[4-2]樹海の死神


 ところで、こんな話を知っているだろうか。

 世界に満ちる精霊たちは七大精霊王のもとで、世界の存在力たる魔力元素エレメントの安定に寄与し、魔法使いに力を貸している。


 七大精霊王とは、すなわち。

 炎、燃える深紅の翼を持つ者フェニックス

 水、流れる青流の鬣を持つ者リヴァイアサン

 風、煌めく蒼穹の鱗を持つ者トルネード

 土、満つる琥珀の瞳を持つ者ミッドガルド

 樹、聳える翠緑の梢を持つ者ユグドラシル

 氷、凍える氷晶の牙を持つ者フェンリル

 そして光と闇を共にいだく精霊王の統括者、姿無き者ウラヌス

 また、七大精霊王の中には数えられないが、時の精霊王クロノスの存在も確認されている。


 精霊王は属する魔力元素エレメントつかさであり、最上位の存在だ。その下に、上位精霊、中位精霊、下位精霊が存在する。


 上位精霊とは人と関わることがあまりない、さまざまな森羅万象を直接つかさどる精霊たちのことだ。

 目にする機会は精霊王よりなお希有けうであると言われる。


 下位精霊は様々な元素、現象の中におり、魔法使いが最も多く関わりを持つ精霊たちだ。

 簡単に交信できるが気まぐれで、大抵はさほど力が強くない。


 中位精霊は、一番交流しやすい精霊たちだ。本来の姿だけでなく人型を取ることもでき、人と契約を交わして守護者となることもある。

 感情豊かで強い魔法力を持ち、自分の意志でそれを行使することができる。

 最も大きな特徴として、彼らは精霊でありながら、人と愛し合うことによって人になることができる。永遠と変わらぬ寿命と引き換えて、子を授かる奇跡さえ与えられるのだ。


 精霊を親に持つ子はほとんど例外なく、特別な力をその身に宿す。

 人でありながら、精霊と似た特殊な能力を生まれながらに持っている。




 ところで、光の中位精霊にをつかさどる『トゥリア』という中位精霊がいる。

 長い金の髪と薄絹の光の衣、柔らかな金毛の獣耳と金色の瞳。その瞳は常に開かれてはいるが、めしいであると言われる。

 彼女らがるのは存在の外殻そとがわではなく、本心うちがわ。心を見抜くそのめしいた瞳の前では、どんな巧妙な偽りだろうと意味はない。


 真実の瞳トゥリアル・アイズを持つ精霊――、

 そんな彼女らのひとりと、恋に落ちた人間族フェルヴァーの若者がいた。遡ること二十年余り。ライヴァン帝国の若き傑物と呼ばれた、ディニオード公爵である。

 国王であった実弟でさえ、二人がどうやって出会い、関係を深めたのかを知らなかったらしい。当時の若い貴族たちの間で空前のシークレット・ラヴロマンスとして国際的に話題をかっ攫い、話題になりすぎてあっという間に廃れていった。




 こんな話を知っているだろうか。


 精霊の子はほとんど例外なく、特別な力をその身に宿す。人でありながら、人にあらざる異相とともに。

 それは翼にも、刃にもなり得る波乱の運命だ。


 精霊の子の特殊な力は、特殊な未来を引き寄せる。


 運命の歯車が回り出したのはいつなのかなど、いったい誰が知り得ようか。

 過去において、――――、




 ***


 


 この場で危険なのは、頭上からひらひらと降ってくるちっちゃな手足のついた桜の花びらではなく、ステイとエアフィーラの手によるお弁当のようだ。

 昔から体力バカで食あたりなど起こしたことのないステイと、理由が明らかではない特異体質で毒を無効化するエアフィーラの間で、いかにも虚弱そうなリティウスがどれほど苦労したかと考えれば、シャーリーアも他人事には思えない。


「それにしても、あれはどんな魔物なんでしょうね。それほど危険はなさそうですが」

「よく見ると可愛い顔してるしね」


 それは着眼点が違う。

 リーバのコメントにシャーリーアが突っ込んでいるうちに、ニーサスは意識を共有してリューンに聞いていたのだろう、伏せていた目をあげて柔らかく微笑む。


「植物系モンスターの一種で、チェアリーというそうだよ。攻撃性はないけど、眠りを誘う花粉を散らすからそれだけ気をつけてって。毒性もないから、下でお弁当を食べても差し支えないらしい」


 言われてみれば、そういう記述を以前に本で読んだ気もする。確か、幻のモンスターという注記があったはずだ。

 何となく思い立ってシャーリーアは、枝の先から若葉を数枚ちぎり取り、丁寧にハンカチで包んで仕舞い込んだ。もしかして、この入眠効果を何かに生かせるかもしれない。と思ったところでステイに名を呼ばれた。


「何ですか、今作業中――」

「おまえ体弱いからな! 特別ヘルシーな素材のヤツ選んでやったぜ」


 文句を言おうとしたらサンドイッチを差し出され、思わず返答に詰まる。が、お礼を言おうとしたところで。


「ま、好き嫌い言ってやがるからサッパリ体力つかねーンだろけどよ。ここで倒れられてもナンだし、オレ様が気を利かせて……痛てててッ耳引っ張ンじゃねー!」


 ひと言余計だ。無言でステイの耳を摘んだまま、シャーリーアはサンドイッチを口に詰め込む。確かに危険な素材は使われていないようだが、もう素直にお礼を言う気なんて失せてしまった。


