5.混乱の収束と新たな波乱

[5-1]怪鳥退治


 ギアが愛剣を取って中庭へ到達したころには、幾人かの騎士たちと国王やロッシェが怪鳥の周りに集まっていた。

 羽毛とタンパク質の焼ける嫌な臭いが、夜風に混じって流れてくる。

 見た目は鳥っぽいのに焼き鳥みたいな匂いにはならないんだな、とどうでもいいことを考えた。もっと毒々しい、身体に悪そうな臭いに思える。


「キギャアァァ! ギャアギャア!!」


 焼け焦げた翼を威嚇するように広げ、怪鳥が騎士たちを牽制している。窓の外に見たときも不格好な巨体だと思ったが、間近で見あげれば一層大きく不気味だ。


「ギョエァア!」


 ひと声上げて、シュンッと鞭のように尻尾が飛んできた。ドレーヌが国王を庇うように割り込み、尻尾は彼女の楯をかすって地面を抉る。コントロールは悪いが、意外に速い。


「陛下! お下がりください!」

「そうだ、陛下の身に万が一があったら大変だろう!」


 ドレーヌと、前線に合流したギアに相次いで怒鳴られて、フェトゥースは苦い顔のまま一歩後退する。彼の武器は刺殺に特化したエストック、巨大生物相手には分が悪いだろう。

 素早く視線を走らせ、状況を確認する。

 時間をかければどうにでもなりそうな相手だが、巨大化していても相手はコカトリス。石化効果のある嘴がかすっただけでも、大惨事になるのは予想がつく。

 接近戦は避けるべきだ。

 その時、闇を切り裂いて深紅の輝きが飛んできた。純粋な魔力でできた炎の矢が怪鳥を貫き、怒りのこもった絶叫が夜気を震わせる。


「イディ!?」

「フェト! エストックなんて効かないわよ、下がって援護をしたほうがいいわ!」


 声は頭上から降ってきた。国王の呼びかけに応じ、窓から身を乗り出したドレス姿の女性がこちらを見おろしている。確か、インディアという名の宮廷魔術師だったか。


「俺も同意だ、陛下。俺に考えがある、ドレーヌ卿や騎士たちを下がらせてくれ」

「わかった」


 言い返されるかと思ったが、国王は素直に応じて騎士たちに指示を飛ばす。怪訝そうなのはむしろ、騎士たちの方だ。

 何をするつもりだと問うような視線に、ギアはこれが答えだとばかりに長柄剣バスタードソードを掲げ、大声で魔法語ルーンを唱えた。


「我が剣に宿れ! 炎に棲まい、炎をまといし炎獣サラマンドラっ!」


 ギアはあまり魔法が得意ではない。それでも、場数をこなしているだけに他よりは使える魔法が多い。これを選んだのは、剣に炎魔力を付与し威力を上げるとともに、魔法によって作り出された生命を効率的に削るためだ。

 続けて今度は、風魔法を唱える。風の乙女シルフたちが呼応し、ギアの全身を風の魔力が取り巻いて空中へと浮かび上がらせた。


「何をする気!?」


 インディアがギアを窓から見上げ、叫んだ。

 ギアは吹き上げる風に前髪を煽られながら、燃える剣を振り上げて答える。


勇気の精霊ヴァルキリーを! お嬢!」

「……? わ、わかったわ!」


 彼女が唱えて振った杖の先から、赤光が伸びてギアの体に吸い込まれる。

 直後、ギアは、盛大な掛け声と共に全力で、長柄剣バスタードソードを怪鳥の左眼に向けて投げつけた。


「いっけえええー――ッ!」


 大声につられるように怪鳥が首を回しギアを見あげる。その目玉を貫くように、炎の剣は狙い違わず突き刺さった。


「ギャアァァア!!」



 咆哮とも、絶叫ともつかぬ叫びが夜闇をつんざく。その響きの余韻がまだ、消えないうちに――怪鳥の姿が白く石化し、崩れるように砕けた。

 破片が庭の芝生に散らばり、その真ん中にカードのような物が落ちる。後を追うように燃える剣がザッと地面に突き刺さった。


「成る程な、禁術の……ッて、うわぁッ!?」


 空中に留まったまま顛末を見届けていたギアの身体が、不意に重力に囚われる。自身に掛けていた【浮遊レビテーション】の魔法がかき消されたのだ。

 インディアが短く悲鳴を上げる。

 ここは城の二階より遥かに高い位置。落ちたら死ぬ、冗談じゃない。


「オイちょっと待て落ちるなッ!」


 焦りすぎて魔法語ルーンも吹き飛んだデタラメな要求を、それでも風乙女シルフたちは聞き届けてくれたようだ。寸前で落下速度がゆるみ、ギアは転がるように着地すると急いで立ちあがった。


「まだ誰かいるのか!?」


 皆の思いを代弁するようにドレーヌが威嚇したが、返る答えはない。

 十分に警戒しつつ、ギアは地面に刺さっていた愛剣を抜き取って剣身を観察する。血糊も体液も付着しておらず、残っているのは土と芝生の欠片ぐらいだ。


「大丈夫かい、ギア殿!」

「ああ、……ええ。陛下こそ大丈夫ですか?」

「私は何も問題ないよ。客人たちにも怪我はない」

「それは良かったです」


 国王の顔色は青ざめていたが、見たところ大きな怪我などはない。回復の援護といえば魔法による治癒ヒールだろう。立て続けに魔法を使った疲労がうかがえた。

 この襲撃がもし国王を狙ったものなのであれば、一番警戒すべきなのは今この瞬間なのだが、それらしき気配も姿も近くにはないようだ。

 視線を落とし、落ちているカードに目を向ける。

 金属製なのか光沢があり、刻み込むようにびっしりと奇妙な文字が書き込まれていた。ギアには読めない文字だが予想はつく。おそらく、禁術式と呼ばれるものだろう。

 ロッシェが歩き寄り、屈んでカードを拾い上げる。

 

「既製品だね。あの怪鳥を仕掛けてきた者が禁術使いとは限らないってことか」

「大丈夫なのかよ、ソレ触って」

「もう壊れちゃってるから、何の効果もないよ。残念だったねぇ、破壊でなく解体してたら、再利用ができたのに」

「物騒なこと言うんじゃねぇよ」


 不謹慎なロッシェにギアが思わず突っ込むと同時に、国王があきれたような目でロッシェを見て、言った。


「そういうこと言うんじゃないよ」

「……ごめん」


 肩をすくめて謝ったものの、反省の色はなさそうだ。やれやれと思う反面、ロッシェの気楽さからしてもう危険はないのだろうと、ギアは何となく思う。

 その予想を裏切らず、騎士たちが後始末に取りかかり国王たちが城内へ戻っても、謎の黒幕がこの場に姿を見せることはなかった。



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