3.首都ライジス

[3-1]国営図書館にて


 さて、時刻を少しばかり遡る。


 場所が変わって、ここはライヴァン帝国の首都・ライジス。

 広い通りの両側には石造りの建物が建ち並び、行き交う人の数も多い。


 買い物に、仕事に、通学に、またはそれ以外の用事にと人々は忙しく動いており、通りを歩く自分に目を留める者はほとんどいない。

 ライヴァン帝国は人間族フェルヴァーの国家だが、他種族の在住を受け入れる国家でもある。目に映るほとんどは人間族フェルヴァーだが、獣人族ナーウェア翼族ザナリールの姿もあるようだ。

 そんな国風であっても、自分のような妖精族セイエスは珍しい部類らしい。


 通りを進みながら、彼――シャーリーアは手元の地図に目を落とす。目的地はもう少し先、色が変わったタイル石が敷き詰められた路地を曲がれば、見えてくるはずだ。

 珍しい妖精族セイエスだとしても、街の人々が好奇の目を向けられることはない。都会だからか、そういう土地柄なのか、みな他種族の存在に慣れているようだった。

 であれば、入館を断られる可能性は低いだろう——と、黒煉瓦の大きな建物を見上げながら思う。


「ライヴァン帝国 国営図書館……」


 スライド式の鉄扉の横に掲げられた看板の文字を確かめると、シャーリーアは意を決して建物の中へと踏み込んだ。




 ***




 入り口の司書に旅人である旨を告げ、念のため身分証を提示してから、シャーリーアは閑散とした館内を見回した。

 窓は閉じられており、壁際には席が設けられていて、幾人かが座って本を読みふけっている。館内の照明は適度に抑えられており、何列も据えられた本棚はコーナー別に標示を付けられ、本がぎっしりと詰められていた。


 視線を揺らし、地理学のコーナーを見つけ出す。

 足音を抑えながら棚へと向かい、数冊を引っ張り出して、シャーリーアは自分も適当な席についた。


 自分がいつから本好きだったのかは覚えていない。両親は仕事の関係で留守にすることが多かったが、学のある出自だったため家にはたくさんの本があった。

 寂しさを紛らわすため、あるいは暇つぶし。最初はそんなものだっただろう。

 幼馴染みのステイはしょっちゅう遊びにきていたが、幼少時から体力バカだった彼と違いシャーリーアは虚弱体質だったため、本の虫になるのは必然だったと思う。


 そんな事をつらつら思い巡らしながらページをめくっていると、不意に影がかかった。


「…………?」


 まさか、ステイ?

