[2-5]入り江の海賊船


 待ち合わせの時間には間に合うはずもなかった。

 ラディンたちが到着した時には、ギアとイルバートは波止場に立って沖を眺め、何やら話し合っていたようだった。


「ギア! イルバート! ごめん、遅くなっちゃった!」


 息を切らしながら呼びかけたラディンの声に、二人は振り返る。

 遅れて到着したルインがその場に崩れように座り込み、ハァハァと息を整えてる。彼はどうも、走るのが得意じゃないらしい。

 その後をついてきたモニカとエリオーネは、大人二人組からやや距離を取る位置に立ち止まった。


「誰だ? ……姉妹か?」

「いや、似てねえだろ」


 翼と背ビレを見比べて呟くイルバートにギアが突っ込んだ。


「ギア、イルバート、実はね——……」


 誰かが余計なことを言ってややこしくなる前に、と、ラディンは説明役をかって出ることにする。

 路地裏での攻防、エリオーネの介入、そしてルインとエリオーネの契約まで。


「待て待て、そんな、素性の知れない盗賊スカウトを高額で雇ったって!?」

「うん。だって、海賊を相手にするなら盗賊スカウトの力は必要だと思ったから……」

「そりゃ間違っちゃいないが、下手するとおまえさんが寝首をサクッと——」

「あらぁ。大事な雇用主カネヅルにそんなことしないわよぉ」


 ようやく息が整ったルインが言葉を加えれば、ギアは蒼ざめて問いただそうとし、エリオーネに阻止された。

 ギアはグッと言葉に詰まって、後ずさる。


「そこは……大丈夫だよ、ギア。エリオーネさん、と思う」

「そうなのか? まァ、金が絡むならある意味安心なのかね。ところで、そっちの子は」

「モニカはついてきたのよ。なんか、一人で放っとくの危ないのよねぇ」

「だって、エリおねえさまカッコいいんだもん!」


 キラキラと瞳を輝かせてエリオーネの腕に自分の腕を絡めているモニカの頭上に、羽根トカゲの姿は見えなかった。

 少し逡巡しゅんじゅんし、この件を話すのは見送ることにする。今は時間も惜しいし。


「あんたら、獣人族ナーウェアなのかい?」

「あたしはそう、蝙蝠の部族ウェアバットなのよ」

「あたし、キメラ!」


 イルバートの問いへのエリオーネの答えは予想通りだっただろうが、モニカの答えにイルバートの表情が固まった。キメラといえば闇魔法使いが使役する合成獣が一般的だが、どうやら彼女はという名称の亜人種らしい。

 二の句を継げないイルバートの代わりに、ギアが横から会話を引き継ぐ。


「お嬢さん属性は?」

「水」

「じゃ、もしかして水の魔法、使えるか?」


 鱗族シェルク人魚マーメイドのように魚へ身体変化シェイプチェンジできれば……と思ったのだろうけれど、モニカはあっさりと首を横に振る。


「ぜーんぜん駄目」

「そうか……」


 がっかりしたのを誤魔化すように、ギアは勢い良く身体を起こし空を振り仰いだ。その長身を見あげるようにしてエリオーネが声掛ける。


「ねぇ、まずは自己紹介をしましょうよ。あたしはエリオーネ、獣人族ナーウェア蝙蝠の部族ウェアバット盗賊スカウトよ。いざとなればコウモリに変身チェンジできるけど……ソレは最終手段ってコトでよろしくね」

