7.作戦完了

[7-1]氷狼の主張


『おまえが出て行ったあと、ニーサスがどれほど意気消沈したか想像できるか』


 氷狼ひょうろうの第一声は、リーバに対する苦言だった。複雑そうな表情で黙り込む彼を一瞥いちべつし、リューンはため息でもつくかのように目を伏せて、ゆるゆると頭を振る。


『よりによって人間フェルヴァーの帝国だ。国交がないゆえ定期船などないし、ニーサスも行ったことがないゆえ転移テレポートもできない。仕方ないから私がひとりで来るつもりだったのに、ニーサスはいつのまにか海賊どもと交渉して、自分の魔法を提供する代わりに乗せてもらうと話をつけてしまうし……』


 人族であれば頭を抱えているところだろう。

 海の精霊に愛される海歌鳥セイレーン魔族ジェマであれば、海賊たちは二つ返事で了承したに違いない、とラディンは思う。

 リューンの話からすれば、あくまでという認識だったのだろうけど。


「魔法の提供ってことは、協力関係だろ。あいつらの襲撃にそいつも関わってたんじゃねえのか?」

『ニーサスは襲撃には加わっていない。街に出ていたのはリーバを捜すためのはずだ』

「なら何でオルファを攫ったんだよ」

『その真意は私も解らぬ。恋心でも芽生えたのではないか?』


 淡々と交わされるギアと氷狼のやり取りを聞きながら、イルバートがここにいなくて良かったと思う。短気な彼が過剰反応していたら、話が進まなかったに違いない。

 中位精霊は人の表層心理を読むことができるらしいが、記憶や心を全部読めるわけではないのだ。


「肝心の本人はまだ起きない……か」

『うむ。それでだ、私はニーサスがリーバの代わりに彼女らを側に置くつもりかもしれないと考えたのだ。それで、スターロッドを手掛かりにリーバを捜し、連れ戻したのだが』

「その時たまたま居合わせたのが僕だったんですよね」


 シャーリーアが言い加え、氷狼はそれに頷いた。

 用心深そうな彼がある程度の信用を置いているところを見れば、リーバという妖精族セイエスは善良な人物で間違いなさそうだ。


『そういう事だ。私としては、海賊どもは取り締まって貰って構わぬが、ニーサスをそちら側に引き渡すわけにはいかない。都合よく討伐側にシャーリーアが加わっていたから、取引をさせて貰ったのだ』

「取り引きだって?」

「ニーサス氏が別室に隔離したお二人を引き渡して頂く代わり、ニーサス氏の身柄はリューン殿にお返しする、というものです」

「おいおい、そんなの俺らが勝手に決めていい事じゃねえだろう」


 否定的なギアの反応にリューンが警戒を増して前傾姿勢をとり、シャーリーアは淡々と言葉を返した。


「仕方ないでしょう、僕だって氷漬けにされるのは嫌ですし。それに目的は相手の確保ではなく二人を安全に助け出すことだったはずです。それは間違いなく果たしたんですから、文句を言われる筋合いはありませんね」

「そりゃ、そうだが……」


 リーバが階段から降りてニーサスの側に行き、様子を見るためにかしゃがみ込む。それを目で追いながら、氷狼はどこかあきらめの滲んだ声音で呟いた。


『人間の法が魔族ジェマであるこの子を正しく裁くとは思えん』

「だが現に、人を二人も攫ってるんだろうが」

「……そういえば、君はどこから攫われてきたの。ライヴァンに住んでるの?」


 すっかり失念していたことを思い出し、ラディンは白毛の獣人族ナーウェア少年に視線を送った。何だか泣きそうな表情で階段に腰掛け話を聞いていた彼は、耳をぴこんと震わせ、きんいろの目を向けてきた。


「ボクは、ニーサスさんに攫われたわけじゃないよ」

「え、そうなの?」

「パティロ君は最初、他の人質たちと一緒に船倉に囚われていて、そこからニーサスが連れ出したらしいわ」


 背後からの声に振り返ると、オルファとイルバートが来ていた。

 いつの間にか船倉の天井――つまり船内の床板が剥がされていて、討伐に加わっていた冒険者たちが人質の救出に当たっている。制圧作戦は終了したようだ。


「ボク、迷子になって家に帰れなくなっちゃって……そうしたら怖いオジサンたちに捕まって、ここに連れてこられたの」


 話しながら、大きなきんいろの両目から涙があふれ出す。自分よりも年下であろう白毛の狼っ子に泣き出されて、ラディンはいてもたってもいられなくなった。

 急いで駆け寄って、屈みこんで頭を撫でてあげる。


「大丈夫だよ。全部終わったら家まで送ってあげるからさ、そんなに泣かないでよ」

「ギアって、結構あちこち旅してたみたいだし、君の家があるところもきっと知ってると思うよ!」


 同じ心境だったのかこちらに飛んできたルインが、天然的ナチュラルにギアを巻き込んだ。当人は聞こえていないのか、ツッコミは入らなかったが。

 そのギアはといえば、困惑げな表情で氷狼と睨み合っている。


『ほら見ろ、冤罪だ』

「何言ってんだテメェ、オルファ攫ってんだろうが!」

「イルバート! 落ち着いて」


 やっぱりキレたイルバートをオルファが抱きついて止め、ギアは腕を組んでうーんと唸っていた。


「とにかく、無罪放免ってわけにはいかねーだろ」

『なぜだ』

「それが法治国家ってものだ」


 堂々巡りだ。

 ラディンはルインに目配せし、パティロを任せてギアの側へと戻る。海賊討伐も大詰めだ、こうやって押し問答しているうちに、討伐軍が来てしまうだろう。

 基本的に精霊は人族を害するような行為はできないが、リューンがニーサスを守ろうと暴走する可能性は高いし、それは絶対に避けねばならない不幸な結末バッドエンドだ――自分にとっても、リューン自身にとっても。


 ラディンは口を挟むつもりだったが、それより先に、遠慮がちな声が緊迫する空気に割り込んだ。


「本人に何も聞かないで決めつけるのは、よくないと思うの」


 鏡を握りしめたモニカが、不安そうに眉を寄せ皆の顔を見回しながら歩いてくる。あちらがひと段落したので、戻ってきたのだろう。

 隣のエリオーネは呆れ顔だったが。


「モニカは純粋なんだから、もう。本人が『私は悪事を働こうとしました、どうぞ罰してください』なんて言うハズないじゃない」

「ううん、そうじゃないの。えぇと、もしかしたら何かワケがあるんじゃないのかなって」


 いまだニーサスが起きる気配はない――と思いきや、リューンが視線を落とし、ニーサスの側に座り込んでいたリーバと視線を交わした。そして、ため息混じりに囁く。


『いい加減寝たふりはやめなさい、ニーサス。ここから先は、おまえが自分の言葉で釈明するべきだ』



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