9.悪夢との対決

[9-1]悪夢の結末


「いやああああぁぁ――!」


 モニカが目を覆って悲鳴を上げた。

 目まぐるしく進む現実に理解が追いつかない。ラディンは声も出せず、白い衣服を血に染め崩れ落ちたシャーリーアと、抜き身のバスタードソードで死神に打ち掛かるギアを見つめていた。


「あんた……! 誰を殺すように言われてんの!?」


 エリオーネが怒りに震える声で叫びながらギアの加勢に入り、二対一で不利を悟った死神は大きく退がって間合いを取ろうとする。距離が空いたので、ラディンはルインを引っ張ってシャーリーアの側に駆け寄った。

 暗殺者アサシン大鎌サイズは首をることこそ失敗したものの、彼の肩口から胸までをざっくりと抉っている。医術の知識がないラディンとルインには怪我の程度が判断できないので、とにかく今できるのは治癒魔法をかけることしかない。


「……まず、一人目」


 トドメを刺すことには興味がないのか、ゾッとする呟きを漏らして暗殺者アサシン大鎌サイズを構え直す。ラディンはルインから剣を借り、構えた。

 長い武器を使っての戦いは不慣れではあるが、使えないわけでもない。長柄武器相手に拳でやり合うより、こっちの方がいくらかマシだろう。


「皆殺しにしようっての! そっちがそういう気なら、手加減しないわ!!」

「してたのか」

「ふざけないでっ!!」


 前線ではギアとエリオーネが言い合いながら死神と斬り合っている。死神は余裕で二人の攻撃をいなしているように見えるが、魔法を詠唱する隙は見出せないようで、テレポートを使われる心配も薄そうだ。

 そうは思いつつも、バラバラの位置にいる子供たちを放っておくわけにはいかない。

 ラディンはへたり込んだままのモニカに駆け寄って引っ張り起こし、パティロを呼んでルインの側まで連れてくる。フォクナーは……向こうで前衛二人に支援魔法をかけていて、ちょっと遠い。


「なんかね、二人に当たりそうで」

「うん、あっちは二人に任せておこうよ。パティはここで見張りしててくれる?」

「わかった」


 自動追尾する攻撃魔法とは違い、弓や投擲武器で支援をするのは難しい。聴覚と嗅覚に優れているパティロには、辺りの様子を警戒していてもらう方が良さそうだ。


「ねえ、ルイン、……治りそう?」

「わからない。さっきから【癒しの光ヒールライト】かけてるんだけど、傷が塞がらなくって」


 お互い泣きそうな声で、モニカとルインが言葉を交わしている。

 六属性の中でも特に治癒に秀でた光魔法は一番効果が望めるのだが、それが効果をあらわさないということは――。


「口を塞がれたってワケね」


 間近にエリオーネの声がして思わず見れば、荒い息の彼女が側まで来ていた。


「弱点バラされた後だから、仕返しかもしれないけど。何にしても、アイツから元々のターゲットを聞き出すのは無理だわ」

「ギアは?」

「あたしの武器カタールは近接だからやり難くって。それに、こっちの方が心配よ」

「じゃ、エリオーネさんにここ任せてもいい?」


 彼女の首肯を確認し、激しい攻防を続けている二人の近くまで走ると、ラディンは自前のダガーを死神へ投げつけた。それがフォクナーの支援魔法で一瞬のうちに炎をまとい、死神は慌てたように大鎌サイズでそれを叩き落とす。

 相変わらずフォクナーのセンスは天才的だと思いながら、ラディンは声を張りあげた。


「ギア! これ使って!」

「お、おう!?」


 付近の地面に突き立てる勢いでルインの剣を投げる。戸惑いつつも剣を持ち替えたギアは、長剣ロングソードを一振りして驚いたようだった。


「何だコレ、普通じゃねえぜ」

「うん、めちゃくちゃ強力な魔法かかってるんだ」

「オーケー!」


 ゆっくり話している余裕などない。ギアはすぐさま踏み込み、暗殺者アサシンにルインの剣を叩き込む。それを大鎌サイズで受けようとした暗殺者アサシンの顔から余裕の笑みが消えた。

 ギアの方はと言えば確信を得たかのようにニヤリと笑い、長剣ロングソードを大きく振りかぶる。

 

「たああああー――っっ!!」


 力任せに振り下ろされた長剣ロングソードを死神は大鎌サイズの柄で受け止めた――はずが、雷光のような火花が散って鎌の持ち手が真っ二つに折れた。切っ先はその勢いのまま襟元を切り裂き、衣服にジワリと血が染みる。

 驚愕の表情で後方へ逃れると、彼は茫然と折れた鎌に視線を落とした。


 死神の魔族ジェマが使う大鎌サイズは魔法製の武器であり、普通の剣とは強度も耐久性も比べ物にならない。

 折れる、などあり得ないことだ。

 やった当人のギアも、信じられないという顔をしている。


「貴様……!」


 役に立たなくなった大鎌サイズを捨て、予備武器らしい剣を引き抜いた死神の腕を、どこからか放たれた炎が焼き焦がす。彼が悲鳴を上げて出所を確認しようとした隙を見逃さず、ギアが一気に踏み込んで斬りかかる。

 ギアの力押しの一撃を死神は剣で受け止めたが、またも火花とともに剣身が砕けた。

 さすがに普通ではない剣の威力を感じ取ったのか、彼は柄のみになった剣も捨てて後方へ下がりながら短く魔法語ルーンを唱える。呼応してギアの足を影の腕がつかんだ。


「チィ、影縫いシャドウ・バインドかよ」


 時間稼ぎの意図は明確だが、今テレポートを唱える時間を与えるのはまずい。

 が、ラディンがダガーを構えるより早く、風を切って飛んできた燃える矢が死神の肩に突き刺さった。


「うぐッ、……誰だ」


 振り返るまでもない、これはパティロの矢だ。乗じて投げたラディンのダガーが燃えあがり、腕に刺さって火傷を広げる。

 フォクナーのタイミングも相変わらずバッチリだ。


「く、覚えていろ」

「うるせぇ、そっちこそ覚悟しやがれ!」


 足元に纏わりついた影をルインの剣で斬り払い、ギアが再度死神へと向かう。さすがに身の危機を感じたのだろう、彼はさらに後退し魔法語ルーンを唱え出した。

 今度は妨害も間に合わず、死神の姿がかき消える。


 皆一様に意識を研ぎ澄まして警戒するも、彼がこの場に再び姿を表すことはなかった。



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