「いってーなッ! おまえ、人の親切をアダで返すなよな!」

「君はいつもひと言多いんです。まったく、態度はでかいし声もでかい、親切なようで恩着せがましい! 恥ずかしくないんですかッ」

「ヒトのこと言えンのかよ、この偏屈王ッ!」

「ハァ!? 君が考えナシ過ぎるだけでしょう?」


「スト――ップッですわ!」


 よどみなく続きそうな夫婦漫才にタオルを入れたのは、エアフィーラだ。

 彼女は二人の間に割り込むと、大きな瞳を潤ませてじいぃっとシャーリーアを見つめる。


「シャーリィさん! 食事は仲良く取らなきゃ悲しいですうぅ」

「うっ……すみません」

「ね? 仲良くいただきましょう?」


 泣き落とし特化なこの潤目をどこかで見たことがある、と思う。パティロ……いやルインかもしれない。

 タジタジになっている間にステイは食事に戻ってしまい、笑顔で念押ししてから彼女も自分の席に戻って行った。えも言われぬ敗北感に立ち尽くしていると、隣にリティウスがやってくる。


「……致死性のあるものは、さすがにエフィも食べないんだが。……でもステイは頼りにならないし。……余り丈夫でもないから……調べる癖がついて、知識ばかり無闇に増える」

「……お気持ちお察しします」

 

 何だこの親近感シンパシー

 無言で視線を交わしわかり合ったつもりになっていたら、いつの間にか食べ終わったらしいステイがグイグイと割り込んできた。


「シャリーはどこに向かってんだっけ?」

「貴石の塔の周辺捜査ですよ、言ったじゃないですか。僕らのことより、君たちはどうするんです? 本気でこの樹海を掻き分けて、ペンダントを探すんですか?」

「それなんだけどさー」


 こちらが本題だったのか、ステイはエアフィーラから見えないように背中を向け、シャーリーアの耳元に囁いた。


「おまえさ、サーチとかそんなカンジのヤツ使えねえ?」

「捜索……魔法ですか? 無理ですよ。第一、形状がわからない物は探せないんですってば」

「じゃさ、パーフェクトイリュージョンとか」

「偽物を作ってどうするんですか。そんな高位魔法使えませんし、ソレだって形状がわからないと……」


「お二人で何を話してらっしゃいますぅ?」


 にゅうと横から割り込んできたエアフィーラに、ステイが飛び上がる。


「おっおうエフィ! このチキン旨いなっ!」

「それはチキンじゃなくてリザードですわ。それよりあのペンダントは母に貰った大切な物なんですぅ! お時間ないのならエフィを置いてっても構わないですっ!」

「……そんな話はしてないだろう」


 リティウスが困ったように彼女の頭をぽんぽんと叩くと、彼女はじわじわと涙ぐんでしまった。今度はさっきと違う本気の涙なのだろう、ステイは決まり悪そうに肘でシャーリーアをつつく。


「ほら泣いてるだろ。何とかしろよ」

「無茶振りやめてくださいよ……」


 こんな場面で矛先を向けられても本気で困る。


「ねえねえどうしたのー?」


 結局モニカと他全員が集まってきてしまい、エアフィーラは慌てたように目をこすって笑った。


「いやぁですぅ! 皆さんそんなに心配してくださらなくてもっ、大丈夫ですわ!」

「んー……、クロちゃん何とかできないの?」

『駄目だよモニカ。魔法に頼ってばかりだと努力の二文字を忘れるよ。モニカが鏡で占ってあげるといいよ』

「もう、クロちゃんのバカ」

『んぁっ!? モニカ痛い痛いぃ』


 ミニ竜のままのクロノスからは素っ気ない言葉が返ってきて、モニカは頬を膨らませて彼の尻尾を引っ張る。リーバとニーサスは視線を交わし合って考えているようだが、下位や中位の魔法で解決できる問題ではなさそうだ。

 その雰囲気に慌てたのだろう、エアフィーラが両手をわたわたと動かして叫んだ。


「本当、本当にいいんですってばっ! 自分で探しますう! 時間はいっぱいあるからいいんですってばっ」

「しィッ!」


 突然ステイが静止の声を上げた。


「誰か来る」


 ぴくり、とニーサスの耳が動く。同じくリティウスの耳にも何かが聞こえたのだろう。二人の視線を追うように、全員が同じ方向を注視する。

 敵か、味方か。

 ヒトか、獣か。


 がさりと、草をかき分け現れた長身の影を見て、ステイの全身に緊張が走った。黒い衣、黒い髪に、先の尖った魔族ジェマの耳。――シャーリーアの心が、萎縮する。

 身の丈を超える大きさの死神の鎌デスサイズ。わきあがった恐怖感に全身が震えた。

 でも、アノ男デハナイ。


「……こんな場所で宴会? 変わった連中だな。道理で、魔物たちがここ数日騒がしかったわけだ」


 闇で染め抜いたような漆黒の髪を一つに束ね、黒いコートを羽織った魔族ジェマの男は、切れ上がった瞳で全員をぐるりと見渡し、ひと言そう呟いた。



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