[2-4]路地裏の契約


 世界は精霊により成り立っているが、誰もが精霊を見ることができるわけではない。


 たとえ見えなくとも、定められた魔法語ルーンを唱えることで魔法は発動でき、このタイプは理論型という。

 これは金銭による取引とに似たところがあって、自分が費やした魔法力に見合う効果を期待できる。たまに発動ミスもあるとはいえ、暴走が起きることもまずない。


 それと対照的なのが、天才型と呼ばれるタイプだ。

 普通は見えない下位精霊をも見ることができ、会話もできる。魔法語ルーンによって発動させることもできるが、精霊との共鳴で直感的に魔法を発動させることもある。

 詠唱を省いたり、感情による高ぶりで魔法を暴走させるのは、大抵このタイプだ。


 ラディンは魔法職ではないが、精霊を見たり、会話することができる。両親とは違い魔法の素養は皆無だが、精霊との相性は魔法の素養とは関係がないらしい。

 だから、羽根トカゲが喋ること自体に不信感はなかった。

 問題はその正体だ。


「鏡に精霊なんて、そんなものあったかしら」

「ううん、……いないと思う」


 怪しむように目を険しくするエリオーネと、眉を下げてトカゲを見つめるルイン。

 二人に見つめられ、焦ったように挙動が落ち着かなくなる自称鏡の精霊を、ラディンは観察していた。


『え、そーでしたっけ? おっかしいなぁ。だって占術は、時の魔法の一種なのにぃ』


 ぴんと伸ばした尻尾の先がプルプルと震えている。

 小さな皮膜の翼を忙しなく動かしながら、上目遣いで見あげるモニカの頭に隠れるように身を沈めて、羽根トカゲはつぶやいていた。


「あんた、何者?」

『だ、だからクロですってば! 困ったなどうしよ、こんな早くバレるなんて』

 

 聞き捨てられない台詞を吐いた気がする。

 ラディンは黙って手を伸ばし、モニカの頭上からクロと名乗ったトカゲを掴みあげた。


『わーっ、暴力反対っ!?』

「精霊なら物理の攻撃きかないじゃん。それより、時の魔法とかバレたとか、さっきから何」

『あーん、どうしよー!』


 会話にならない慌てぶり暴れぶりにラディンはつい指の力を緩めてしまい、トカゲは機を得たりとばかりにてのひらを抜け出して、宙へと逃れる。


『じゃ、ぼく、おとなしく帰ることにします! 皆さんモニカをよろしく』

「ちょっと、お待ち!」


 察したエリオーネが手を出すより早く、羽根トカゲは光に溶けるように消えてしまった。

 確かに精霊には間違いなのだろうが、下位精霊ではない。とすると、中位だろうか。


「ちっ、逃げられたわ。まあ、危険そうには見えないからいいけど……。それよりあなたたち」


 ラディンが思考に沈む前に、エリオーネの声がそれを留めた。見返せば、彼女は紫色の瞳を機嫌良さげに細めて、自分たちを見ている。

 悪い予感がよぎった。

 それを肯定するかのように、エリオーネは小悪魔的ににっこりと微笑んだ。


「助けてあげたんだから、謝礼はずんでくれるわよね?」

「えぇ!?」

「タダで済まそうっていうわけ? それとも、こんな小さな子に払わせるつもり?」


 迫力マシマシで詰め寄られ、ラディンはたじろいで後ずさる。


「それは……、でもおれ今、金ないですよ?」


 さっきの、純粋に感心したという台詞はなんだったのか。

 仕事探しをしている懐具合で出せる金額などたかが知れている。家に戻れば全く無いというわけではないが、正直今はそれどころじゃないのだ。

 焦る気持ちで振り返ると、財布の中身を数えているルインが目に入った。


「ボク、幾らかあるよ? ボクが払う?」

「えぇ……」


 なんだかそれは申し訳ない気がした。

 が、何か言うよりより先にエリオーネはラディンとルインの間に滑り込み、ルインににじり寄る。


「いくらあるの?」


 細めた流し目は猫を連想させる。ルインは二、三度慌ただしく目を瞬かせたが、ぐっと眉に力を入れた真剣な表情でエリオーネを見返し、言った。


「エリオーネさん、迷惑ついでに……ボクたちのお手伝い、してくれませんか? その分のお金も、ちゃんと払いますから」

「ルイン!?」


 彼の言わんとしていることを察してラディンは声を上げたが、エリオーネに押し退けられてしまう。


「いいわよぉ? ……もちろん、報酬次第だけどね?」

「えぇと、一日につき1500クラウンでどうですか?」


「1500!?」


 一瞬の間を挟み、エリオーネとラディンの声が綺麗に重なハモった。

 モニカはよくわかっていないらしく、キョトンとしているが、お城の日給より高い提示額にラディンは動揺を隠しきれない。


「そんなにイイの?」


 嬉しそうにすり寄るエリオーネに、ルインはこくこく、と首肯を返した。


「お願いします。詳しいことは、待ち合わせ予定の港で聞けると思うので……」

「やっぱり海賊がらみなのね。正式な契約書は今持ってないけど、まぁいいでしょ。さ、行くわよ」


 あっという間に雇用契約は成立してしまい、口を挟む隙も見つけられなかったラディンは、そっとため息をつく。

 つまり、そういうことだったのか。


「エリオーネさん、やっぱりって」

盗賊スカウトの耳をなめるんじゃないわ。お金になりそうな情報はキープしておく主義なの」


 うふふふとほくそ笑む美女の迫力に苦笑いを返すしかできないでいると、そこにモニカが割り込んできた。


「エリおねえさまが行くんなら、あたしも行く!」

「……そうねぇ。モニカ一人じゃ心配だわ、いいわよ、ついてらっしゃい」

「はーい!」


 エリオーネの判断に異論はないが、不安は拭えない。

 とはいえ、このまま置いていくのは心配だし、自称鏡の精霊のこともある。


「仕方ないね」

「うん。それに、もう待ち合わせ時間過ぎちゃってるから……」


 よくよく考えれば、議論をしている猶予ゆうよもなかった。

 ラディンの先導で裏道を抜け、四人は大急ぎで港に向かうのだった。



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