[9-2]仲間を救うため


 死神を退けたことを確信すると、ギアは即シャーリーアの側に行ってしゃがみ込み、慎重な様子で傷を調べ始めた。おそらく医術の心得があるのだろう。

 ルインが少し下がって場所を空けると、その隙間にフォクナーが滑り込んできた。


「ボクも魔法かけるよ」

「おう、頼むぜ」

「どうなの、ギア! 助かるんでしょ!?」

「…………」


 鋭利な刃物の一撃は、広範囲ではないが深い傷を刻んでいた。エリオーネの問いにギアは返答せず、暗い表情で応急処置を続けている。光属性から始まり各属性の治癒魔法を片っ端から唱えているフォクナーの目にも、ジワジワと涙が溜まってく。

 妖精族セイエスは医術に長けた民だという。ギアとフォクナーの様子から状況が絶望的であることを悟って、モニカが座り込みシクシクと泣き出した。


「ごめんねぇ……あたし、気をつけてって言われてたのに……ごめんねぇ……」

『泣かないでよお……モニカぁ……』


 銀トカゲのクロが慰めようとして自分もぐすぐすと泣き出してしまい、エリオーネはモニカをぎゅっと抱きしめて言い聞かせるように囁く。


「大丈夫よ……。シャーリィだもの、地獄の番犬ヘルハウンドだって言いくるめてちゃんと帰ってくるわよぉ」


 物の例えにしても地獄ヘルはどうかとラディンは思ったが、突っ込む気にはなれなかった。

 付き合いが長いわけでも、特別ウマが合ったわけでもない、ひと時の仕事仲間だ。それでもこの現状は腹立たしいし、力及ばない自分がひどく悔しかった。


 その、時。

 こちらへ駆け寄る足音が耳に届き、ラディンは思わず振り返る。視界に映り込んだのは見覚えのある姿――先日のひと悶着の中心であった妖精族セイエス、リーバだった。


「シャーリィ! あぁ、間に合わなかったっ……」

「アンタ、どうしてここに!」


 エリオーネが警戒もあらわに立ちあがるが、ギアがそれを制して、立ち尽くしているリーバに目を向けた。


「もしかしてさっきの【炎の矢ファイア・アロー】?」


 死神の腕を焦がした炎の攻撃魔法だ。フォクナーが多重発動でもやらかしたのかと思ったが、違っていたらしい。リーバが頷いたのを確認し、ギアは場所を空けて彼を手招いた。

 駆け寄ったリーバはざっと見て即断し、顔を上げてギアを見る。


「ギアさん、ここでは手の打ちようがありません。切っ先が心臓にまで達していて、私ではどうにもできない! とにかく安全で衛生的な場所に移動しましょう」

「やっぱり、そうだよな」


 心臓を抉られるってそれ、即死状態なのでは。……と思ったが、聞けるわけもない。

 ついいつもの癖でルインを見たら、彼は愛剣を抱きしめたまま涙に濡れた目を上げた。悲しみだけではなく、決然とした光がそこには宿っている。


「ギア、首都の王城に行こうよ。向こうも来るってことは知ってるんだから、テレポートで行っても大丈夫だと思う」

「え、テレポート使えるの? ルイン」

「さっきの暗殺者アサシンが二回使ったよね。覚えたからたぶん……大丈夫」


 思わず聞き返すと、自信のなさそうな返答だ。エリオーネが不安そうに表情を曇らせる。


「大丈夫なの? 怪我人運ぶのに」

「テレポートなら私も使えるよ」


 割って入ったのはリーバ、まさかの妖精族セイエス。ルインが目を丸くする。


「リーバさん、もしかして無属性なの?」

「うん、だから大丈夫、使えるよ。……そうだね、シャーリィは私が運ぼう。ほかに四人くらいは連れて行ける。お城に顔のきく人が一緒に来てくれると心強いんだけど」


 リーバの衝撃的な告白、というかそもそもなぜ彼がここにいるかという所からして聞かねばならないことは多いが、それはぜんぶ後回しだ。


「俺が行こう。あとは、夢の件があるからモニカとクロ、奴についての情報を持ってるエリオーネ、って所か」

『精霊は数に入れなくて大丈夫だよ』

「それでも術者の負担を考えれば人数は少ない方がいい。残りの四人はルインと一緒に、いいな」


 リーバがシャーリーアの腕にそっと手を置き、魔法語ルーンを唱えはじめた。ギアとモニカとエリオーネは彼が掲げた杖に手を触れ、呼吸を合わせる。クロは鏡の中へ退避したようだ。

 滞りなく魔法が発動し、銀光の魔力を零して五人の姿が消えたのを見届けてから、ラディンはパティロとフォクナーを側に呼ぶ。


 フォクナーは今もボロボロ泣いているし、パティロのきんいろの目にも涙がいっぱいに溜まっていた。

 ルインもついに堪えきれず泣き出してしまい、さらに子供たち二人に輪をかける。

 その輪の中、喉に迫りあがる悔しさと怒りを静かに嚙み殺しつつ、ラディンはぐっと拳を握った。


「……行こう、ルイン」

「でも、ラディン! シャーリィが、あのまんま死んじゃったらッ」


 緊張の糸が切れたみたいに自分にすがりついて泣きじゃくるルインの肩を掴んで、強く揺さぶる。


「大丈夫だよ! 絶対に死なせない! だから、早くおれたちも行こう」


 感情が高ぶって、思った以上の大声が出た。ルインは驚いたように泣き止み、それから強く、頷く。


「うん、……ごめん。取り乱しちゃって。そうだよね、早く、行ってあげなきゃ」


 フォクナーとパティロを呼び寄せ、ひと固まりになる。

 手を重ね、目を閉じて、カウントダウンに呼吸を合わせて意識を集中する。


 唱えられたやや辿々たどたどしい魔法語ルーンは、それでも確かに効力を表わした。

 それは、ラディンたちが次に目を開けた時、明らかになる。



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