8.王都へ向けて

[8-1]王都よりの使者


 こうして、冒険者たちと討伐兵の連合軍によって海賊船は無事制圧され、バークレイ氏の娘を含め、囚われていた人々も無事解放され――。


 ラディン、ギア、エリオーネ、ルイン、シャーリーア、モニカ、フォクナーの七人とイルバートは、パティロを連れて『海歌鳥セイレーンの竪琴』亭に来ていた。

 お礼も兼ねた打ち上げパーティーといったところだ。


「パティロは村の外の『白月はくげつの森』にいたときに、霧が出たのが原因で迷子になって、その途中で海賊にさらわれたって感じ?」


 聞き取った情報をラディンが整理し、パティロはそれを聞いて「うーん?」と考え込む。


「えーっと、ちがうや。森の中で、黒い羽根のおねーさんに会って、町まで連れてきてもらったのね。アルティメットさんっていう翼族ザナリールのおねーさん。でも、町の中で迷子になっちゃって、はぐれちゃったの。どこ行っちゃったのかなー」

「アルティメット?」


 そのやり取りを今までぼんやり聞いていたギアが、なぜか反応して身を乗り出す。


「はぐれたって……この町でか?」

「うん。……たぶん」


 食い気味のギアに対しパティロは自信なさげに答える。森で育った獣人族ナーウェアの子には、町の風景なんてどこも同じように見えるだろうし、ついさっきまで海賊船に押し込められていたのならなおさらだ。

 ラディンは、唐突に興味を持ったギアをしげしげと観察する。

 知り合いなのだろうことは確実として、ここに来るまで旅をしてたらしい彼のことだ。まだまだ何かワケを隠し持ってそうに思う。


「パティロはその彼女を捜すのか?」

「うん。だって、心配してると思うの」

「よし、俺も一緒に捜してやるよ」

「わあー、よかったぁ! ボク一人じゃさみしかったのー!」


 思った以上の申し出に、パティロの顔に喜色が広がり、ラディンは無言のまま思わず目をみはった。

 面倒見のいい彼のことだから、迷子の白狼少年を放っておくことはないだろうとは思っていたけれど。……ということは、ギアは町を発つつもりだろうか。


「ギア、おれの仕事は?」


 よく考えてみれば、仕事を世話してもらえるという話から流れで海賊討伐へと雪崩れ込み、解決し終えた状況だ。最初の話は、この様子だと白紙化だろうか。

 それはそれで良いことだし仕方ないので、あきらめ半分で尋ねてみれば、ギアはチラリとこちらに視線を走らせ、口元に人の悪そうな笑みを浮かべた。


「ラディンも来るんだよなァ。パティロの故郷まで、送ってってやるんだろォ?」

「え……っ?」


 おもむろに席から立ちあがったギアが、ラディンの頭と側にいたルインの頭を両腕で抱えて引き寄せ、耳元に囁く。


「おまえら、確か船ン中で言ってたよな? 俺を勝手に責任者リーダーにしやがって、パティロを村まで送ってあげるんだろおォ?」

「聞いてたんだ、ギア」

「じゃ、ボクも行くの?」


 聞こえていなかったわけではなく、聞き流していただけだったようだ。ギアにがっちりホールドされて、ルインは困惑した顔になっている。

 顔面に斜め傷のある大柄傭兵がニヤリと笑う様は、それだけで猛獣めいた凄みがある。三人のじゃれ合いをパティロはびくびくしながら眺めていて、ギアはそんなパティロにニカリと笑い掛けた。


「そういう経緯ワケだから、安心しろよな、パティロ」

「ホント、いいの……?」


 不安そうに確かめるパティロの頭を、ほっそりした手が優しく撫でた。ギアに捕まえられたままラディンが上目遣いで見あげれば、上質な紙の束を抱えたシャーリーアが呆れたように自分たちを見下ろしている。


「パティロ君を怯えさせてどうするんですか。ギアさん、そんな所で絡んでないでちょっと来てください。王都からの使者という方が責任者に会いたいと来ていらっしゃいます。責任者リーダーは貴方でしょう?」

「王都から?」


 怪訝そうに返答してギアは立ちあがり、ようやく解放されたラディンとルインは急いで彼から距離を取った。入口の方をうかがい見れば、カウンターの近くに、物々しい格好の騎士が三人立っている。

 一人は年配で、他の二人の上官のようだ。――というより、あの格好は。

 ラディンは彼らの方をまともに見ないよう気をつけつつ、そちらに向かったギアとのやりとりに耳をそばだてた。


「貴方が責任者の方ですか?」

「一応は。王都の騎士が、我々にどんなご用件でしょうか?」


 年配の騎士の問いに対し、警戒心を滲ませつつも堂々とギアが尋ね返す。彼が傭兵で、城側の者とのやり取りに場慣れしているとしても、ぼんやりとした違和感を感じさせるほど慣れた立ち居振る舞いだった。

 加えてあの風貌と大柄な体格だ。本人にそのつもりがあるかはわからないが、騎士であっても威圧されるだろうとラディンはひっそり思う。


「そんなに警戒なさいますな。私は王城より遣わされた者で、ジェスレイ=エリュン=ラーカイルという。先日の一件について、貴公らの働きが国王陛下の耳に入ってな。ついては、陛下が直々に貴公らに褒美を与えたいと仰るので、王城まで来ていただきたいのだ」


 やはり、彼は騎士団長だ。配下の騎士を遣わすのではなく、現政権でも特に権力を持つ彼が直接出向いてきたとはどういうことだろう。

 ついでに、褒美という言葉にエリオーネの短い獣耳がぴくりと反応したのが見えたが、ギアは気づいてなさそうだ。


「目を掛けてくださって有難いとは思いますが、我々は金銭や栄誉を目的に行動したのではありません。我々に支払う金銭があるのならば、海賊により被害を被った者のために用いていただきたい」


 ギアの愚直な答えは当然ながら騎士たちを驚かせたが、同時にラディンは空気がピキッと音を立てて割れる錯覚を覚え、ルインとパティロを促してそーっと席を移動した。魔法に疎いのでよくわからないけど、たぶん怒りの精霊による反応だろう。

 騎士団長とギアの話はまだ続いている。


「それでは、我々が陛下に叱られてしまう。是非城に招くようにと仰っておられるのだ。騎士の顔を立てるつもりで、来るだけでも来て貰えんかな」

「……わかりました。貴方の顔を立てることにしましょう。しかし、我々は金銭や物品を受け取るつもりはないと、陛下に伝えておいていただきたい」


 納得できかねるというふうではあるが、騎士団長はそれを了承し、部下二人と一緒に引き上げていった。ギアが、張り詰めていた気を緩めるように大きく息を吐き、こちらを振り返ったと同時。ガタッと椅子を倒す勢いで、エリオーネが立ちあがった。


 ――修羅場勃発ぼっぱつの五秒前、かな。


 ラディンはそっと視線を揺らし、見ない振りを決め込む。

 不思議そうに見返してくるルインとパティロに無言で頭を振って見せた、直後。


 エリオーネの怒声と、ギアの悲鳴が、酒場の中に響き渡ったのだった。



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