 思い出効果でつい連想したが、もちろんそんなはずはない。シャーリーアが積み上げた本の背を覗き込んでいるのは、全く見知らぬ人物だ。


「あ、ごめん。邪魔するつもりはなかったんだけど」


 シャーリーアが誰何すいかする前にその人物が声を発した。若い男性の声だ。

 深めの帽子に長いマント、手には黒塗りの長杖ロッドを持っている。見るからに旅人といった格好だ。

 警戒からつい眉を寄せたシャーリーアの様子を見てとって、彼は慌てたようだった。


「ごめんごめん! 私は怪しい者じゃないよ。ちょっとその本を、借りたかったんだ」

「……ああ、すみません」


 シャーリーアが積んだ本の中に目当ての物があったらしい。上の数冊を持ち上げれば、彼はそれを手に取った。そして、向かいの席に腰掛けその場所で本を広げる。

 怪訝けげんに思いつつもシャーリーアは読みかけの本の続きに目を落とす。だが数行も読まないうちに、彼が話しかけてきた。


「君、妖精族セイエスなんだね」

「……ええ」

「ここの近くに住んでるの?」


 図書館では静かに、というマナーは意識しているらしく、抑えた小声で聞いてくる。

 さすがに読みながら聞くほどの器用さは持ち合わせていないので、仕方なく本を閉じ、視線をあげた。


「近くに、テーヴェルという森があるんです。そこに妖精族セイエスの村があるんですよ」

「へえ。そこに行けば、妖精族セイエスに会えるのかい?」


 ずいぶんと食い気味に、身を乗り出して聞いてくる。

 当たり前じゃないですか、と言おうとして、ふとためらった。素直に質問に答えていいものなのか、判断に迷ったのだ。


「すみませんが……、聞きたいことがあるのでしたら、まず自分のことを明かすべきじゃないですか?」


 ついつい声音も硬くなる。彼が黙り込んだのを見て、何か不都合でもあるのだろうか、とそう思ったとき。


「ごめん。そんなに警戒しないでくれ。……本当に、怪しい者じゃあないんだ」


 困ったようにそう言って、彼が帽子を取った。

 その下から現れた容貌にシャーリーアは息を飲む。彼もまた、自分と同じ妖精族セイエスだったのだ。

 長く伸ばした黒髪を下の方でくくっている。妖精族セイエスの特徴である長い耳が髪の間から突き出していて、サーベル型のイヤリングが揺れていた。

 何より印象的なのは、目元や頰に描かれている星と三角形のペイントだった。


「私はリーバ=シルヴェスレイ。見ての通りの妖精族セイエスだけど、事情があって妖精族セイエスに会ったのは君が初めてなんだ。だから思わず、嬉しくて。……悪かったね」


 リーバと名乗った青年はそう言って人懐っこく笑う。

 外見だけでは判断できないが、彼は自分とさほど歳差がないように思えた。柔らかな笑顔に、どこか懐かしい幼さを感じたからかもしれない。

 とはいえ、そんな感傷で警戒心をゆるめるのは軽率がすぎるだろう。


「僕はシャーリーア。妖精族セイエスの村を出て、今朝ここに来たばかりです。ですので僕も、あまり帝国ここの事は詳しくないんですよ」


 当たり障りなく応じ、様子を見ることにする。

 同族とは言え、出自もわからぬ相手に余り詳しい情報を話したくはない。こう言っておけば、突っ込んだ質問をされることもないだろう。


「奇遇だね。私も、さっき着いたばかりなんだ。魔族ジェマが入りにくいのは人間族フェルヴァーの国だと聞いたものだから」


 些細な共通項に笑顔を咲かせる青年を、シャーリーアは訝しく思いながら観察した。

 脈絡なく出てきた魔族ジェマの話。まるで、追われて逃げているかのような話ぶりだが。


魔族ジェマは種族相性的に、人間族フェルヴァーが苦手だと言われていますからね。実際、他種族の在住が認められているとはいえ、通りに魔族ジェマの姿はほとんど見ませんでしたし」

「やっぱりそうなんだね。それで、私は妖精族セイエスを探していたんだけど、なかなか会えなくて。そんな経緯ワケで君が、はじめて会えた妖精族セイエスなんだ」


 話の筋が見えなくて、無意識に眉が寄る。

 魔族ジェマを避けるため人間族フェルヴァーの国に入り、同族セイエスを探す――その、目的とするところは?


「あなたはどこからいらしたんです?」


 自分に【嘘感知センス・ライ】の魔法が使えたら良かったのだが。

 ふっと湧いた猜疑さいぎ心は、彼の口から出た意外な言葉によって破られた。


「私はティスティル国の首都・スターナから来たんだ」

「…………!」


 思わず、リーバの顔をマジマジと見返してしまう。

 〈銀河〉竜ティスティル帝国とは、魔族ジェマの女王が治める魔族ジェマの国だ。現時点でライヴァン帝国との間に友好関係はなく、国境を接する隣国であるせいか、ひと頃は開戦の可能性も囁かれていたという。

 今は治まっていると聞くが、実情は市井の者にはあずかり知らぬことだ。


 不覚にも驚きを表情かおに表わしてしまったシャーリーアに、気分を害するでもなく、リーバは小さく笑った。

 彼が何か深い事情を抱えているだろうことは、その表情からして明白だった。



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