[7-2]贖罪の天秤


 ニーサスは氷狼ひょうろうの言葉に身動みじろぐと、ゆっくりと身体を起こした。ため息のような吐息をつきながら頭をゆるゆると振って、それから皆のほうへと目を向ける。


「いつから起きてたんだよ」

「ニーサス、大丈夫?」


 期せずしてかギアとリーバの声が重なり、ニーサスはリーバの方へ視線を傾け疲れたように笑った。


「おまえが元凶じゃないか、この親不孝者。……ずっと話は聞いていたから、状況は把握しているよ。リューンの気持ちは嬉しいけど、私は別に、いいかな」


 ギアの方へは目を向けず、彼は淡々と言葉を続ける。


「庇ってくれてありがとう、お嬢さん。でも、同情を引けるような理由わけもないんだ。リューンが言ったように、二人をリーバの代わりにしようと思っていたのは事実だし、リューンがリーバを連れ戻したあとも、手放したくないと意固地になっていたのだし」

「……じゃ、大人しく捕まるってことでいいんだな?」

『それは許さぬ』


 なかなか、話が前に進まない。

 リューンがそれほどまでに庇う理由をラディンは知らないが、世界の歴史の中で人間フェルヴァー魔族ジェマは対立することが多く、時には憎み合い殺し合ってもきた。長い時を人に寄り添い見守ってきた精霊だけに、かれにも思うところがあるのだろう、と察することはできる。


「私は逃げるつもりなんてないよ、リューン。彼らの方法で裁いてくれて構わない」

『それが何を意味するか解っているのかニーサス。裁きの座にも掛けられず、殺されるかもしれんのだぞ』

「いや、幾ら何でもソレはないだろ……」


 つい突っ込んだギアを、氷狼は睨みつける。


『貴様は黙っておれ、人間フェルヴァーの剣士』

「当たりキツイな、おい」

「殺されるとか可哀想だよ! ニーサスさん、そこまで酷いことしてないのに」

「なんで俺に言うんだよ」


 リューンの言を真に受けたルインまでもが割って入ってきたので、ギアはお手上げだと言うふうに両手をひらひらさせると、頭を振って言った。


「やめたやめた。とっとと上に合流して、あっち手伝ってやろうぜ」

「ちょっとギア、リーダーのあんたが決めないでどうすんのよ」

「俺は裁判官でも、この国の官吏でもないんだぜ。そのうち討伐兵が押さえに来るだろ」

「そりゃそうだけど、それ待ってたら逃げられちゃうじゃない」


 ギアの言い分はもっともだし、エリオーネの言うように、ニーサスだって逃げようと思えば今すぐ転移魔法テレポートで逃げられるはずなのだ。

 当人にそのつもりがないことが、リューンにとって一番の懸念ストレスになっているのだというのも、ラディンはわかっていた。


 で、あれば。

 今この場を収めることで、現国王に不利益になることは恐らくないだろうし。

 

「ギアが決めないんだったら、おれが決めちゃうよ。いい?」


 驚いたように振り返るギアの目をしっかり見返す。

 怪訝そうな表情でエリオーネがラディンを見、君に決められるのかと言わんばかりに、シャーリーアが眉を寄せて不信感をあらわにする。

 ギアは少し考えたようだった。表情を改めラディンを見る。


「決めてみな」

「いいんだね? じゃあさ、イルバートとオルファさんとパティロ君。直接の被害者でもあるあなたたちは、ニーサスさんを許せる?」


 話の矛先が突然と自分に向いたからだろう、イルバートは面食らったようにオルファを見た。オルファは彼の袖を掴み、はっきりと首肯する。それを確認して、やや不満そうに、だがきっぱりとイルバートも答えた。


「オルファがもういいってンなら、オレも今回のは忘れる。ただ、次はねーからな」

「ボクは、ニーサスさんに捕まえられたんじゃないし、村に帰れればいいよ……」


 そう言えばそうだった。

 ともかくその確認ができたところで、ラディンはニーサス――と言うよりはリューンに向き合い、話しかけた。


「三人がそれでいいなら、今回はもういいと思うよ。ニーサスさんは、リーバさんが帰って来るなら満足なんだよね? まだ、オルファさんやパティロ君を連れて行きたいって思ってるわけじゃないんでしょ?」

「ああ、……リーバの意思がどうだろうと、もう二人を連れて行こうとは思っていないよ」

「だったらいいじゃん。他の人たちが来る前にここはさっさと離脱して、二人の話し合いは家で改めてしたらいいよ」


 いいよね、の意味を込めて振り返りギアを見れば、彼のブラウンの目が驚いたように見開かれていた。

 今の会話でもしかしたらバレたかもしれないが、……ギアならいいか、とも思う。


「ありがとう」


 ニーサスがどこか安堵したような表情で言って、立ちあがる。隣に座り込むリーバに手を差し出し、首を傾げて言う。


「彼の言う通りだ。おまえも言いたいことや聞きたいことはあるだろうが、ひとまず帰ろう。知りたいことは、家で話してあげるから」

「……うん、わかった」


 不満そうではあるが、リーバもそれに合意したようだ。

 ニーサスは穏やかに笑い、それから様子を見守っていた一人一人に目を向け、モニカを見て瞳を和ませた。


「君は優しい子だね。良ければ、私と一緒に来ないかい?」


 あまりに脈絡ない勧誘に、その場の空気が固まる。

 白羽の矢を立てられたモニカは、目をまん丸にしたままぎこちなく自分自身を指差した。


「あ、あたし? それって、どうゆーこと、なのかなぁ?」

「つまり、私の嫁にならないかってことだよ」


 サラリと落とされた爆弾発言。

 ハッ、と我に帰ったエリオーネが「あんたねッ」と詰め寄ろうとするのを、ラディンは慌てて止めた。


「モニカが決めたらいいじゃん」

「何言ってんの! あの魔族ジェマ、舌の根も乾かないうちにッ」

「私は本気だけど」


 変な空気の中、皆の視線を一身に浴びて、モニカが叫んだ。


「そんなの、ワカンナイっ! だって、一生のことなのに……ちゃんと考えなきゃ返事できないじゃないっ」

「今でなくともいいよ。心が決まったら、いつでもリューンを迎えにやるから」


 隣で、パカっと口を開けたまま茫然としているリューンを見るに、本気のプロポーズ……なのだろう。

 ニーサスはそんなリューンの背を軽く叩き、同じく固まっているリーバの手を取る。


「帰ろう」


 それが魔法発動の合図となった。

 空気が揺らいだ次の瞬間には、二人と一匹の姿はすでにいなくなっていた。


「行っちゃったね」

「……だな。さ、早く上と合流しようぜ」


 足早に立ち去って階段の上へ向かうギアを見送ってから、ラディンは、エリオーネの隣で真っ赤になったままうつむいているモニカに、声をかける。


「モニカも行こうよ」

「う、うん」


 震える手で鏡を握りしめているモニカに、エリオーネが気遣わしげに尋ねた。


「モニカ、どうするの?」

「わかんなぁい」


 潤目で半笑いの表情になっているモニカは、眉を下げエリオーネを見上げて言った。


「だってあのひと優しそうだけど……あたしが考えてた王子サマとは、なんか違うんだもの」



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