[6-3]脱出そして再会


「ここは危険です。いつ海賊たちがやってくるかわからないわ。船倉にはすでに別動隊が到着していますから、急いでそこへ向かいましょう」


 の言葉を、リーバは黙って聞いていた。

 聞き覚えのあるような、それより高めにも思えるような声の女性と、面識があっただろうか。……ない、はずなのだが。


「きみは……」


 確かめるのが怖くて、リーバは続く言葉を飲み込んだ。

 は長いダークヘアを揺らし、リーバのほうに視線を移す。顔の半分を覆う薄いヴェールに隠され目元しか見えないが、つった紺の目には笑みが宿っていた。

 その瞬間、リーバは確信した。無論、声にするほど愚かではない。


 囚われている女性のほうは不安げに、リーバと彼女を交互に見比べている。


「あなたが信用できるという証拠は?」

「貴女がオルファさんですね。私たちは貴女を救出するための協力を依頼されたんです。イルバートという方から」

「イルバートが!?」


 彼女――オルファが驚いたように声を上げた。白い肌に朱が差し、青い瞳にみるみる涙があふれていく。


「イルバートが来ているの? わたしを助けに? ……本当に?」

「ええ、本当ですとも。今から彼らの所まで案内しますわ。ついて来てくださいますね?」


 オルファが頷くのを確認した謎の女性は、視線を転じこちらを見て口を開く。


「つきましてはリーバさん、貴方に私たちの前を歩いていただきたいのです。海賊たちに、貴方が私たちを船倉へ連れて行こうとしていると思わせたいので」

「でも、私も一応、閉じ込められてたんだけど」


 ニーサスと違い、リーバは船の海賊たちとの接触がほとんどなかった。はたしての言う通り、上手く事を運べるだろうか。

 その不安は声に滲んでいただろうけれど、謎の女性は艶やかに微笑み言い加えた。


「大丈夫よ。その件についてはニーサスという魔族ジェマしか知らないのでしょう? 巧くいきます。私が保証いたしますわ」


 その確信に満ちた言葉は、リーバの背中を後押しした。

 どちらにしても二人を逃すつもりではあったのだ。闇雲に動くより、討伐側の意図に乗っかった方が確実だと思い直す。

 意を決して部屋の外に出た時には、すでに討伐兵たちと海賊たちの戦いが、船上の至る所で始まっていた。




***

 



『もうじきおまえたちの仲間が二人を連れて来るだろう。賊どもは、ニーサスと協力関係にある。ゆえに、ニーサスの身内であるリーバに危害を加えることもない』


 聞いた話を総合すると、シャーリーアは船倉から出てすぐ氷狼ひょうろうと遭遇したらしい。彼の心理を想像すると気の毒としか言いようがないが、結果的にそれは幸運へと働いた。

