[2-2]国王陛下からの依頼


 部屋の扉が控えめに叩かれ、ギアがつられるように視線を向ける。城付きのメイドたちの案内で朝食を終えたあと、全員でシャーリーアの部屋に集まっていたところだ。

 扉の近くにいたラディンが立って開けるとそこには、きちんとした身なりの若い男性が女性騎士をともない立っていた。


「国王陛下?」


 驚いたようなギアの声に、ラディンはじめ部屋の全員が来訪者の身分を知る。かといって、慌ててかしこまるような者もいないのだが。

 印象としては、育ちの良さそうな、そして人の好さそうな青年――といったところだろうか。大帝国の王と聞いて浮かべるイメージとはだいぶ違うように思った。


「やあ、こんにちは。私はライヴァン国王、フェトゥース=ロ=ラルヴァザート。酷い怪我を負ったと聞いたんだが……元気みたいだね。それは良かった。ところで、少し入ってもいいかい?」


 彼はひと息にそこまで言葉をつなぎ、開いた扉から室内へスルリと入ってきた。呆気にとられて固まっていたギアが、エリオーネにつつかれて慌てたように立ちあがる。


「陛下、報告が遅れまして。……えーっと、そろそろ伺おうとは思ってたんですが」

「それは構わないよ。君たちも大変だったようだし、事情はジェスレイから聞いているからね。事の次第については後ほど報告書を提出してくれればいいよ」

「そ、そうですか。感謝します」


 ギアがいつになく狼狽ろうばい気味な理由には、相手が国主であるからというだけでなく、傍らに控える女性騎士が口元をひき結んで睨み据えているからというのもあるだろう。別に怒っているわけではないのだろうが、不機嫌そうに見えるため圧が凄まじい。

