[3-2]仮面と三日月


 逃げるようにホールを出たラディンは、自分の部屋には向かわず、シャーリーアが休んでいる部屋へと足を向けた。後ろからトテトテとパティロがついてくる。


「パティ、……勝手に雇われたりしちゃ駄目じゃん」

『ごめんねぇ、怒ってるのぅ?』

「怒ってない、怒ってないけどっ! お城だからって、悪いこと企んでる人がいないなんて保証はないんだからさ」


 会場の空気を離れて緊張が解けた途端、どうしようもないモヤモヤが胸の内を埋め尽くしていった。ハッキリ言葉にできないのだが、胸がざわつくのだ。

 怒ってはいないが、イライラが口調に表れてないかと言えば自信ない。


『んー、ぼくはあの人、コワい人じゃないと思うよぉ』


 のんびりとした口調でパティロが答える。ラディンは歩く速度を少しだけゆるめ、尻尾を揺らしながらついてくる仔オオカミに視線を向けた。


「パティは怖くなかった?」

『うん、怖くなかったよぉ。声も優しいし、色も似てて好きー』

「……そっか」


 当てにならないような感想を述べて、パティロはにぱぁと笑う。完全にオオカミ形態でも笑顔って作れるんだなと、ラディンは妙な部分で感心してしまった。

 海賊船では泣くほど怯えていた彼が怖くないというのだから、少なくとも子供を萎縮させるような威圧感はなかった、ということか。そうだとしたら、この漠然とした不安感は『真実の目トゥリアル・アイズ』に由来するものだろうか。


 考えながらたどり着いた先の扉を開けようとして、ふと思いとどまる。軽くノックをしてみれば、中から声を抑えた返事が聞こえた。

 大きな音がしないようそっと開けると、ベッドに身を起こした姿勢で本を読んでいたシャーリーアが顔を上げる。リーバはベッドに突っ伏すようにうたた寝をしていて、肩の辺りに薄い毛布が掛けられていた。


 予想に反して寝ていたのはシャーリーアではなくリーバだったが、どちらにしても起こしてしまわずに済んだようだとラディンはこっそり安堵する。

 パティロを招き入れ、扉を閉じる。ホールのざわめきもここまでは届かない。

 

「どうしました? ラディン」


 眠るリーバを気遣ってか、ささやき声でシャーリーアが尋ねた。ラディンはベストを脱いでその辺に掛け、空いている椅子に腰掛ける。


「あのさ、シャーリィ。ちょっと意見聞きたいんだけど」


 シャーリーアに倣ってラディンも声を潜めつつ、ラディンはさっきの出来事をかいつまんで説明した。パティロを雇うという話は冗談だろうと思うが、その裏に何かの意図が隠されているように思えてならない。

 ロッシェ=メルヴェ=レジオーラ。名前からして、貴族の一人に違いないだろう。

 ラディンはいわゆる上流階級の人々について全くと言っていいほど情報を持たないので、彼がどういう身分や立場にあるか想像もつかない。ただ、話しぶりや印象が国王とどこか似ていて、それが気になったのだ。


 偽りの笑顔――、国王に会ったときに感じた印象はソレが強かったが、ロッシェという人物も同じように感じた。

 何を考えているのかわからない。

 もしかしたら、彼が自分の出自を知っていて近づいてきた可能性だってある。という予測は、シャーリーアにも話すわけにはいかなかったが。


「どうしても、嫌な感じが拭えなくて。つい逃げてきちゃったんだけど、おれの考えすぎかなぁ」


 いくらシャーリーアでも、会ったことのない人物について意見を聞かせろと言うのは無茶ぶりだ。そうは思いつつ、聞かずにはいられなかった。

 

「そうですね……。先方が言う僕への貸しについては、ひとまず置いておくにしても。元から国王陛下は、その依頼とやらのために我々を招聘しょうへいしたのでしょう。ライヴァンの国王が自分で解決できない問題を抱えているのは間違いありません」


 ラディンとパティロを交互に見つつ、シャーリーアは考えを巡らせるようにゆっくりと言葉を続ける。


「正直、ラディンの話だけでレジオーラ氏の意向を汲むのは難しいですが。本当に欲しいのは娘さんのではなくである、とも考えられます。何らかの襲撃もしくは討伐を想定して、信頼性の高い戦力を求めているのかもしれませんね」

「ほぁ……。シャーリィは凄いな」


 まさかここまで深い洞察が返ってくるとは。

 本気で感心して思わず口にしたら、シャーリーアはキョトンと目を丸くしたあと、照れたようにふいとそっぽを向いてしまった。


「あ、あくまで……根拠のない予測です。いずれにせよ、ラディンの直感が何かあると告げているのなら、ソレを念頭に置きつつ対応するのがいいと思いますよ。事前にアレコレ策を練るより、臨機応変に動く方が君には向いていると思いますし」

「そか。……ありがと、シャーリィ」


 これで何かがわかったというわけではないが、ラディンは胸中のつかえが軽くなった気がした。確かに、不確定な要素を思い悩んでも仕方ない。

 向こうの意図がわかったときに、改めて考えればいいか。

 そう思い切ったら気分が軽くなった。横目でこちらを見ていたシャーリーアも、安心したように表情をゆるめる。


「いい顔ですよ。君は脳天気なくらいがちょうどいいかと」

「何さそれ」

「褒めてるんですよ?」


 やり取りがおかしかったのか、パティロがオオカミ姿のままくすぐったげに笑っている。シャーリーアの毒舌が復活したのは、彼の調子も良くなってきたということだろう。

 ――というか、自分のことに夢中で肝心のことを忘れていた。

 パティロに服を着させるという目的を今さらになって思いだし、ラディンは慌てて立ちあがった。

 椅子がガタッと音を立て、突っ伏していたリーバが身じろぎする。


「……にあ?」

「あっ、ごめん!」


 シャーリーアに咎めるような視線を送られて、慌てて謝るも時遅しだ。ラディンは急いでパティロを抱きあげ、頭を下げた。


「おれ、パティに服着させてくるよ! ごめんねリーバさんっ」

「……だれ?」

「誰って……ラディンですよ?」


 今度こそ足音を忍ばせて部屋を出る背中に、寝ぼけたようなリーバとため息交じりのシャーリーアの会話が聞こえてくる。

 リーバは寝起きというのもあるのだろうが、普段と違いすぎる格好にラディンを認識できなかったようだ。


「結構似合ってるんじゃないですか、……ね?」

「うん?」


 はたで交わされる自分への評価に気恥ずかしさを感じつつも、二人の穏やかな会話を聞き流して、ラディンはパティロを抱えたまま客間へと急いだのだった。



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