[8-2]それぞれの思惑は


 運命というものを信じたことはない。


 精霊たちはいつだって自分の味方だけれど、人の世の理不尽というものは、彼らの好意をたやすく飛び越えてしまうのだ。だから、待つだけでは何も変わらない。

 であればこの招聘しょうへいは、ラディンにとっても千載一遇のチャンスであるわけだ。




 すっかり気分を害したエリオーネはモニカを引き連れ早々に部屋へ引きこもってしまい、心配して様子を見に行ったルインはまだ戻ってこない。散々なじられたギアは落ち込んだ様子で、一人酒をかっ食らっている。

 大人たちの揉め事など知ったことではない子供たちは、好きなだけ食べて満足して今は夢の世界だ。パティロは部屋に戻って寝たようだが、フォクナーは椅子二つ分を占領して幸せそうに大口を開けている。


「ま、エリオーネさんが怒るのも仕方ないよ」

「おまえ、地元民だろうが。海賊対策に余力を割けないなら、せめて援助金を回してやって欲しいと俺は思うぜ」


 ギアの言うことは正当だ。ラディンとしては、剣技を金に代えて生計を立てるのが生業なりわいの傭兵である彼が、旅先で立ち寄ったに過ぎないこの港町をそこまで気にかけるということを、不思議の思わずにはいられないのだが。

 彼の考えは正当だとしても、一般人の思考ではないのだ。


「ギアにはギアの考えがあるのと同じく、エリオーネさんにだってスタンスがあるよね」

「別に、タダ働きしようってんじゃないぜ。最初にも言ったが、冒険者を雇い入れたのは町の商人たちだ。報酬ならそこからので十分だし、その上さらに俺たちだけが褒美……って意味わかんねえだろ」

「ギアは、国王陛下に何か意図があるんじゃないかって疑ってんの?」


 つい、突っ込んだ質問をしてしまった。ギアの言葉にはそういう危惧きぐが透けて見えたし、その点については自分も同意見ではあるのだ。

 ギアはその質問に対しハッキリした意思表示はせず、グラスを取って飲み物を注ぎ、ラディンの前に置く。


「さ、おまえも飲めよ」

「おれ未成年だけど」

「酒じゃねえよ。南国フルーツの何かだ」


 甘そうな香りだけではアルコールの有無はわからない。少しだけ口に含んで酒ではないことを確かめると、ラディンは素直にそれを受け取った。ギアの困惑もわかるので、話し相手にはなれる。


「おれにもわかるくらいだから、エリオーネさんにもわかってるよ。その上で、それがお金を稼ぐチャンスだって判断したわけでしょ? きっと事情があるんだよ、ギアもわかってやりなよ」

「だったらどうすればいいッてんだよ」


 だいぶ酒が回ってきているのか、若干投げやりなふうにも見える。これはたぶん後悔半分ってところかな、と思い、なんとなくおかしくなってラディンは頬を緩めた。


「ギアは考えすぎなんだって。国王陛下がおれたちを招聘しょうへいするって言うなら、王都に行くしかないんだし。褒美がお金かはわからないけど、もし金銭にできる物ならありがたく貰おうよ」

「……だからな」

「うん、わかってるってば。そのあとで、ギアは自分の取り分をイルバートに預けて、町の復興に役立てて貰えばいいじゃん」


 一瞬、沈黙が落ちる。驚いたように目を見開いて、ギアはラディンを見ていた。

 これで何度目だろう……と思いながら、そろそろバレても仕方がないと胸中で覚悟を決める。


「それに、おれ、国王陛下を見てみたいなー」


 嘘ではない、心底からの気持ちを乗せて笑顔を見せれば、ギアは目を瞬かせ、「そうか」と呟いた。





 ライヴァン帝国の現国王は、三年ほど前に王位を継承したばかりであり、二十代半ばと歳も若い。

 先王、つまり現国王の父は、『炎帝』とあだ名されるほどに野心的で苛烈な気質だったという。隣国への侵略を企てているとか、逆らう者を容赦なく粛清するとか、恐ろしい噂が絶えない人物だったのだが――。

 三年前のある朝、炎帝は突然の病であっけなくこの世を去り、一人息子であった王子、つまり現国王が跡を継いだのだった。


 ラディンは、今の国王陛下に会ったことはない。

 だから会ってみたいと思う――その気持ちに嘘はない。


 けれど、向こうがこちらの情報をどれだけ握っているかは現時点でわからず、要らぬ火種の原因になってしまうかもしれない、という気持ちも幾らかはあるのだ。

 それでも、十年前に奪われた父の行方を知る者がいるとすれば、現国王以外には考えられない。


 であればこの招聘しょうへいは、ラディンにとっても千載一遇のチャンスであるわけだ。



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