[2-3]味方か敵か
「てめえ……
「何ソレ、海賊が仲間ですって? ……面白いこと言うのねぇ」
悔しげに呻く海賊の言い分を、彼女はカラリと笑って切り捨てた。
「あんたたち、余所から来てウチのシマを荒らしてんじゃない。でも、あんたみたいな下っ端なんか、ヤったところで旨味もないものね。だから」
陽気だった彼女の声が、ワントーン低くなる。
「今日のところは見逃してあげるわ。あたしの気が変わらないうちに、行っちゃいなさい」
「クソッ、横取りかよ……覚えてやがれ!」
男が本当の下っ端だったら、彼女の脅しを本気では受け止めなかったかもしれない。しかし彼は、
悔しげに吐き捨てた敗北宣言を聞くと、彼女は紐をゆるめた。
ラディンはつい身構えたが、海賊は夢中で彼女を振り払うと脇目も振らずに逃げていったのだった。
そうして後には、ラディンとルイン、魔物らしき少女と喋る羽根付きトカゲ、黒い女性が残される。
ルインが問うような視線を寄越していたが、ラディンは海賊が去っても動けずにいた。
明らかに裏稼業のプロと思われる彼女がどんな狙いで介入し、自分たちを助けてくれたのかがわからない。
海賊が言ったように、彼女の狙いも背後の少女……という可能性だってある。
そんなラディンの戸惑いを知ってか知らずか、彼女の目がこちらを見た。
影に溶けるような闇色の髪は、綺麗に揃えられたショートカット。小柄だが、妙齢だ。
光沢ある素材の衣服は黒で、胸元のみを覆うホルターネックのトップスとタイトなミニスカート、黒い革グローブとロングブーツに白い肌の対比が艶めかしく、目のやり場に困る。
紅を引いたような唇が弧を描き、紫色の瞳は値踏みするように自分たちを見ていた。耳は黒毛の獣耳、背には大きな皮膜の翼——
彼女が無造作に
近くに来ればますます際立つ背の翼だが、背丈は思った以上に低い。
「偉いわ、あんたたち。なんか誤解してるみたいだけど、あんな男の言ったこと真に受けるんじゃないわよ。あたしは純粋にあんたたちの勇気に感心したの」
その言葉が偽りではないと解って、ラディンはほっと息をつく。
怯える子犬のように彼女と自分を見比べていたルインに目配せし、背後を振り返れば、モニカは緊張の糸が切れたのかその場にへたり込んでいた。
ルインが慌てたように走り寄っていったので、そちらは任せることにして、ラディンは女
「ありがとう。危ないところだったので、助かりました」
お礼の言葉に彼女は口元に笑みを浮かべたが、すぐに表情を取り直して細い眉を寄せた。
「でもねぇ。敵わない相手に向かっていくのは、褒められたことじゃないわ」
「それは、反省してます」
ギアの警告に従わなかったのは失敗だった。自覚はあるので、素直に謝る。
でもでも、とルインが声をあげた。
「ギア呼んでたら間に合わなかったと思うし、仕方なかったよね……?」
「うん、それもそうなんだけど」
「ま、そういうトコ、嫌いじゃないから助けてあげたんだけど」
「あ、あのっ……」
割り込むように、ルインに支えられて立ちあがったモニカが声を上げる。
『さ、モニカ、お礼言うんでしょ?』
「わかってるよお」
「ほんとに喋ってる」
幻聴でも気のせいでもなかったようだ。銀色の羽根トカゲはどこかお兄さんぶるような口調で、モニカに話しかけている。
頭上のトカゲに言い返しつつも、モニカは改まったように両手を胸の前で組み合わせ、三人を見回して口を開いた。
「ええと、あのっ、ありがとうございました! ラディンさんとルインさんと……」
少し変わったヒレと触手を持つ以外は、人族とほとんど違いはない。青みがかったライトグレーのショートヘア、きめ細かい肌も人族と同じ色だ。
実年齢はわからないが、見た感じはルインと近い年頃に見える。
大きなオレンジの瞳をキラキラと潤ませて、モニカはぐいっと
「おねえさま……! すっごく、カッコよかったですうぅっ! お名前教えてください!」
「え? あたし?」
モニカの勢いに彼女は目を丸くしたが、やがて嬉しそうにくすくすと笑いだした。
「可愛いわぁ。お姉様、いいわねぇ」
初見の印象に比べ、ずいぶん気さくな女性のようだ。満更でもなさそうな彼女の様子に安心半分、心配半分。ラディンはルインと顔を見合わせる。
「あたしの名前はエリオーネよ。あなたは?」
「あたし、モニカ。エリおねえさま、お友達になってください!」
「うふふ、あたしもあなたみたいに可愛い妹なら大歓迎よ」
「やったぁー!」
目を輝かせるモニカと、楽しげな女性——エリオーネ。
なんだか口を挟む場面でもなくて、ぼうっと二人を観察していたら、モニカの頭上の羽根トカゲと目が合ってしまった。
「この子、何?」
ラディンの視線に気づいたのだろう、エリオーネがモニカに尋ねる。
問われた少女は首を傾げ、眉を下げて言った。
「実はあたしも、わかんないんです」
「……は?」
予想外の答えにエリオーネが目を丸くし、羽根トカゲは慌てたように彼女の前へぴょこんと頭をもたげた。
『鏡の精霊のクロです。エリオーネさん、モニカのこと、よろしくどうぞ』
魔法に疎いラディンは『鏡の精霊』なるモノが本当にいるのかどうかを知らない。
だからこれは、いつもの直感だ。
——ソレが、嘘だと。ラディンは解ってしまったのだ。
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