 国王陛下はそう言っているが、彼女としては自分たちの非礼を快く思っていないのかもしれないし、逆に国王陛下の言動をとがめたいのかもしれない。


 チラリとエリオーネに視線を送れば、彼女は肩をすくめてみせた。ここはギアに任せておきましょ、という意思表示のようだ。

 彼はリーダーでもあるし、それが一番いいだろう。ラディンもそう思い、そのまま入り口の側で経過を見守ることにする。


 ギアが空いた椅子を国王に勧め、もうひとつ出してきて付き添いの騎士にも勧めた。国王はすぐに応じたが、女性騎士の方は立ったままでいることにしたようだ。

 ベッド周りではパティロが白毛の狼耳をピンと張って大人たちのやり取りを眺めていたが、彼が腰掛けたのを見てそろそろと近づいてきた。


「おにいさん、王さまなのぅ?」

「そうだよ」

「わぁー、すごーい」


 きんいろの目を見開き、ローテンポで感動の声を上げる。つられたようにフォクナーが立ちあがって叫んだ。


「すっごいじゃん! ソレ! ボク、アトでサインもらお」

「ボクも、ほしいなぁー」

「おまえらなー」


 当の陛下は気分を害した様子もなくニコニコしているが、女性騎士の眉間にはシワが刻まれ、ギアが額を押さえて嘆息した。


「礼儀と作法ってヤツをわきまえろ」

「なんでさ。あ、お返しにボクのサインもあげるよ」


 得意げに言って国王のほうへと走り出そうとするフォクナーをギアは捕まえ、パティロを視線で呼び戻した。その様子を楽しそうに眺めながら、国王は首を傾げる。


妖精族セイエスが三人なんて、珍しいね。それに、そこの魔族ジェマの彼、もしかして、」


 国王の視線にロックオンされ、びく、とルインの肩が震えた。引きつった頬が聞くのを拒否しているとラディンは気づいたが、彼が何を言おうとしているかまでは判らない――、


「グラスリード王国のルイン=コーデン=オーガスト王子じゃないかい?」

「ちちち違いますうッッ――!!」


 その台詞の意味を皆が把握し切れていないうちから、ルインはいきなり立ちあがり、全身で国王の言葉を否定した。

 そしてそれが逆に問いを肯定してしまったのだと、数秒後に気づく。


「……王子?」


 拍子抜けしたようなギアの呟き。

 グラスリード王国は世界地図の南東に位置する島国で、年中寒く、リンゴと酒が美味しいというので有名な国だ。ライヴァン帝国と直接的な国交はなかったように思う。

 パティロ、モニカ、フォクナーはともかくとして、リーバやシャーリーアも別の意味で目が点になっている。

 エリオーネが皆の思いを代表するように、言った。


「確かに、世間知らずで金持ちだからいいトコの出なんだろうとは思ってたけど――王子っていうには威厳のカケラもないんじゃない?」

「あ、ひどいっ」


 辛辣な評価に涙目になるルインに、そんなだからだよ、と言ってやるべきか思案して、ラディンは言わないことに決める。むしろ追い討ちになりそうだ。

 何はともあれ、ルインの出自を聞けばあのハイスペックな魔法剣にも納得である。王位継承権第一位の王子がこんなところで何をしているのか――は、ともかくとして。


「やっぱりそうだったんだね。時間があればゆっくり歓談したいところだけど、それはまたの機会にするとして。本題に入らせてもらうよ」


 国王当人もそこを追求するつもりはないらしい。独自に情報を掴んでいるのかもしれないが、それはまた別の話、ということだろう。

 彼は一同を見渡し、聞く姿勢になっているのを見届けてから、口を開いて言った。


「君たち、私からの個人的な依頼を受けてくれないかい?」


 突拍子もない発言ではあるが、意外ではなかった。事前にラディンや、おそらくギアも抱いていただろう悪い予測に比べれば、むしろ穏当であると言えるだろう。

 ギアは顔色を変えることもなかったが、女性騎士のほうは看過できなかったらしい。


「何を仰るのです、国王陛下! 雇用規定を無視されては困ります」

「城の求人じゃないよ。これはあくまで私個人の、冒険者である彼らへの依頼だ」


 桜色の双眸がほんの少しだけ細められ、何かを訴えるように女性騎士のほうへと向けられる。彼女は困ったような表情で口をつぐんだようだった。


「冒険者への依頼、と言いますと? つまり傭兵として雇いたいというのではなく、何か解決して欲しいことがあるというわけですか?」


 ギアが確かめるように問う。

 そういえば、ラディンが彼と会ったきっかけは酒場の傭兵求人だった。なるほど、ギアは城側が雇い入れようとしている、と考えていたのだろう。

 国王はギアの返答に目を輝かせたようだった。上機嫌を声音に乗せて、答える。


「そういうことだね。でも具体的な内容については、君たちが良い返事をくれるかどうかによるよ。これ以上は話せないな」

「そんなの困るわ」


 エリオーネが眉を寄せる。ギアもしかめっ面で腕組みをして考え込んだ。


「情報が少なすぎて、判断つけがたいな。国王陛下、そんな条件じゃ我々だけでなく、誰も依頼を受けようなんて思わないのでは?」

「そうかな。私の身分ははっきりしているし、関係する情報は国家機密級が多い。気軽に口外できるものじゃないよ。それに――」


 勝負あった、みたいな得意げな顔で、国王は言葉を続ける。


「こんなこと言いたくはないけど、城の客間や魔法使いを貸してあげた分くらいは請求しても、いいよね?」


 想定内とはいえ、痛い所をついてきた。さっと蒼ざめるシャーリーアを瞳だけ動かして見やり、ギアは不敵に笑う。


「解りました、国王陛下。それほどに我々を買ってくれているとは光栄です。ですが、シャーリーアもようやく回復したばかり。一晩だけ考えさせてくれませんか?」


 国王は少し考えたようだった。控えている女騎士を見やり、彼女が怒っているというより呆れている様子なのを確認して、視線を戻す。そして柔らかく笑った。


「その返事は脈ありと考えていいだろうね。良い返事を期待してるよ。それと今夜、簡単な歓迎の宴を開くつもりだから、ぜひ出席してくれたまえ。君たちの部屋も人数分用意させたから、ゆっくり休むといいよ。それじゃあ、また」

「陛下」


 またもひと息に言いたいことを告げ、立ちあがって去ろうとする国王を、ギアが唐突に呼び止める。

 扉の外へと踏み出しかけていた国王が振り返る。

 瞳に剣呑な光を揺らし、ギアは尋ねた。


「陛下こそ、俺たちがかたりの冒険者だったら……どうするんです?」


 恐ろしい響きを持つ彼の台詞に、思わずラディンは二人を見た。これはきっとアレだ。わざと不穏なことを言って、陛下の出方を試すつもりに違いない。

 国王とギアは一瞬見合い、国王が表情を崩して口を開く。


「それはない。君たちは信用できるよ」

「どうして、断言できるんです?」


 動揺もなく言い切られ、ギアがわずかに気圧されたようにも思える。そう見えるほど、国王の口調に迷いはなかった。


「君たちには実績があるし、ルイン王子のように――身分のハッキリした者もいる。それに、ジェスレイの人を見る目は信用できるよ」


 それだけ言ってにこりと微笑み、国王は来た時と同じように女性騎士をともなって、スルリと部屋を出て行ってしまった。

 扉がパタリと音を立てる。

 閉じた扉の前で、ギアだけでなく全員が、うまく言葉を見つけられずにしばらく立ち尽くしたのだった。


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