[1-3]親玉を狙え


「きゃーッ! 怖いよーッ!」

「クロノス様、私にしがみつかれても……」


 中空に散開した顔付きブドウの迫力に、クロノスが怯えた声を上げてニーサスの背中にすがりついた。精霊王に盾にされてしまった半精霊は当然ながら困惑している。

 どちらも精霊だから大丈夫だろうと思っていた、その油断がまずかった。


「ニーサス、どうすればいい?」

「これは群集しているけど元は一個体だから、親玉を潰せばモニカを元に戻せるよ。親玉には手が――」


 リーバと話していたニーサスの所へ高速で飛んできた一粒が、彼にぶつかってぺシャリと潰れた。途端に、その場から半精霊の姿がかき消える。


「え、ニーサス!? うわッ」


 自分のほうにも飛んできた粒を避けながらリーバが呼んだが、ニーサスからの返事はない。粒はシャーリーアをも狙ってくるので、どちらも避けるのに必死だ。

 蜂のように飛び回る紫粒に翻弄されている二人を愉悦の表情で眺めながら、ブドウモニカがハッハッハと哄笑する。


「コチラは効果ありのようだな! 子分粒とぶつかり合うことで、貴様らは粒の中に取り込まれ我らの栄養素となるのだ! さあ、仲間を解放してほしくば貴様もサッサと仲間になるがいい!」

「それ、仲間になるしか選択肢ないよね!?」


 思わずツッコミと同時にスターロッドを振ったリーバが、一瞬のうちに姿を消した。ぶつかられるだけでなく、こちら側で潰しても結果は同じらしい……厄介な。

 クロノスの姿が見えないと思ったら、いつの間にミニ竜状態になったのか、樹上に隠れて震えている。

 時の精霊王としての権能で何とかして欲しいと思いつつも、何をしてもらえば打開できるのか冷静に考えるだけの余裕がなかった。


「フフフ、残るは貴様だけだ! オイ、どこへ隠れた!?」


 勝ち誇って高笑いしている隙に茂みの陰へ回り込み、シャーリーアは息を潜めて思考を巡らせる。どうやら獣とは違い、聴覚や嗅覚に優れているわけではないようだ。現状、モニカの五感を利用しているだけだろう。

 取り込まれた者は栄養素になる、ということは、あんなふざけた姿でも捕食系植物だということか。

 食うか食われるかの関係に説得も譲歩もない。早いところ三人を助けないと、文字通りこの樹海の養分にされてしまう。……でも、どうすれば。


(そもそも、あんな高速移動するモノを狙えって言ったって)


 弱点を知識で知ったとしても、無数に散開する粒のどれが親玉かなど、常人に見分けられるはずがないのだ。であれば範囲魔法で吹き飛ばすか焼き尽くすしかないのだろうが、取り込まれている三人にどんな影響が及ぶか不明な上、自分が扱える魔法に範囲の広い攻撃魔法はない。

 シャーリーアは元々、風属性だった。

 しかし、闇の王から生命力を分けてもらったとき、その影響で闇属性に変化したらしい。

 ライヴァン城で養生している時に闇魔法について調べはしたが、まだ全部を把握しているわけではないのだ――、


(――って、そうだ。闇魔法なら!)


 不意に思いつき、シャーリーアは手近にあった木の枝の、二股になっている部分を音がしないよう注意しつつ折り取った。伸びた先端を折って捨て、伸縮性のつる草を分かれたそれぞれの先端に渡すように結びつける。

 記憶を頼りに蔓を手繰り、花の根本に付いていた実を二、三個むしり取ってポケットに忍ばせた。

 子供が遊びで使うような簡易スリングショットだが、ブドウ粒を潰せるくらいの威力はある。あちらの視界に入らないよう慎重に位置どり、実を蔓に当てて小声で魔法語ルーンを唱えた。


「この者の弱きを我に示したまえ」


 闇魔法の初歩、【弱点看破ウィーク・ペニトレーション】。無数の粒の中に一つだけ、手のついた親玉が見えた。片目を瞑って照準を合わせ、両眼を開いて距離を測る。チャンスは一度。

 実を装填した蔓を十分に引き絞り、心の中でカウントして呼吸を整え、シャーリーアはパッと手を離す。


 風を切る音にブドウモニカがコチラを見て、その先にいた親玉が驚いたように動きを止めた。当たれ、と念じながらスローモーションのようなその光景を見つめるシャーリーアの耳に届いたのは、カツンと乾いた破裂音。

 失敗を悟り慌てて木陰に身を滑り込ませた彼を嘲笑ちょうしょうするように、ブドウモニカが笑い声をあげる。


「自分から姿をさらすとは、愚かなヤツめ!」


 悔しさに歯がみしつつ次の手を考えるも、まとまらない。あっという間に側までやってきて覗き込むブドウモニカに、シャーリーアは咄嗟とっさの判断でポケットにあった残りの実を投げつけた。驚いて悲鳴をあげる彼女を突き飛ばし、茂みから飛び出す。


「待て……きゃぁあ!?」

『モニカぁ! 元に戻ってよっ!』


 追い掛けようとしたモニカが悲鳴を上げて立ち止まった。見れば、樹上から降りてきたクロノスが彼女の背に生えている触手を引っ張っている。

 揉み合うふたり(?)の周りには、子分粒たちが集まってきていた。

 どうすればいいのか、何ができるのか。必死で思考をフル回転させながら辺りを見回すも、何も思いつかない。背後からザクザクと草を踏んで足音が近づいてくる。前と後ろを取られ、逃げ場すらない。

 これが絶体絶命というやつか。


 シュ、と耳元を風切音がかすめた。プツと何かが弾ける音に、シャーリーアは自分自身の終わりを悟る。

 願わくばクロノスが、事の次第をきちんとウラヌスに報告してくれますように――。


「きゃあぁぁあ!? クロちゃん、引っ掻いたー!」


 黄色い悲鳴が鼓膜をつんざき、ハッと我に返った。

 自分の身体に異変はなく、見える景色にも変化はない。モニカがミニ竜クロノスを両手でつかんで涙目で抗議しているのも、いつもの光景だ。


「……モニカ?」

『あぁぁん、モニカ! 良かったあぅ!』

「良くないもん! 女のコの顔に傷つけるなんて、クロちゃん最ッ低ぇ!」

 

 いつの間にかモニカが正気に返っている。クロノスが何かしたのだろうか、それとも……。

 恐る恐る振り返った視界に、背の高い影が差す。旅人が好む革製のブーツ、腰ベルトにはロングソード。軽装に革の部分鎧を身につけ、長い空色の髪を首の後ろで一括りにした――妖精族セイエスの若い男性だ。


「よォ、シャリー! こんッなトコで会うなんてな、奇遇ってか、むしろ運命的!? さすがオレ!」


 日に焼けすぎて浅黒い肌、キラキラ輝くライトブルーの目。そして相変わらずの、癇に障る話し方。

 あまりのことに、シャーリーアは言葉を返すことができなかった。


 色黒に見えるのは森の薄暗さのせいばかりではないだろう。

 前より一層日焼けしたように見える幼馴染みの悪友が、ナイフを片手で器用に放りつつニヤリと余裕の笑顔で、シャーリーアの前に立っていたのだった。




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