[9-3]王城突入ハプニング
テレポートは便利な転移魔法だが、明確に思い描ける場所にしか移動できない。リーバは首都に来たことはあるが、城内に入ったことはなく、城門前に転移するしかなかった。
門衛に事情を話して敷地内に入れてはもらったものの、いきなり国王に面会というわけにはいかない。幸い、騎士長が残していった
衛兵たちの休憩所を借りてそこの仮眠室にシャーリーアを横たえ、リーバたちはギアを待って待機していた。
シャーリーアの顔は人形のように白く、呼吸も脈も感じられない。かけ続けている治癒魔法も効果を顕す兆しはなく、そろそろ自分の魔法力が尽きてしまいそうだ。
応急手当て程度の医術
「ねぇ、クロちゃん、……どうなのよぅ」
『…………』
「クロちゃんってば、聴いてる!?」
『…………』
モニカはさっきから占いの鏡に呼びかけているが、鏡の精霊からの答えはないようだ。
過ぎる時間は無情なほど確実に、瀕死の彼を死の淵へと連れ去ろうとしている。それなのに何もできない自分が、ただ悲しかった。
***
空間を強制的に歪め、此方と彼方をつなぐ魔法。テレポートは本来、無属性に類する魔法であり、魔法適性の高い
この魔法は、移動先を明確に思い描けなくてはいけない。
イメージの曖昧な場所では転移に失敗するばかりか、思わぬ場所へ出て事故やショック死の原因にもなり得るからだ。
発動前にラディンは、その辺をルインに確かめておくべきだったのかもしれない。
――今さら、ではあるが。
視界を遮断していても感じる、移動にともなう違和感と不快感。
身体の奥からこみ上げるような気持ち悪さがふいに消え、次の瞬間には閉じたまぶたの向こうに光を感じた。膜が割れるように一気に外界の音が流れ込み、聞き覚えのある怒鳴り声が耳に届く。
「……とにかくッ、事情はあとであんたが納得行くまで説明する! 今は時間が惜しいんだ! ジェスレイ殿に聞けばわかると言ってるだろうがッ!」
ギア、だ。
思わず目を開け、そして目を
悪い冗談のように――足の下には床がなかった。
「えぇ!? うわぁぁー――!?」
ラディンの悲鳴に、
よりによって真下には人がおり、その人が驚いたようにこちらを見あげ、驚愕と恐怖で目を見開いた――ところで重力に引っ張られ、気の毒なことにその人物は下敷きに。
「いたたた、……ちょ、なんでこんな事に」
まとめて落下したため、ラディンもまたフォクナーの下敷きだ。人の身長ほどの高さだったことが、まだ不幸中の幸いだろうか。
「おおおまえら、城のど真ん中にいきなり出るんじゃねェ! 不審人物かッ!」
「ご、ごめん、なんか、うまく制御できなかったみたいで……!」
動転したギアに詰め寄られ、ルインがしどろもどろになっている。
体重の軽いフォクナーは衝撃も軽かったのか、もう立ちあがってキョロキョロと辺りを見回していた。パティロは座り込んだまま、下敷きにされて気を失っている書務官らしき人物を心配そうに覗き込んでいる。
「まあまあギア、緊急事態なんだから!」
ラディンが割って入ると、ギアは深くため息をついてから、表情を取り直した。
「まァ、これも天の助け……って奴かもな。頼みの騎士長がちょうど留守で、行き詰まってたんだ。せっかくだからこのチャンス、利用させてもらうぜ」
「……何してんの、ギア」
気絶している書務官の服を探り鍵を取り出したギアは、奥の棚に行って何かを探し始めた。不法侵入に、不法な家探しだ。……大丈夫なのだろうか、この状況。
しばらく探して目的のものを見つけたのか、カードを二枚ばかり持ってきた。裏面に招聘状の筆記を真似て騎士長の名でサインをし、ラディンに一枚手渡してくる。
「これを城の受付と衛兵に見せて、外で待ってるシャーリィたちを連れてきてくれ。俺は部屋と医者を準備してもらう」
「わかった。……この人は?」
「縛りあげるとかはさすがにマズイよな……。とりあえず、放っておこうぜ。目がさめる頃にはみな事が済んでるだろ」
「了解。じゃ、行ってくるね」
「ボクも行くぜ!」
ルインと一緒に行こうとしたら、フォクナーが追いかけてきた。と思う間もなく、早足で来たギアがちびっ子魔法使いを抱えあげる。
「ちょっとー! 何すんだよっ、離せー!」
「お・ま・え・は、騒動起こすからなっ」
暴れるフォクナーをがっちり抱え込み、ギアは物言いたげなパティロに超いい笑顔でニカっと笑いかけた。
「さ、行こうぜ。おまえさんはそのまま、泣きそうな顔でいてくれるといいな」
「……うん」
「下ろせーッ、離せーッ!」
どことなく不安を煽る光景だが、ギアにも考えがあるのだろう。ラディンはルインと頷き合うと、シャーリーアを迎えるためエントランスへ向かって駆け出した。
***
ジェスレイ=エリュン=ラーカイルが戻ってきた時、城内は騒然とした雰囲気が満ちていた。慌ただしく行き交う医師や薬師、魔術師など。尋常には見えない事態に国王の安否が心配になり、自然と足も早まる。
「オールス! オールスはどこだ!?」
留守を預かっていたはずの書務官はどこにいるのだろう。大声で名前を呼びながら王座の間へと向かっていたジェスレイは、ふと、半開きになった応接室の扉に目を留めた。
何かの予感に突き動かされそこに踏み込んだ老騎士は、床に倒れ臥している若者を見て大声をあげる。
「オールス! なんて所で寝ている!!」
力強い
「騎士長様、あの、侵入者は……!?」
「何、侵入者だと! まさか、国王陛下ッ!」
つられて蒼ざめる老騎士の様子に、オールスの顔色がますます悪くなった。
「陛下に何かあったのですか!?」
「まだ判らぬ。とにかく、行ってみなくては」
年齢からは想像つかないほど俊敏な動きでジェスレイは身を翻し、オールスは慌ててそのあとを追う。早足で廊下を進んでいくうちに、二人の目に異様な光景が映り込んできた。
胸に許可証を付けた顔に傷痕のある青年が、城のメイドたちにあれこれ指図をしている。
その姿を見て、ジェスレイとオールスは同時に声を上げていた。
「ギア殿!? いつここに!」
「あんたッ、
互いの台詞に、騎士長と書務官はそれぞれの認識が食い違っていることを理解した。オールスが困惑もあらわに、尋ねる。
「ジェスレイ様の知り合いですか?」
「知り合いというか……陛下が城へ招いた冒険者だが。おまえの言う侵入者とは、あの者たちか?」
「だから言っただろ?」
オールスが返答に詰まり、口をパクパクしてると、気づいたギアが近づいてきた。ジェスレイに目を向けると、表情を改める。
「そちらの予想より早い到着になってしまい、申し訳ない。頼みがあり、急いで来たのです。私たちの仲間が道中で襲われ、今、危篤状態に陥っています。それで……――」
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