い目でラディンを一瞥いちべつすると、雷獣ライレットに問いかける。


「君たちは、彼女を個人的に知ってるんだね」

『おぅサ。同じ森の出サ、くわしくはセイジュウサマに聞いたらサ。オマエあした日の出の時間にここに来ナ』


 雷獣ライレットはそれだけ伝えたら満足したのか、ひらりと身を翻した。


『あばヨ、フォク!』

「あーっ、バイバイ雷獣ライレットのにいちゃん!」


 フォクナーはまだギアの手から抜け出せないらしい。名残惜しげな魔法少年に雷獣ライレットは光り輝く尾の先で挨拶すると、光の軌跡を残して木々の間に消えていった。

 ラヴァトゥーン様と、セイジュウ様。ラディンの中に意味の曖昧あいまいな単語だけが残る。それでも、『明日、日の出の時間にここへ』というのだけは間違いなく理解できたので、その通りにすればこの疑問にも答えが得られるのだろう。




 ***




 パティロの故郷、ムーナの村は、チェアリーの樹からそれほど遠くないらしい。

 人の姿に戻って服を着直し、村へと道案内をする狼少年の尻尾は、不安な内心を表してか落ち着きなく揺れている。霧は晴れ、人を迷わせる結界は解けた。けれど、獣人族ナーウェアの村が無事かどうか、現時点では不明なのだ。

 たとえ無事だとしても、別の悩みが持ち上がる。


「もうお別れ、なのかなぁ」


 パティロが言葉少なに呟く。はじめての外界で、怖さも寂しさも経験しただろう。

 けれど彼には、帰ることを素直には喜べない理由もできてしまった。


 短いようで、長い時間。

 友情を育むには十分すぎる時間だ。

 別れは、辛いことになるだろう。だからといって、この先も連れ歩いて起きるかもしれない全ての責任を負うことは、誰にもできない。雇用契約を結んだロッシェだって、パティロが村へ帰ることに反対したりはしないだろう。


 だから、この先どうするかはパティロ自身が決めるしかない。

 自分の行きたい道は、本人が選ぶしかないのだ。





「パティ!? パティじゃない!」


 さすがは耳聡い狼獣人ウェアウルフたちだった。森と村を分離する垣根を過ぎた途端、ラディンと同じくらいの女の子がすごい速さで駆け寄ってきて、パティロに抱きついた。


「おねえちゃん……、ごめんね」

「やだぁ、もうっすごい心配したんだからね!? おかしな霧で村からは出られないし、パティは行方不明だし、……もうっ今までなにしてたのよぅ」


 少女はわんわん泣きながら矢継ぎ早に質問を繰り出し、それを聞きつけた村人たちも集まってくる。人垣をかき分けて、若い夫婦が走り寄ってきた。


「パティ!」

「あ、とうさん……かあさん……!」


 銀毛の男性と、オレンジ毛の女性。この二人がパティロの両親なのだろう。抱き合って泣き出した妻子を見ながら、目に涙を浮かべた父親がギアに向かって深く頭を下げ話し出す。


「何か事件に巻き込まれたのだろうと思って、何度も外へ捜しに出ようとしたんだけど、村から外に出ることができなくて。村には魔法に強い者がおらず、打つ手もなかったんだけど、その霧が晴れたのがついさっき……もしかして、あんたたちが解いてくれたのかい?」


 ギアがちらとラディンを見る。どこまで事情を話すべきか迷っているのかもしれない。真剣な目でギアを見上げるパティロ父は人が好さそうだが、だからこそ巻き込むことはできない。ラディンはそっと首を横に振って見せた。

 困ったように眉を下げつつ、ギアはボソボソと答えて言う。


「俺が解いたってわけじゃねぇけど、魔法使える奴もいるから……精霊なだめたりして、何とか、な?」

「ありがとう! この恩は何としてでもお返ししなくては。もう日も傾きかけているし、今夜は泊まってくれたら嬉しいよ。歓迎するよ!」

「お、う、……助かるぜ」


 パティロの年齢からして実際に若いのだろうが、リアクションが素直過ぎて戸惑っているギアが面白い。考えなければいけないことは沢山あったが、この村での一泊を楽しみたいという気持ちも湧いてきて、ラディンの顔に笑みが上る。

 この村からチェアリーの樹があった場所までは近く、道も整えられていた。一人で行っても迷うことはないだろう。


 雷獣ライレットの言った『セイジュウ』……おそらく聖獣が具体的に誰のことかは、わからない。でも、もう一つの名が誰を示すかは思い出した。

 妖精族セイエスの王、光の王、ラヴァトゥーン。おそらく雷獣ライレットは、光闇の精霊王であるウラヌスには何らかの理由で協力を仰げないので、光の王を頼るようにと言ったのだ。

 きっと明日、日の出の時刻に、あの場所へ行けば、わかるのだろう。


 ラディンは一人で行くつもりだったが、今日のフォクナーの二の舞にならないよう、ギアには伝えておいたほうがいいだろうと思い直す。歓迎の宴が始まってしまわないうちに、そっと近づいて耳打ちし、物陰へ呼んで事情を伝えた。

 事情を聞いたギアは眉を寄せ、うーんと唸って考え込む。


「ロッシェの野郎が妨害してこないよう、俺も一緒に行ってやろうか?」

「んー、近くにいてくれると心強いかな。でも、会いにいくのはおれだけで。大丈夫、だと思う」

「そうか、偉いぞ」


 バシバシと肩を叩かれ、勇気づけられている気がしてラディンは嬉しくなる。

 不安な気持ちももちろんあるが、今は不思議と高揚感のほうが上回っていた。



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