[5-2]それぞれの思惑


 話が決まってしまえばシャーリーアの行動は早かった。

 船倉に置いてある荷箱や樽を物色して使えそうな物を持ち出し、ギアやラディンからナイフとダガーを借りて、上着やベルトに隠し込む。

 それから、不安そうに様子を見守っていた一般人のほうへ目を向け尋ねた。


「一つ確認させてください。バークレイ氏のお嬢さんは、この中にいらっしゃいますか?」


 彼は彼で、人捜しの依頼を受けていたんだろうか。

 人質の中からひとりの女の子が顔をあげ、そろそろと手をあげた。泣いていたのだろう、大きな丸い目が今は赤くなってしまっている。


「あたし……」

「よかった。僕は君の母上に、君を助けてほしいって頼まれたんだよ。もう心配ないから、ここで待っててくれるかな?」

「うん……」


 優しい笑顔を女の子に向けて言い含めると、シャーリーアは視線を転じ、冷たい目でギアを見た。


「そういうことですから、くれぐれも、宜しく頼みますよ」

「もちろんだ。おまえさんも上手くやってくれ」

「善処します。……と言っても、ここへ二人を連れてくるのは現実的ではないので、討伐が終わるまで船室のどれかに立て籠もることにします」

「ああ、おまえの現場判断を信じるぜ。シャーリィ」


 トゲトゲしているようにも見えるが、互いが互いを信頼しているということはラディンにもわかった。

 だから自分も、できる役割を全力で果たそうと決意を固める。


 塞いでしまった入り口からは出られない。

 エリオーネが船倉内を探って隠れ通路を見つけ、そこからシャーリーアを送り出したあと、内側から塞ぐことにした。


 あとはもうお互いに、運を天に任せて、というわけだ。




 ***



 

「人質の安全は確保した! 早く討伐軍に指示を、頼む!」


 駆け込んできたイルバートに司令部は面食らったようだったが、彼と面識がある冒険者たちはすぐにそれを信用してくれた。

 イルバートがあまりにも悲愴な顔をしていたからだとモニカは思ったが、余計なことなので言わないでおく。

 とにかく、行動方針さえ決まれば討伐軍の動きは早かった。


「なんか、ワクワクするなっ」


 フォクナーがそう言ってモニカに同意を求めてきたが、とてもそんな気になれない。

 エリオーネをはじめとする潜入組は大丈夫だろうか。


「オレたちも船に乗り込もう、行くぜ」

「おーっ!」


 イルバートのかけ声にフォクナーが元気よく返事する。モニカは一人、拳を握って心の中で叫んだ。


(おねーさまっ! あたしがいま助けに行きますから、待っててくださいねっ)


 無論、突っ込む者は誰もいない。

 



 ***




 ――気配においを感じる。


 揺れる船内を巡回していたかれは歩みを止め、耳をピンと立てて辺りを見回した。

 ギイィ、ギイィと船体が波に押されて軋む音に、かすかに混じる軽い足音。人と関わりを持ったことなど数えるほどしかないが、コレはごく最近覚えた音なので知っていた。


 ――あの、猫のような。


 つり目を見開き驚いたように自分を見つめていた、妖精族セイエスの若者。

 戦いに向いたタイプには見えなかった。かといって、潤沢な魔法力が身体を満たしていた、というわけでもない。

 海賊が捕えてきたのでもないだろう。今朝の襲撃で連れてこられた者の中には、知った姿も気配においも無かったからだ。

 考えられるとすれば、ということか。


 ――させるか。


 かれは首を巡らし、サファイアの瞳を細める。

 たとえとしても、を友からわけにはいかないのだ。


 いつの時代も人の世は理不尽で、人の心は当てにならない。だから目的を果たした今、一刻も早く引きあげたいのが本音だというのに。

 それを友が望まないと言うのだから、せめて二人を人間族の国ライヴァンに奪われる事態だけは何としても阻止せねばならない。

 友の言動を、疑問に思わずにはいられなかった。


 ――どういうつもりだ、友よ。


 身を翻し、足音を立てずに駆けながら、かれはその場にいない友人に問い掛ける。

 人と関わらず二人とひとりで穏やかな時を過ごしていられれば、それで良かったのではないのか。

 やむを得ぬ理由があったとはいえ、目的を果たしてなおここに留まる必要があるのか。


 ――おまえは何をしたいのだ、ニーサス。


 問いに対する答えをまだかれは得られていない。

 であればなおのこと、侵入者に二人を奪われるわけにはいかないのだ。

 

 

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