「あー、そうだな。俺は、ギア。今はここに滞在して傭兵みたいな仕事をしてる。人間族フェルヴァー剣士フェンサーだ」


 視線を向けて振られた。次は自分ということらしい。


「おれはラディン。今はシルヴァンで一人暮らししてるよ。仕事を探してて、ギアに声かけて貰ったところ。人間族フェルヴァーで、戦士ファイターだよ」

「ボクはルイン、魔族ジェマ人狼の部族ワーウルフ魔法剣士ソーサルフェンサーです。ここに来たばっかりでまだ仕事はしてなかったです」

「オレはイルバート。ここに住んでる人間族フェルヴァー剣士フェンサーで、警備の仕事をしてるんだ」


 ラディンの後にルイン、イルバートと続き、そしてもう一度モニカに視線が集中する。


「あたしはモニカ、キメラの占い師シャーマンです。でもあんまりうまくできないの」


 おずおずと掲げてみせたのは、見るからに魔法効果が付与されていそうな凝った意匠の鏡だった。コレであれば、中位精霊が隠れ場所としていても納得がいく、気がする。

 ただエリオーネが反応しないところ、骨董品的な価値のあるものではないのだろう。


 そうして一通り自己紹介が終わると、現状の確認——オルファをさらった魔族ジェマと海賊たちに繋がりがあるらしいという事実確認、を共有し合う。

 ギアがリーダーよろしく五人を見回した。


「さて、作戦を立てるためみなの意見を聞きたい。海賊討伐のための戦力は、商人たちが雇った冒険者たちで十分だと思う。でも、奴らに感づかれたら沖に逃げられてしまう。だから奴らをここに引きつけておく必要がある。……その方法を考えようぜ」


「あたしが船に渡って、捕まってるお嬢さんを助けてくる? それくらいならできるわよ」

「駄目だよ! 捕まってるのはオルファさんだけじゃないんだから」


 エリオーネの提案をラディンが即断で却下する。

 彼女は不満げに肩をすくめたが、船に渡るにしろ、捕まっている人たちを助け出すにしろ、一人では無茶だ。

 黙ってやりとりを聞いていたらしいイルバートが口を開く。


「ヤツら海賊が狙うのは普通、商船だろ。オレたちがソレに同乗するってのはどうだ? 商船に見せかけて、襲われたところで返り討ちにする」

「向こうが乗ってくれりゃあ、有効な策かもしれねえが」


 必ずしも襲ってくるとは限らない、というのは懸念事項だ。

 それに、それだけでもない。


「その手でいくなら準備が必要だから、オルファさんをすぐ助けに行けなくなるよ?」

「なら、もっといい手を考えてくれよ」


 むっとしたようなイルバートの声は、彼の今の心境を表していた。

 逆撫でしたいわけではないので、ラディンは素直に口をつぐむ。


「うーん……。何か始めるにはもう時刻も遅いし、今夜は休もうか。下手に動いて外海に逃げられてしまったら水の泡だ。俺は拠点に寄って、明日の打ち合わせをしておくから」


 ギアの提言に、不本意そうにイルバートはうなずいた。

 それでハッと思い出す。


「例の仕事の? それなら俺もいくよ」

「いや、おまえのことはちゃんと伝えておくから、今日はルイン連れて帰りな」


 言われて、ラディンはルインを振り返った。隣に立つエリオーネが、キラリと瞳を光らせたように見えた。


「あんたの家なら、宿代掛からないってことよね? うふふ」

「えぇっ、それは悪いよう……ボクが宿泊代を出すから泊めてくれる? ラディン」

「おねえさまが行くなら、あたしもッ」


 宿代は、別に構わないけれど。

 というか、この流れでルインに三人分を持たせるのは、さすがに申し訳ない。


「……何もない家だけど、それでもいいならね」

「良かったぁ」


 ルインは宿に泊まってたんじゃないんだろうか。という一抹の疑問をいだきつつ、はしゃぐ女性陣を見ながらラディンはため息をつく。

 とにかく帰って、夕飯を食べて、明日に備えて早く寝よう。

 ついでにお金は大事に扱うべきだという話を、今夜のうちにルインとしておこう。



 ギアとイルバートとは明日の朝またここで待ち合わせることにして、別れた。

 ……が、その夜のうちに事態は、急展開を迎えることになる。



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