 氷狼は協力を申し出、彼を二人が囚われている部屋へと案内したという。その後すぐにニーサスを追って、船倉まで降りてきた、という経緯だった。

 そうすると、シャーリーアもそろそろここに来る頃合いだろうか。


「ニーサスっていうんだ、この人」

『そうだ。私のつけた名だ』

「え、そうなの? もしかしてあなたにも名前がある?」

『私はリューンという』


 大変な情報が明かされた気がするが、ゆっくり聴き込んでいる場合でもなかった。階段の方から足音が聞こえてきて、イルバートがばっと顔をあげそちらを見やる。


「オルファ!」

「イルバート……!」


 青いウェーブヘアを背に流した女性が階段を駆け降りてきて、迎えに出たイルバートに抱きついた。彼はそれを受けとめ、強く抱きしめる。


「大丈夫か? オルファ、ちゃんと無事か?」


 囁くように尋ねかけるイルバートに、涙声でうん、と頷きながら、オルファもイルバートを抱きしめ返した。恋人たちの二人の世界だ、立ち入るのは野暮というものだろう。

 と、ラディンは思ったのだけれど、エリオーネはニヤニヤしながら二人の側ににじり寄っていくと言った。


「おアツいわねぇ、お二人サン」

「きゃあ!? や、やだ、わたしったら……。皆さん、助けてくださったのに、お礼も言わないで……」

揶揄からかうなって姉御、あんたらも気にすんな」


 ギアのフォローに、イルバートは改めてこちらを見、深く頭を下げる。


「本当、ありがとう。……あんたたちには、ほんッと感謝してる」

「いーって、いいって! レイなんていらないからさ」

「おまえには言ってねェよ!」


 フォクナーの横槍が素早すぎてギアの突っ込みが間に合わない。

 無視せずいちいち言い返すイルバートは、とてもいい人だと思う。しみじみ思ってしまう。

 それはそれとして、そういえば。


「オルファさん、シャーリーアは一緒じゃなかったの?」


 疑問を口にすれば、彼女は驚いたように目をみはり、首を傾げた。


「ええと、どんな方? 女性の方かしら」


 今度はこっちが驚く番だ。ラディンはルインと顔を見合わせ、答える。


「シャーリーアは男だよ。……妖精族セイエスの」

「え……? それじゃ、どこかで行き違ってしまったのかもしれないわ」


 青ざめるオルファにつられて焦燥感にかられたラディンだったが、答えは意外なところから返ってきた。


『私が、疑われぬよう変装させのだ。ちょうど、海賊のガラクタの中に女物の服とウィッグが……』

「黙ってればいいのに、リューンってば」


 重大な事実を明かそうとする氷狼を聞きなれない声が遮り、皆の注意は一斉にその声がした方へと向けられた。階段を降りる足音が響き、ギアが前に出て剣の柄に手を掛ける。

 が、その後に聞こえた声がその緊迫した空気を一瞬で溶かした。


「これくらいの内にも入りませんよ。気にするほどのことではありません」

「シャーリィ! 無事だったんだね!」


 ルインが嬉しそうに声を上げて階段へ向かおうとし、不自然に固まった。つられて見たラディンも、そこにあった予想外の姿にうっかり絶句してしまった。


 が、呆れたように溜め息を漏らす。そして、細い腕をおもむろに上げて、長い黒髪に指を差し入れた。

 闇色が一瞬が視界を遮り、そこに現れたのは皆もよく見慣れた長身。


「シャーリィ……?」

「ヤダ、どこのお姫サマかと思ったわ」


 ルインが恐る恐る名前を呼び、エリオーネは乾いた笑いとともに呟く。

 彼の着ている衣装は宝石や刺繍の飾りがふんだんに施してある豪華な物だ。海賊がどこかから奪ったのだろうが、高価な衣装であるのは間違いない。

 加えてシャーリーア自身も目を惹く細身の美人であり、声音も振る舞いも完全に女性的だったため、まるで違和感がなかったのだ。


「やだぁ、シャーリーったら実は女の子だったの!?」

「ま、まさかっ」


 モニカが素っ頓狂な声を上げ、ルインが裏返った声でそれを否定している。


「だって今、本人も演技だって言ってたじゃない」

「そう?」

「そうだよ!」


 顔を赤くしてわたわたしているルインの動揺っぷりが痛々しい。ギアはさすがに動揺もせず、モニカとフォクナーに声を掛けて撤収の準備に入っている。

 エリオーネ、イルバート、オルファがそちらに回ったので、ギアは後を任せると入口へ戻ってきた。

 しげしげとシャーリーアを観察し、ボソっと呟く。


「こんなに女装の似合う奴、はじめて見たぜ」

「誰のせいでこうなったんです?」


 イライラとした様子でシャーリーアは応じたが、ギアは彼の背後を見やり、眉をひそめた。


「……誰だ?」

「ああ、この子は……オルファさんと一緒に閉じこめられていた獣人族ナーウェアの」

「それは判る。俺が言ってるのはそっちの妖精族セイエスだ、誤魔化すな。シャーリィ」


 女装シャーリーアに目を奪われて視界に入っていなかったが、彼の背後には二人の人物がいた。一人は、白髪、きんいろの目、白い三角の獣耳と同じく白い尻尾を持った、獣人族ナーウェアの少年。もう一人は、長い黒髪にローブ姿、長い黒塗りの杖を持った妖精族セイエスの青年だ。

 獣人族ナーウェアの子は連れ去られていた人質で間違いないだろうが、もう一人は誰だろう。

 

「誤魔化したわけじゃありませんよ。話の腰を折らないでください」


 シャーリーアの機嫌は悪い。尖った声でギアに言い返し、軽く睨みつける。


「リーバは、貴方がたに会う以前からの知り合いです。見ての通り僕と同じ妖精族セイエスですが、何か不都合でもありましたか?」


 数秒ほど二人は無言で睨み合い、それからギアが視線を転じた。

 いまだ眠ったままのニーサスと側に立つ青銀の獣を見、困ったように眉を寄せて口を開く。


「どういう事だ? そいつが海賊と協力関係にあるんなら、そのリーバって奴も海賊側じゃねえのか」

『私が説明しよう。約束だからな』


 誰かが口を開くより早く、そう意思表示したのは氷狼だ。

 困惑と警戒がないまぜになったギアの瞳を見返し、精霊独特の声がその場にいる全員へと言葉を届ける。


『私は氷狼のリューン。ニーサスは、私の親友の子であり、私の家族だ。リーバはニーサスの養子であり、私にとっても家族に等しい。我々は、突然に失踪したリーバを捜すために海賊の船を利用したのだ』


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